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終わりが始まり、始まりが終わり アリ・スミス 四季四部作『秋』・『冬』・『春』・『夏』


アリ・スミスの“四季”四部作『秋』『冬』『春』『夏』 について。

アリ・スミスは、1962年スコットランド生まれの現代イギリス文学を代表する作家の一人です。実験的かつ知的なのだけれど、暖かい感じがする唯一無二の作風で、何が面白いか?と聞かれるとすごく困るのだけれど、理由は分からないんだけど読んでて面白い!となる珍しい作家です。(これは、初めて読書体験を味わせてくれるからではないかと思っています。。。)

今回紹介する“四季”四部作ですが、どのような小説か説明するのが非常に難しい作品です。ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)や、コロナウイルスのパンデミックといったここ数年を時代背景に、普通なら混じり合わないであろう人達の物語、バラバラな会話や夢、SNSでの言葉などの断片がたくさん集まっでできたコラージュの様なのですが、それらの関係が読むにつれてパズルがハマっていく様に明らかになっていく!といった感じの小説です。

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この小説は季節がタイトルになっており、『秋』・『冬』・『春』・『夏』 
といった順番で出版され、この順番で読むのが作者の意図だと思います。(最終巻の『夏』に向けて解決する謎もあります。)
ですが、個人的にはその順番で読まなくても良いんじゃないのかなーと思っています。それぞれの季節で主要な登場人物が異なり、単独で読んでも面白い!という理由もあるのですが、もう一つの理由として、この四部作の少し前に日本語訳が出版された『両方になる』という作品も少し似た構造を持っているという点です。
『両方になる』という作品は、異なる二つの物語(15世紀のイタリアが舞台の物語と、21世紀のイギリスの物語)から構成されているのですが、どちらから読んでも良い!ということになっております。(実際に英国で出版されたものは、物語の順序が異なる二種類の版が同じ表紙で刊行されたそうです。)そして、一方を読むともう一方を読みたくなる!という二重螺旋の様な、始まりと終わりが決まっていない!という構造の小説になっております。
“四季”四部作も『両方になる』と同じ様に、好きな季節から読み始めたり、巡る四季の様に何周も体験することも可能ではないのかな?と思いました。
全体を通してポジティブなエネルギーに溢れている作品であることに加えて、半永久的な所に何故か希望を感じる小説でした。

ところで、僕の父は90年代にイギリスに一年ほど単身赴任をしておりました。帰国後、一年ではそれぞれの季節を1回ずつしか体験できないから、もう一年居たかった!みたいなことを言っており、「一回で十分じゃない?!」と中学生の僕は思っていたのですが、実際に自分も留学してみると、2回目の季節を味わうといことがいかに素晴らしいかを実感し、「留学と浪人は2年以上しないとねー!」という結論に至った覚えがあります。ということで、季節が巡るようにぐるぐると半永久的に読め、二回目以降がより面白く感じることが可能な作品なのかもしれません。

僕は作曲において、頭からどんどんクライマックスに向けて盛り上がる音楽が好きで、常にその様な構成を作ることに重点を置いて創作していました。
それとは正反対にある様な、どこから読んでも良い!みたいな小説や、どこを切り取っても大体同じ感じの盛り上がりのない音楽が好きではなく、時間芸術としてどうなの!?なんて思っていたのですが、この作品の様に、終わりや始まりの境界線があやふやになっている作品を体験すると、頭が固かったなーと反省ですねー。(“四季”四部作は四作目の「夏」に向けてクライマックスのような盛り上がりがあります。)

先日、ダンサーからの以来で60分ほどの音楽を作曲しました。時間構造はダンサーにお任せということで、時間構造をどの様に作るか!ということに重きをおいて作曲ばかりしてきた僕にとっては、「こんなの簡単じゃん!」と思っていたのですが、どこから始まっても良い様な音楽を書くことはそれなりの難しさがあるのだと思いました。違った見方をすると、どこから始めても楽しめる音楽(小説)ということにもなりますしねー。

この曲は、六つの部分から構成されており、それぞれのセクションをどの様な順番、繰り返しで演奏するかはダンサーに委ねられております。(下の録音は、それぞれのセクションを一回ずつ演奏したものになっております。)
音楽は抽象的な表現ですので、「辻褄が合ってないじゃん!」ということはほとんどないですが、言葉を扱った作品(特に小説)では、このような表現は相当難しいのではないのかなー!?と改めてアリ・スミスの凄さを痛感しております。

“courante”
from 『suite shishiodoshi』(2022)for Percussion
作曲:高橋宏治
打楽器:牧野美沙


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