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BB ② ~金魚鉢~

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金魚鉢
 
 カーソルマスコットになった学者犬がまずしたことは、まず幸福犬をみにいくことだった。
 好きになった娘のところにいきたいと思うのは、人も犬も同じことだ。
 学者犬は、幸福犬の家でパソコンが起動されるのを待ち受けた。そして、起動と同時に、その画面上にあるカーソルにくっついた。
「あら、いやだ。コンピューターウイルスに感染したのかしら?」
 幸福犬の飼い主は、中年の女性だった。
 あまり、コンピューターの知識がないのだろう。カーソルが「学者犬」の絵にかわっても、同じようにパソコン操作ができるということがわかると、その女性は、カーソルの絵に対する興味をすぐ忘れてしまい、いつものように作業した。
 そして、検索サイトでいくつかのサイトをみたあと、起動したまま、そのパソコンの前から席をたった。
 学者犬は、おちついて、カーソルマスコットの位置から家の観察をおこなった。
 どうやら、犬として見ることのできる視野の範囲以上のものがそこからながめることができた。つまり、通常の視野だとしたら、パソコンからは、パソコンがおいてある部屋の一部しか見えないのであるが、カーソルマスコットのもつ視野は、通常の視野では死角になるその部屋のパソコンの横も見え、それどころか、その部屋の隣の部屋、家全体をながめることができたのであった。
 幸福犬は、その部屋のパソコンの横においてある、小さなゲージの中にいた。
「好きだ、好きだ」
 学者犬は、彼女にむかって吠えてみたが、もちろんその声は、彼女に届かない。そして、学者犬になったカーソルのパソコン画面も、彼女のゲージからは、みえなかった。
 それは、悲しいことで、「彼女が寝ているゲージをはじめて見れた」大きな喜びも、覆い隠してしまうほどだった。
 
 何日間か、観察を続けた結果、学者犬は、さらに悲しい事実を知ることとなった。
 幸福犬の飼い主は魔女だったのだ。
 その魔女は、人間の男と結婚して、二人の子供をもうけていた。そして、幸福犬を、子供が小学生のころから飼いはじめた。今から6年ほど前のことだった。
 その魔女によって、二人の子供たちは、生まれてしばらくすると人間から金魚にその姿を変えさせられた。子供たちは、家の中では、魔女の金魚鉢の中で生活を送った。学校がはじまると、金魚から人間に変身して、金魚鉢の外へでていくが、帰るとまた金魚の姿にもどり金魚鉢の中にはいる。
家の中で金魚になった子供には、人間である父親の言葉さえ通じなかった。
 食べ物は、人間の食べ物ではなく、金魚のえさ。なので、子供たちは人間の食べ物に、嫌いなものも多く、偏食、食べられないものがとても多かった。
 どうやら、魔女は、その男が「できそこないの金魚」であると思って結婚をきめたようだ。だが、結局、その男は、とても金魚鉢に入れなかった。
 ただ、奇妙なのは、夫が金魚鉢の中にいなくても、魔女は「夫は金魚鉢の中にいる」と思いこみ?満足して生活していたことだった。強いていえば、それが魔女なりの、夫への愛情表現だったのかもしれない。
 魔女は、金魚をながめるだけで、話かけたり、話しあったりすることはない。
「子供、大きくなったわよね」
 金魚の図体が大きくなったというだけ。人間として成長した、という意味はそこにはない。金魚鉢の中で、教育がおこなわれることはない。ただ、食べるエサを与えてきたというだけ。
 魔女は、きっと自分の妄想を食べているだけで、何もしなくても生きていけるのだ。食べていくために何かしようとする妄想さえも食べ物だ。それが、なんらかの行動のきっかけになることなどないのだ。そして、それが、魔女たるゆえんかもしれない。
 そして、幸福犬もまた、家の中では、魔女の金魚鉢の中のもう一匹の金魚だった。
 彼女も、飼い犬としての「しつけ」がされなかった。魔女の子供たちが、「しつけ」をされなかったように。そして、その6年間もの長い間、一日のほとんどの時間を、ゲージの中に閉じ込められて過ごしていた。
 なので、幸福犬は、生後6年たち、人でいえば、36歳くらいの成人になっても、おしっこを決められた場所ですることができなかった。
 だが、犬は、どんな環境でも順応できるものだ。
 幸福犬のみかけの愛おしさの現実を知った時、学者犬は、ひとりうめいた。
 BBという飼い主をおそれ、BBから逃げ出すためにカーソルマスコットにまでなった、自分の生き方と、幸福犬の生き方があまりにも違うことに、学者犬の甘い夢が打ち砕かれたのだった。

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