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【映画】ジム・ジャームッシュ レトロスペクティブ 2021

ジム・ジャームッシュの映画を初めて観たのは、上京した年の1986年だった。
それまで、決して地方の映画館では上映されず、夜中の番組でしか観ることのなかった単館上映映画。その中でもジム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は、さまざまなメディアで当時話題だった。
荒い白黒の画面。淡々としたストーリー。メディアでは、これが最新のオシャレ映画だと書いてあった。

ストレンジャー・ザン・パラダイス

都会へのあこがれもあってか、私はそれを一人で観に行くつもりだった。それまでこの手の映画が好きだという友達もいなかったし、だいたいの人が「理解できない」と言っていたからだ。すでに観たという友達は、口をそろえて「眠くなる」と言っていた。
そう言われてしまったら、友達を誘うのは少し憚られると思っていたのに、学校でたまたま友達になった男の子がデートに誘ってくれ、行きたいところはあるかと聞かれたので、私は「ストレンジャー・ザン・パラダイスを観に行きたい」と言ってしまったのだ。
上京したばかりで一人で映画を観に行くというのはわりと勇気のいるものだし、デートに誘われて相手がどんなものを好きなのかは大事な選択要素だと思ったのだ。
しかし、結果としてはやはり大きな後悔をしてしまう。
男友達は映画代も食事代も全ておごってくれたのだが、やはりこの手の映画が好きではなかったらしく、途中で隣で高いびきをかかれた後、「つまらなかった」「こんな映画は金の無駄」という感想を夕食の間中解説された。そして、当然のようにホテルに誘導されそうになったのだ。私はその友達を男としての興味をすっかりなくしたので、お誘いは丁重にお断りしたのだが、そのことは後々まで尾を引くことになった。
好きな映画に余計な思い出を加えたくなければ、ひとりで観に行くか同伴者は厳選すべきだと、この時学習した。

ダウン・バイ・ロー

それでも、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は私に鮮烈な印象を残した。
その後ビデオでも何回も観て、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の前にジャームッシュが撮った「パーマネント・バケイション」も観た。「ストレンジャー・ザン・パラダイス」の後の「ダウン・バイ・ロー」や「ミステリー・トレイン」なども続けて観た。

観て爽快な気分になるわけでもなく、何かに憑依されるわけでも影響されるわけでもない。
ただ彼の映画を観ると、何かをどこかに置き忘れたのを思いだすような、何かを探しに行きたくなるような、いつも何か同じような気持ちになる。ただただ淡々と過ぎていく時間を観ているようで、やっぱり眠くなってしまう気持ちはよく解かったりもする。

「パーマネント・バケイション」「ストレンジャー・ザン・パラダイス」よりは、「ダウン・バイ・ロー」以降の映画は、わりとエンターテインメント的要素も加わってきて、かなり観やすくはなってくるのだが。

ミステリー・トレイン

ナイト・オン・ザ・プラネット

「ナイト・オン・ザ・プラネット」の頃に夫と出会い、夫もジャームッシュが好きな人だったので、ここからは2人でジャームッシュを観ることになる。
2人で観て一番印象に残っているのは、「デッドマン」だ。
当時まだ無名で、代表作がハサミ男だったジョニー・デップが主人公。彼を黄泉へ誘導する道先案内人の『ノーバディ(誰でもない)』と名乗るネイティブアメリカンは、私にある種の衝撃を与えた。何者でもないということが、人としてどれほど大事なのか。
思えば、ジャームッシュの映画の登場人物は、誰もが『ノーバディ(誰でもない)』なのではないだろうか。

デッドマン

「デッドマン」より後は、どうしてかジャームッシュから遠ざかってしまったが、2016年の「パターソン」を地元の映画館で観て、その後のゾンビ映画「デッド・ドント・ダイ」。エンターテインメント要素が満載で久しぶりにシネコンで観ることができたけれど、個性的なゾンビばかりの中で、ティルダ・スウィントン以外はやっぱり『ノーバディ(誰でもない)』な気がしてならない。

パターソン

デッド・ドント・ダイ

そんなジム・ジャームッシュの代表作が、一度に観られる機会。
何度観ても既視感とともに途中で眠ってしまう「パーマネント・バケイション」と、まだ観ていなかったイギー・ポップの伝記映画「ギミー・デンジャー」をはしごする。

「パーマネント・バケイション」は、何もしがらみもなくただただ自分を見つけに、ふいにどこかに行ってしまいたくなる誘惑にかられてしまう。新型コロナウイルスの影響で旅の自粛を求められている現実の中では、たとえしがらみを全て断ち切れたとしても、旅に出られないジレンマの方が大きくなってしまうだろう。

パーマネント・バケイション

そして「ギミー・デンジャー」。やっぱりイギーはすばらしい。これだけは『ノーバディ(誰でもない)』ではなく、パンクの元祖イギー・ポップなのだ。デイビッド・ボウイが拒否した「ベルベット・ゴールドマイン」が、イギー・ポップとストゥージズの復活のきっかけになったといういきさつは、少しびっくりした。

ギミー・デンジャー

オリンピックを前にして、東京都は4度目の緊急事態宣言が発令されてしまったが、次は何を観に行こうとわくわくしてしまうのはとめられない。
できれば全部観たいところだが、日程的には少し難しい。
一応、全国を周るようだが、決して上映館は多くはない。
関東は東京都内の3館だけ。
できれば上映館を少し範囲を広げてもらえたらなあ、せめて横浜でもやらないかしらと思ってしまう。

コーヒー・アンド・シガレッツ

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