作曲家は、たとえば文学をこう読む〈KOJI TAKAHASHI〉

作曲家から視る文学の世界。自分の興味のある小説を自作品と絡めて語っています。 高橋 宏…

作曲家は、たとえば文学をこう読む〈KOJI TAKAHASHI〉

作曲家から視る文学の世界。自分の興味のある小説を自作品と絡めて語っています。 高橋 宏治 作曲家。アーティスト。大学講師。 東京藝術大学音楽学部作曲科卒業、同大学院修士課程修了。 デンマーク王立音楽院修士課程修了。 https://linktr.ee/kojitakahashi

最近の記事

サーシャ・フィリペンコ『理不尽ゲーム』

サーシャ・フィリペンコの『理不尽ゲーム』について。 サーシャ・フィリペンコは、1984年生まれのベラルーシ人作家です。2014年に発表された『理不尽ゲーム』が高く評価され、世界中の言語に翻訳されています。 今回紹介する『理不尽ゲーム』は、作者の母国ベラルーシのルカシェンコ大統領による独裁国家の理不尽さが軽妙に描かれた小説です。主人公である音楽学校のチェロ専攻の男子学生が、群衆事故に巻き込まれ昏睡状態になり10年に目覚めるのだが。。。!というのが大まかなあらすじです。 ベ

    • 終わりが始まり、始まりが終わり アリ・スミス 四季四部作『秋』・『冬』・『春』・『夏』

      アリ・スミスの“四季”四部作『秋』・『冬』・『春』・『夏』 について。 アリ・スミスは、1962年スコットランド生まれの現代イギリス文学を代表する作家の一人です。実験的かつ知的なのだけれど、暖かい感じがする唯一無二の作風で、何が面白いか?と聞かれるとすごく困るのだけれど、理由は分からないんだけど読んでて面白い!となる珍しい作家です。(これは、初めて読書体験を味わせてくれるからではないかと思っています。。。) 今回紹介する“四季”四部作ですが、どのような小説か説明するのが非

      • 伝記小説は尻すぼみ? マリオ・バルガス・リョサ 『ケルト人の夢』

        マリオ・バルガス・リョサ『ケルト人の夢』について。 マリオ・バルガス・リョサは、1936年生れの南米ペルーの作家で、2010年のノーベル文学賞を受賞しています。日本では、日系ペルー人のペルー元大統領アルベルト・フジモリ氏との大統領選で敗北した事でも知られています。リョサの作品の特徴は、長大にも関わらずとにかくパワフルで、最後まで一気に読ませてくれるストーリーテーリングが魅力です。僕はリョサの大ファンで新作が翻訳されると必ず読んでおり、このnoteでもすでに三冊紹介しておりま

        • 子育ては大変 チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』

          チョ・ナムジュの『82年生まれ、キム・ジヨン』について。 チョ・ナムジュは、大韓民国生まれの女性作家です。今回紹介する『82年生まれ、キム・ジヨン』が韓国で大ベストセラーになり、映画化されたことで日本でも話題になりました。 この作品は、主人公の“キム・ジヨン”が、子供時代、進学、恋愛、就職、結婚、出産の中で様々な性差別に出合い精神を病んでいく様子が描かれた小説です。近年のMeToo運動と相まって韓国で論争を引き起こすほど話題となりました。文学作品というよりは、女性差別の問題

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          外国から日本をみる アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』

          アンナ・ツィマの『シブヤで目覚めて』について。 アンナ・ツィマは、1991年生まれのチェコ人の女性作家です。プラハの大学で日本語を専攻しており、日本への留学経験もあります。今回紹介するデビュー作『シブヤで目覚めて』は、そのような日本文学への情熱が漲った作品で、数々の文学賞を受賞し世界中で翻訳されております。 この『シブヤで目覚めて』ですが、日本とプラハを舞台にした小説です。日本が大好きなチェコ人の女子大生が主人公なのですが、日本に旅行した際に二つに分裂してしまいます。一方

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          時を凍らせる! オルハン・パムク『無垢の博物館』

          オルハン・パムクの『無垢の博物館』について。 オルハン・パムクは1952年生まれのトルコの作家です。トルコ革命によって西洋化されたトルコを独特の語り口で語る小説が評価され、2006年にノーベル文学賞を受賞しております。小説の殆どはイスタンブールが舞台になっており、この街を非常に魅力的に描いています。 以前にもパムクについては書いております。興味のある方はコチラ!→ベートーヴェンが忘れ去られる時 パムク 『わたしの名は赤』 今回紹介する『無垢の博物館』もイスタンブールを舞

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          小さいことの積み重ね ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』

          ロベルト・ボラーニョの『野生の探偵たち』について。 ロベルト・ボラーニョは、1953年生まれのチリ人の作家・詩人です。 『2666』という長大な小説が世界的に評価され、日本でも“ボラーニョ・コレクション”という名で全集のようなもの出版され非常に高い評価を受けている作家です。 今回紹介する『野生の探偵たち』ですが、謎の詩人を追う若者二人について語られた50人程のインタビューと、ある少年の日記から構成された小説です。特に読み応えのあるストーリー展開があるわけでもなく、いつ盛り

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          子供の存在が創作に与える影響 マギー・オファーレル『ハムネット』

          マギー・オファーレルの『ハムネット』について。 マギー・オファーレルは、1972年にアイルランドに生まれた小説家です。今回紹介する『ハムネット』が、全米批評家協会賞や英女性小説賞を受賞し、世界的に知られる作家となりました。 この『ハムネット』という作品は、世界的劇作家シェイクスピアの結婚、子供たちの誕生、その子供の一人“ハムネット”の死、そして、シェイクスピアの四大悲劇の一つである『ハムレット』が上演されるまでが描かれた小説です。 この作品は、多くのシェイクスピアに関す

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          自分の感情くらい、自由にさせてよ ジョージ・ソーンダーズ『スパイダーヘッドからの逃走』

          ジョージ・ソーンダーズの『スパイダーヘッドからの逃走』ついて。 ジョージ・ソーンダーズは、1958年生まれのアメリカ人作家です。ウクライナとロシアの関係そのままが描かれている!と評判の寓話『短くて恐ろしいフィルの時代』や、2017年にブッカー賞を受賞した『リンカーンとさまよえる霊魂たち』など、話題作を次々に発表している世界中が注目している作家です。 今回取り上げる『スパイダーヘッドからの逃走』は、今年(2022年)にnetflixで公開された『スパーダーヘッド』の原作です

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          二つの顔を持つ グレアム・グリーン『ヒューマン・ファクター』

          グレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』について。 グレアム・グリーンは、1904年生まれのイギリス人小説家です。カトリックの倫理を扱った『情事の終り』や『権力と栄光』などが世界的に評価されていますが、映画『第三の男』の脚本や、児童書、戯曲、スパイ小説などエンターテイメント性に富んだ作品も多く書いている幅広い作風を持つ作家です。 今回紹介する『ヒューマン・ファクター』は、後者に属するエンターテイメント性を重視したスパイ小説になります。イギリスの諜報機関で働くロシア側

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          簡潔なほど想像力を刺激する!  ローベルト・ゼーターラー『ある一生』

          ローベルト ゼーターラーの『ある一生』について。 ローベルト ゼーターラーは、ウィーン生まれのオーストリアの作家・脚本家・俳優です。今回紹介する『ある一生』が世界的ベストセラーとなり、日本でも好評を持って迎えられています。また、映画『17歳のウィーン』の原作である『キオスク』という作品も日本語に翻訳されております。 今回紹介する『ある一生』は、アルプスを舞台にある男の一生が淡々と語られる中編小説です。主人公の男の人生は、養父によって障害を負わされたり、雪崩による妻との死別

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          世界を翻訳する! リチャード・パワーズ『黄金虫変奏曲』

          リチャード・パワーズの『黄金虫変奏曲』について。 リチャード・パワーズは、1957年生まれのアメリカ人作家です。非常に情報量が多い作品を書く知的な面を持つ一方で、それに劣らないくらいの情熱もある、ものすごくパワフルな作家です。 2019年に日本語訳が出版された『オーバーストーリー』がピューリッツァー賞を受賞したり、バラク・オバマ元アメリカ合衆国元大統領が絶賛したことで日本でも話題になりました。 また、音楽への造詣も深く、それをテーマにした作品も幾つかあり、僕にとっても非常に

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          私小説ならしょうがない。。。 三浦哲郎「忍ぶ川」

          三浦哲郎の『忍ぶ川』について。 三浦哲郎は、1931年生まれの八戸市出身の作家です。劇団四季によってミュージカル化された児童文学『ユタとふしぎな仲間たち』でこの作者のことを知っている方も多いと思いますが、彼の代表作の多くは、実生活からの素材を再構成して書かれた私小説で、今回紹介する『忍ぶ川』もその一つです。 『忍ぶ川』は、第44回芥川龍之介賞を受賞しており、数ある受賞作の中でも根強い人気を誇る名作です。 作者自身が志乃と言う女性に出会い、結婚するまでが描かれているだけなの

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          誰かのふりをする! イアン・マキューアン 『甘美なる作戦』

          イアン・マキューアンの『甘美なる作戦』を読みました。 イアン・マキューアンは、1948年生まれのイギリス人小説家です。非常に完成度の高い作品ばかりを発表する作家なのですが、今回紹介する『甘美なる作戦』 は、その中でも小説技巧が駆使された見事な作品です。 マキューアンについては以前にも書いたので興味のある方はそちらも是非!→イアン・マキューアン『恋するアダム』 文学好きの女性セリーナが諜報機関(MI5)に就職し、反共文化工作として小説家の元に潜入するのですが、その小説家と

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          終わりのない音楽なんて聴きたくない サラマーゴ『誰も死なない日』

          ジョゼ・サラマーゴの『誰も死なない日』について。 ジョゼ・サラマーゴは、1922年生まれのポルトガル人として初めてノーベル文学賞をした作家です。失明する病のパンデミックを描いた『白の闇』は、covid-19の影響も話題になりました。映画化された作品も多く、『白の闇』の映画化である「ブラインドネス」では、伊勢谷友介が初めに失明した人物を演じ、日本でも話題になりました。 もし、全国民が失明したら?という仮定の下に書かれた『白い闇』のように「もし、○○だったら?」という寓話が魅

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          AIが選ぶ最善と、人間のそれ イアン・マキューアン『恋するアダム』

          イアン・マキューアンの『恋するアダム』について。 イアン・マキューアンは、1948年生まれのイギリス人小説家です。2007年に出版された『贖罪』(原題:Atonement )が映画化(邦題:《つぐない》)されゴールデングローブ賞や英国アカデミー賞を受賞しており、日本でも知名度の高い人気作家です。マキューアンの作品は非常に分かり易い上に、文章のプロでもない僕でも「上手いなー!」と唸るほど展開が見事な完成度の高い作品が特徴です。 今回紹介する『恋するアダム』は、AIアンドロイ

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