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BB ④ ~リトルアイランド~

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リトルアイランド
 
 産まれてからしばらくまでの記憶は、あいまいで、気がついたらそうだった、ということしかいえない。
 ぼくの主人は、ちょっと有名なロック歌手のRLだった。ぼくの首輪は、彼がつくってくれたものだ。
 彼がどれほど有名だったかは、正確にはわからない。
 でも、確かに、ぼくの主人は歌を歌っていたし、その歌詞の中に、ぼくのことを歌ったものもある。
 状況はかわったのは、ある時の船での航海だった。
 船が沈没したのだ。
 ぼくは、船からとびおり、夢中で海を泳ぎ、気がつくと、主人から離れて、ひとり小さな島に漂着した。
「ようこそ、リトルアイランドへ」
 ぼくを迎えてくれたのは、その小さな島に1本だけはえている1本の樹だった。
 1本だけ、といっても、その枝は、その島のほとんど全体を覆い尽くしていた。
 それだけ、その樹が大きかったのか?それとも、それだけその島が小さかったのか?
 とにかく、ぼくは、救出の船がやってくるまでその島で何日か過ごした。
 大きな樹が育つくらいだから、水はあった。
 問題は食糧だった。
 樹が、太陽の光と土があれば大きくなれるのとは違って、犬や人間は、水がまったくなければ3日間。水が十分でも、食糧がまったくなければ、3週間で、その命をおとすという。
 幸運にも、救出の船が3週間経つ前にその島にやってきたので、こうやって、ぼくは今、話ができるのだが、その島にいた後半は、ほとんどぼくは、その樹の根元で寝そべって、その大きな樹の話を聞いてすごして生きていた。
 
 この島は、ぼくには小さすぎた。
 でも、ぼくは、この島から外にでることがゆるされなかった。
 始めは、いろいろな草木、つまり「下草たち」がこの島にはあった。
 今も、ぼくの枝に多くの巣をつくって生活する鳥たちが、遠くから糞と一緒にいろいろな種を運んできて、その種が芽をだすことがある。
 だが、ぼくは、成長するにつれどんどん大きくなっていった。
 その枝のせいで、ぼくの幹のまわりには、昼間でも日があたらなくなり、そこに草木が生えなくなった。
 そして、ぼくの成長とともに、島の中で日があたらない範囲はどんどん広がって行って、今や、島のほとんどで草木は生えなくなってしまった。
 それに、このリトルアイランドの土の中で循環する栄養にもかぎりがあった。
 大きくなりすぎたぼくは、ぼくの枝から落ちた葉っぱと土の中に生息する目に見えない微生物によってつくられる栄養素を独り占めすることで、かろうじてその命を保っていた。
 自給自足という奴だ。
 とはいえ、雨や太陽の恵みによる、プラスアルファがなければ、この自給自足というのも成立しなかっただろう。
 自分の排泄物を食べているだけでは、自分の生命は保たれない。消化、吸収などに必要なエネルギーを、自分の排泄物だけでは補えない。摂取した食物より、排泄したもののほうが、エネルギーが小さいからだ。
 もし、君が食べられるような木の実がぼくの枝になっていれば、君が木によじのぼり、その実をとり食べることが、君の命をのばすのに少しは役だつだろう。
 だが、そういうことを、ぼくの樹の下に茂っていた「下草たち」はできなかったので、いつのまにか、なくなってしまった。草木は、移動することで生き延びる、というチャンスをつくることができないからね。
 でも君なら。
 
 北京犬は、その大きな樹に言った。
「ぼくが、以前のように、元気な体なら、それは食べられそうな木の実があるようだ。でも、そのついている場所は、高すぎて、ぼくのこの弱った体では、よじ登ってそれを口にすることはとても不可能だ」
 その樹は、ぼくのその言葉を聞いて、涙を流したようだった。
 今まで、ほかの「下草たち」の命を救えなかった後悔を思い出したのかもしれない。
 また、同様に、哀れな犬一匹も、見殺しにしてしまうのか?
 いくら立派な幹、大きな枝、おいしい木の実をもっていても、ながめるだけでは、何もすることができないのだ。
 あるいは、その島に一人しかいなければ、何の役にもたたないのだ。
 大きな樹は、北京犬に言った。
「つらいなあ。君のほうがつらいだろうが、ぼくもつらいよ。状況は、かわらないが、ぼくがつらい孤独なときを、どう過ごしていたか?をせめて教えるよ。耳をすませば、海の波の音が聞こえる。それは、静寂なときはバラードのように、嵐のときには、勇ましい交響曲に聞こえるんだ。君にも聞こえるかな?」
 そのリトルアイランドですごした日々、北京犬は、なんとなくその大きな樹のいうことがわかったような気がした。
 でも、北京犬は、そんなメロディーよりも、リズムやビートが、空虚な心に響いた。
「なんといっても、ぼくの飼い主は、ロック歌手だったもの」

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