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法務部門の守備範囲の拡大の意味するところとは何か?

遅ればせながら昨年の日経電子版12月26日の記事「法務部門、広がる守備範囲」について若干のコメントをしておきたい。記事によれば下記は、主要企業の法務部門担当者に「新たな役割となりそう」又は「なってきた」領域を複数回答で聞いた結果である。

日経電子版2022年12月26日の記事「法務部門、広がる守備範囲」より引用

基本的に外資系企業でもこれらのエリアを法務で担当することに違和感はない。ただ、外資系企業の場合、ガバナンス、経営への関与を除く上記の各分野について、専門の法務部署が存在する組織形態のところが多いと思われる。もっともこの専門部署は、必ずしも日本に所在するとは限らず、APAC、アメリカ、欧州などの単位(いわゆる「リージョン」と呼ばれる単位)で置かれ、APACであれば香港やシンガポールに所在する専門部署の担当者が、場合によっては日本の法律事務所を使いながら日本もカバーしている場合が多いと思われるが、いずれにしても法務部がカバーするについて特段目新しい領域とは思われない。また、ガバナンスや経営への関与は外資系企業の場合、従前から世界各拠点のジェネラルカウンセルを中心とするインハウスカウンセルの業務となっているところが多いものと思われ、これも法務がカバーすべきエリアとして特段目新しいものとは感じられない。ジェネラルカウンセルがCEOと密接に協働し、業務執行に関与するという外資系企業のジェネラルカウンセルの役割を前提にすれば、むしろ当然のことといえる。上記記事でいうところの「広がる守備範囲」というのはおそらく、コーポレートガバナンス・コードや人権ガイドラインといった近年のソフトロー対応、また、ロシアによるウクライナ侵攻に伴う制裁等の規制といった、最近の事象に基づいて法務部が対応したエリアは何か、ということに関するものであって、性質的に法務が対応すべき事項が拡大したということではないということであろうと理解している。

むしろ、「法務部の守備範囲拡大」として重要なのは、法務部が、法規制や内規、ソフトローに加え、倫理を含めた高次の規範を考慮した時に「何があるべき対応なのか、顧客やサプライヤーなどステークホルダーに対して示すべき組織としてあるべき姿は何か」を示すことではないかと考えている。もちろん、法務部もビジネスを行う企業内にある以上、収益を生み出すという企業の使命と矛盾する行動を取ることはできない。この点業界にもよるものと思うが、かなりハイレベルな分類をするとして、法務部のチームは概要2種類に分類されると考えている。一つは、取引組成をするプロフィットセンター(金融業界であれば例えば、M&Aのフィナンシャルアドバイザリー業務やシンジケートローン・証券化などのファイナンス案件のアレンジメント業務を行う部署)にはりついて法律的アドバイス、内部稟議手続のサポートや契約書のレビューを行ういわゆる「デスクロイヤー」などと言われるものと、もう一つは、それ以外のコストセンターを構成するもの(例えば、紛争対応、危機管理、知的財産、サプライヤー契約管理、規制当局対応、ESGなど)である。プロフィットセンターたる前者では、取引組成支援を使命とする以上、適用法令ギリギリのところで線を引く、確かな知識と経験に裏打ちされた技量が求められ、経済産業省による「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」にいうところの「事業と経営に寄り添って、リスクの分析や低減策の提示などを通じて、積極的に戦略を提案する機能」として定義される「ナビゲーション機能」や「違反行為の防止(リスクの低減含む)」としての「ガーディアン機能」の発揮が期待されるところである。これに対しコストセンターとしての後者においては、倫理などハイレベルな規範をも踏まえた社内ルール形成をも期待されている。グローバルに事業を展開する外資系企業にあっては、例えば、サプライヤー契約管理において倫理的な考慮が要求されることにもはや議論の余地はないであろう。現地法令や裁判制度が必ずしも整備されているとはいえない国に所在する企業と取引をする、その際に人権・環境への配慮をいかに行い、いかに企業の法的利益、レピュテーションを保護するか、倫理的な観点での考慮を要する。また、別の記事で記載した通り昨今では、地政学リスクに関連して、制裁と投資家の保護、取引安全をどう調和させるかといった問題も出てきており、必ずしも法律だけで直接解が導けない、ハイレベルな検討を要する問題も出てきている。

このように言うと、「倫理の名を借りて不当な目的が達成されることはないのか?」というのはよく提起される問題だが、だからこそジョブ型の人事制度を採用する外資系企業においては、実績、経験のある人材を、外部から然るべきポジションに迎え入れるのだ。採用された時点で実績があるのだから、その人物は入社時点から権威や影響力、発言力を発揮し、業務を行うことが期待される。しかしもちろんそれだけではない。そのような人物が、さらにCEOや取締役会などの経営陣や関係部署、時には外部の業界団体や規制当局、そして場合によっては顧客やサプライヤー等の外部のステークホルダーとの議論や対話を重ね、あるべき方向に組織を導いていくからこそ、倫理の名を借りて不当な目的を達成するなどという懸念ではなく、むしろより良いガバナンスの達成への期待が生まれるのだ。個人への信頼に裏打ちされたジョブ型の人事制度においてこそ可能となる法務のあり方といえるであろう。

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