児童型の自戯用ドールを巡る論争(2020年5月〜)の交通整理、その1 経緯・事実確認編
今ネットで話題の小児型ラブドール論争の経緯は?出典は?製品の諸元は!?調べてみました!
※本稿では以降、「ラブドール」「セックスドール」「ダッチワイフ」いずれの表記も原文引用でない限り使用せず、「自戯用ドール」もしくは「リアルドール」という表記で統一します。
なぜなら「ラブドール」はオリエント工業の歴史に根ざした商品名としての側面を持つものであるがゆえに他社製品も含めた呼び名とすることには筆者としては抵抗があり、「セックスドール」は「(擬似的なものであっても)双方の合意のない性行為をセックスと呼ぶことはできない」とする観点から批判があり、「ダッチワイフ」については特定の国・民族・人種に性的なイメージを付与するものだからです。
また「自戯」とはオナニーを意味し、「自瀆」「自慰」という(オナニーに否定的だったり、オナニーをセックスに従属するものとして位置づける)旧来の表現に対しセルフプレジャーを尊重する言い換えとして筆者が提案する訳語です。
(この発想においてセックスも言い換えるとするなら「対戯」「相対戯」、三人以上のケースも考慮するなら「複戯」「同意戯」あたりでしょうか。ちょっと無理がありますね。「同意性交」あたりがいいのか?)
※子供型、少女型、幼児型、女児型などの表記ゆれがある中で児童型という表現を選んだのは、二つある発端(署名運動の広がりと商品展示の批判ツイート)のうち先行する署名運動で使われていたハッシュタグに「児童型セックスドール」という語が使われていたためです。
※本稿では、「障害者」という表記は原文引用でない限り使用せず、「障外者」という表記で統一します。「バリアの外の人」というニュアンスです。
(「障害がある」というような表現についてはそのままにします)
1.発端・経緯
1-1.二つの発端
今回の論争は、ざっくり言うと
①児童型の自戯用ドールの生産・販売・所持等を規制することを要求する海外・日本それぞれの署名運動が支持を集めていた。
使用されているハッシュタグは以下。
【海外】
# banchildsexdolls
【日本】
# 私は児童性加害を許しません
# 児童型セックスドールの廃止を求めます
# banchildsexdolls
# banchildsexdollsjapan
②日本国内のアダルトショップの実店舗にて児童型の自戯用ドールが販売されており、かつレイプ願望と商品の使用を結びつけるような内容のポップが付されていた。そのことを問題視したアダルトショップ利用客が、Twitterに該当児童型自戯用ドールとポップの写真を批判的コメントと共に投稿した。(2020年5月26日〜)
↑この二点を直接の震源としています(以降で詳述)。前者だけ、または後者だけを今ある議論の発端と認識している人や、児童型ではない自戯用ドールが批判されているという前提から入る人などが散見されたので、筆者は情報のタコツボ化に危機感を覚えています。
たとえば以下は、後者だけを議論の発端としている例です。
前者だけを議論の発端としている例は分かりやすいものを後から見つけるのが困難だったのですが(情報提供求ム!)、ドール愛好者として、あるいはドール愛好者を代弁する形で「自戯用ドールを愛でる行為は必ずしも性的・暴力的な欲望に由来する場合だけじゃないのに、偏見の目で見られて悲しい」という気持ちを表現するものであったり、自戯用ドールの起源譚として障外者の性の話を持ち出したりするものは(ポップへの批判的な言及という形でなければ)「性表現規制派が自戯用ドールとレイプ願望を不当に結びつけて非難している」というイメージで語っている可能性が高いと推測します。
特に、障外者支援事業としての在り方を重視するなら(もちろん障外者も性欲やレイプ願望を持つことはあるわけですが、それはそれとして)「自戯用ドールを利用する障外者全般にレイプ願望のイメージを結びつけ、スティグマを負わせること」に対して批判的になるのが筋でしょう。そうした含意のない言及でないのなら、ポップの存在を把握せずに語っているとみなしても大きくは外していないはずです。
1-2.署名運動の詳細
先行するChange.orgでの署名「Ban Child Sex Dolls」は英語圏の反虐待団体「Stop Abuse Campaign」(以前から活動している形跡あり)の呼びかけによるもので、アメリカ大統領を含む20の宛先が対象となり、176,679人の賛同を集めています。(最終アクセス2020/6/2/1:54)
これは2019年からある署名のようです。
後発のChange.orgでの署名「幼児型セックスドールの生産・販売・の廃止を求めます。」は日本の法務省と法務大臣を宛先として、現在1,566人の賛同を集めています。(最終アクセス2020/6/2/13:12)
呼びかけ人となっている「幼児型セックスドールについて考える会」には他の署名活動を主催した形跡がなく、今回の2020年の署名のために立ち上げられた名義と推測されます。
署名呼びかけ文では「ぱっぷす」(PAPS、ポルノと性暴力を考える会)が「NPO法人ヒューマニティー」と並び相談窓口として挙げられていますが、「ぱっぷす」や「NPO法人ヒューマニティー」が組織として署名を立ち上げたと判断する材料はないです。(そうした方面の思想や人脈ではあるとしても)
つまり、日本での署名が16万人を突破したというわけでも、後述するツイートで問題視された実店舗での自戯用ドール販売への批判ツイートがきっかけで16万人が署名に賛同したというわけでもありません。(海外の署名賛同者の16万人という数字が日本で独り歩きしているかもしれないぞ、という話はヤヤネヒロコ氏によるものです)
(ヤヤネ氏の『セックスドール論争の時系列整理』はこちら。https://note.com/hiroko_yayane/n/n366fb9e4b71b)
[各署名運動の日本での拡散はいつ誰が?要調査]
1-3.販売への批判ツイート
署名運動の拡散、署名運動への反応より少し遅れて大きく議論を呼んだのが、2020年5月26日の以下のツイートです。投稿には画像が添付されています。
ツイート投稿者の「ゆみ🧸おじさん(@otokokimoshine)」は48フォロー、8,920フォロワーでアカウント開設は2018年5月と、それなりの規模感ですが筆者は初めて見ました。「過激派」フェミニストを装った偽アカウントかどうかの判断は現時点では保留とします。
(現在は非公開アカウント→追記:公開アカウントに戻ったようです)
添付画像は二つあり、一つ目は商品を目立たせるために付けられたポップ(販促用の立体広告)の写真で、文面は以下。
もう一つの添付画像は店舗で販売されている自戯用ドールの写真です。
撮影者の映り込みを隠すためかスタンプがされており詳細は分かりませんが、自戯用ドールの横には人形の商品説明やウィッグの商品説明があり、
(商品説明が他の商品のものでなければ)
・生産地が日本であること
・素材がTPEであること
・全長(身長)が128cm、重量(体重)が15kgであること
・スリーサイズの一部として
B(胸囲サイズ)が56cmであること
W(腰の絞りのサイズ)が5[不明]であること
・ホール(ヴァギナ)が使用可能である=性処理用品であること
・店頭販売価格が日本円にして280[不明](=28000円もしくは280000円)であること
・その自戯用ドールの名前が「ユカ」もしくは「ユナ」という文字列を含むこと
などの情報が見て取れます。
素人目にも、児童型のデザインであることが分かります。ただし、取り回しを利かせるため全長や重量は生身の人間と比較してコンパクトになるのが常なので、ステータスがそのまま生身の児童を模した設定であるとは限りません。
2.各論
2-1.オリエント工業のラブドールの起源は「知的障外者の性処理」なのか?
自戯用ドールが論争の的になるたびに「自戯用ドールの起源は障外者支援事業にあり、自戯用ドール批判は障外者差別である」とする論がよく出てきますが、2020年の自戯用ドール論争では新たな展開として、その起源が「知的障外者の」性処理問題にあるとするツイートがバズりました。
添付されている画像はWikipediaの「オリエント工業」のページの「概要」中の文章で、ラブドールの写真(「オリエント工業製ラブドールの例」というキャプションが付されている)の直下にある第一、第二段落のスクリーンショットです。以下、スクリーンショット内の全文。(ラブドールの写真に付されたキャプションを含む)
(最終アクセス2020/6/10/6:26)
(なお、知的障外者ではなく障外者一般の話として書いている以下のツイートも大きくバズり、今回の自戯用ドールを巡る議論に影響しています。
これ(ら)に対して、
「女性障外者が性被害を受けやすい現状に対して男性障外者が加害願望まで含めてケアされているのはシスヘテロの男性偏重である」
「女性用のバイブレーターと比較可能なのはオナホールのはずなのになぜいきなりダッチワイフに飛躍するのか」
「当初は障外者向けのものであったとしても現在は限定販売ではないのなら議論の筋道に関係がない」
「そうした起源を持つものにあのようなポップをつけたならそれこそ問題だ」
というように多くの反論がなされましたが、それらは語られた「知的障外者の性処理」という起源譚を所与のものとするか、無根拠な噂話であるとみなす(ただし、検証はしない)ものでした。
以下に一部を挙げます。
自戯用ドールの擁護側のツイートも含めて、起源譚は所与のものとして扱われる傾向にあり、出典をチェックしたツイートは管見の限りでは見当たりませんでした。(検証したツイートがあったとして、少なくともバズってはいないはずです)
オリエント工業のラブドールの起源に障外者の需要があるという話は近年のTwitter論壇の自戯用ドールを巡る論争では批判に対して錦旗のような勢いで好んで取り上げられますし、障外者向けの風俗事業(例として、大森みゆき, 2005, 『私は障害者向けのデリヘル嬢』ブックマン社.を見よ。あと最近ではホワイトハンズが賛否両論で話題に上がっていますね)の認知度も現在はそれなりにあるので、ある種の既存文脈、前提知識として受け入れられている感があります。その結果でしょうか、細かい部分がツッコまれたりはしません。
さて、原文には何と書いてあるでしょうか。
出典としてWikipediaに書かれている文庫本(永沢光雄, 1999, 『風俗の人たち』筑摩書房.)は指二本分の厚さがありますが、そのうち「ダッチワイフ」についての章は6ページ半。
オリエント工業以前の「ダッチワイフ」はビニール製の浮き輪のような存在でした。それを改良したのがオリエント工業で、その理由として挙げられているのが身体障外者のニーズです。
こうした経緯ですから、たとえば先に引用したシン・ホネキング氏の「あれは「そういう需要もある」という話で「そのために開発された」では無かったと思う」というような疑念は否定されます。オリエント工業のラブドールは元々障外者支援事業であった、ということ自体は偽史でもなんでもない。
このエピソードは、オリエント工業の40周年記念展開催に際して出版された『愛人形』(オリエント工業監修, 2017, 『愛人形 Love DoLLの軌跡〜オリエント工業40周年記念書籍〜』マイクロマガジン社.)の社長インタビュー(p.234-241)にもあり(p.236、p.238)、「足に障害を持った方」から聞いた「空気式のダッチワイフはどうしても空気が漏れてしまう」「障害があるから、風俗店には行きにくい。だから、自分にとってダッチワイフというのは、とても大事なものなんだ」という話をきっかけにして「ならば自分で作るしかない」と、すでに経営していたアダルトショップのうち一軒を売却した資金を元手に自戯用ドール事業に参入した、とされています。
では、「知的障害者」についてはどうなのか。少し戻って、『風俗の人たち』p.57を見てみましょう。
この後、p.58では「身障者」向けに事業が始まり一級や二級の「身障者手帳」がラブドールの購入に必要とされていた話、p.59では「身障者」でなくても65歳以上なら、65歳以下でも独身者なら、既婚でも単身赴任者なら、と「身障者」以外の属性に販売対象が拡大していった話が綴られています。
それらを除いては障外者についての言及はないことから、脳神経外科医の佐々木某が「精神障害者や身体障害者の性欲の問題でひどく悩んでいた」という箇所を、Wikipediaなどで引用されたものと比定することが妥当でしょう。つまり、バズったツイートで「知的障害者」とある部分は、本来「精神障害者」である可能性が非常に高いです。
ちなみに、『愛人形』に掲載されている社長取材記事(p.234-241の社長インタビュー『独白‼ オリエント工業・代表取締役社長土屋日出夫』ではなく、p.212-219の都築響一氏による寄稿文の中に、『東京右半分』から再録されたもの)にも、障害のある息子を持つ母親が性処理をするエピソードがありますが(p.216)、「あと、障害者の息子を持つお母さんが、やむをえず手で処理してあげていたのが、性欲が強くなってきて、このままでは最後の一線を越えてしまいかねないということで悩み抜いた挙げ句、うちのことを知って駆け込んでくるとか」とあるのみで、障外者の具体的な属性までは判然としません。
また、『愛人形』のp.234-241の社長インタビュー『独白‼ オリエント工業・代表取締役社長土屋日出夫』でも「足に障害を持った方」(p.236)、「海外で障害を持った人たちの性体験や相談をたくさん見てきた人」(p.238)、「障害を持った人」(p.239)という主語は出てきても、「精神障害」「知的障害」という表現はありませんでした。
Wikipediaではどの情報も書いていない以上、松吉氏は『風俗の人たち』を読んだ上で間違えたか、読まずにどこかから聞きかじって間違えたか、あるいは聞きかじった相手が既に間違えていたかになりますが、リプライ欄でのやり取りを見る限りでは、松吉氏が実際に『風俗の人たち』を読んだかどうかはともかく、『風俗の人たち』を読んだ前提で話していることは伺えます。
その上で松吉氏をフォローできるとすれば、まず、オリエント工業の事業の起源についてもしかしたら知的障外者のエピソードがどこかにあるのかもしれません。たまたまそれが、出典として提示されている『風俗の人たち』ではなかったというだけで。松吉氏の専門が何かは存じ上げませんが、もし仮に障外者福祉や性風俗文化に造詣の深い方なら多読ゆえに混同があるのかもしれませんし。
また渦中の『風俗の人たち』は1999年の本で、他の章を読んでも分かる通り時代性があります(エイズ禍のころで、ホモ・レズ呼びは当たり前)。しかも学問的な厳密さを持たないルポルタージュなので、はっきり「精神障害」と書いてあるとはいえ、「知的障害」と「精神障害」の区別も現在の用法ほど大きなものではないかもしれません(あるいは、現在のTwitter論壇においてもその区別はさほど重要ではないのでしょうけれど)。要は医学用語としての「精神薄弱」が1998年以降、法律用語としても2000年に「知的障害」へと置き換えられたという時系列ですので(このあたりはWikipedia頼りなので実際どうかは保証しません)、精神障害と書いてあってもオリエント工業側は「精神遅滞」や「精神薄弱」と言っていたのかもしれない、それをライターが「精神障害」と書き間違えた、とかですかね(失礼!)
松吉氏にはこのあたり、ぜひ「一般人のボヤキ」「お気持ちツイートの一つ」に留まることなく掘り下げていっていただきたいところです。
※もちろん、本に書いていないからといって知的障外者の家族が泣く泣く性処理をすること自体がないだとか、知的障外者は自戯用ドールを使わないだとか、そういう結論を出しているわけではありません。念の為。
2-2.炎上した商品はそもそもオリエント工業の製品なのか?
世間では一般名詞のように使われている「ラブドール」ですが、筆者の理解に間違いがなければこれはオリエント工業の商品名です。それともやはり、オリエント工業の公式製品ではないものも「ラブドール」として売られている以上は、一般名詞なのでしょうか。
オリエント工業の『愛人形』の「はじめに」には、
とあり、ラブドールという名前はオリエント工業の製品のコンセプトと強く結びついていることが分かります。
他社製品を「ラブドール」と呼んではいけないかは分かりませんが、そもそも問題となっている自戯用ドールがオリエント工業の商品なのかどうか、検証してみました。
※2022年9月2日追記:『愛人形〜オリエント工業40周年記念書籍〜』p.54によれば、「ダッチワイフ」から直に「ラブドール」という名前に変わったわけではなく、まず「ダッチワイフ」から差別化するための公募により商品名「キャンディガール」が誕生し、後に一部のユーザーの間で「ダッチワイフ」と区別する言葉として「ラブドール」が使われ始め浸透していったという。
ゆみ🧸おじさん氏のツイートの画像では(商品説明が他の商品のものでなければ)
・生産地が日本であること
・素材がTPEであること
・全長(身長)が128cm、重量(体重)が15kgであること
・スリーサイズの一部として
B(胸囲サイズ)が56cmであること
W(腰の絞りのサイズ)が5[不明]であること
・ホール(ヴァギナ)が使用可能である=性処理用品であること
・店頭販売価格が日本円にして280[不明](=28000円もしくは280000円)であること
・その自戯用ドールの名前が「ユカ」もしくは「ユナ」という文字列を含むこと
以上が見て取れます。
筆者は自戯用ドールについては全くの素人であるためどのサイトが正しいことを書いているのかはよく判断がつかないのですが、「TPE オリエント工業」とググって出てくる自戯用ドールオーナー向けのサイト(『LIFE with LOVEDOLL 〜ラブドール生活〜』)では、シリコンに対してTPEという素材が新しく登場している(つまり、シリコンとTPEは異なる素材である)ことが書かれ、「大手業者(オリエント工業さんなど)」ではシリコンが主流であるとしています。
仮にこの情報が正しいとすれば、炎上した児童型自戯用ドールはTPEを素材としているので、オリエント工業の製品である可能性は低い、ということになります。
『愛人形』でも『製作の現場』(p.306-311)での記述を始めとして、ラブドールはシリコンを材料にしていることが基本的な前提となっています。
種別及び諸元はどうでしょうか? 実際にオリエント工業のサイトを覗いてみましょう。(最終アクセス2020/6/18/12:15)
オリエント工業の公式サイトにラインナップされている現行ブランドは「やすらぎ」「Ange(アンジェ)」「Jewel(ジュエル)」「Berry(ベリー)」の4シリーズ。商品はボディや顔のデザインを選択することができ、頭部モデルには「Berry」を除き、それぞれ名前が設定されています。
・「やすらぎ」シリーズは
「葵」「桜樹志乃」「原千草」「沙織」「りり」の計5種類
・「Ange」シリーズは
「沙織」「りり」「絵梨花」「友美」「瞳」の計5種類
・「Jewel」シリーズは
「かれん」「心」「しずか」「めぐ」「メロン」の計5種類
名前の設定がある15種類に頭部モデルが単一で名前の設定もない「Berry」を加えた現行モデル計16種類のうち、「ユカ」もしくは「ユナ」という文字列を含むものはありませんでした。
もう少し詳しく見てみます。
自戯用ドールはウィッグの種類や撮影状況、メイクなどによっても雰囲気がだいぶ変わるので、筆者のような素人には炎上した自戯用ドールとオリエント工業の商品の頭部モデルを見比べてこれがこうだとはあまり言えないのですが、少なくとも全体的なデザインとして、以前からあるブランド「やすらぎ」「Ange」「Jewel」に比べてより「児童型」と呼ぶに相応しいと言えるのが新ブランドの「Berry」です。
他の3シリーズに比べてカスタムドールのような(二次元オタク受けしそうな)コンセプトデザインが特徴的なBerryシリーズは(※)、しかし、表皮の材質が肌質シリコンゴムということなので、TPE製という条件からは外れます。
残る現行3シリーズの諸元はどうでしょうか? それぞれページから抜き出してみました。
・「やすらぎ」
やすらぎ艶
全長162cm
やすらぎ
全長147cm
・「Ange」
バスト大 Eカップ(胸囲84cm)
バスト小 Bカップ(胸囲76cm)
・「Jewel」
全長136cm
Dカップ(胸囲73cm)
Aカップ(胸囲68cm)
全長146cm
バストサイズ ?
これら3シリーズは商品説明に材質の表示がありませんでした。問い合わせれば分かるのでしょうが、検証に際しては必要ありません。
なぜなら問題となっている児童型自戯用ドールは全長が128cm。これで「やすらぎ」「Jewel」は除外されます。残る「Ange」(全長が分からない)もバストサイズが異なります。つまり、どれも当てはまらないということです。
サイト下部に目を移すと、「復刻版頭部一覧」のページがあります。過去に販売されていた頭部モデルの一部が購入できるようです。しかし、
・りり(ほほえみ)
・夢
・杏奈
・奈々
・小雪
・未来
・愛
・雛
・かれん(ほほえみ)
・いずみ
・きらら
と、復刻版の11種類にも該当なし。
これで少なくともオリエント工業から現在購入可能な公式商品には、問題となった自戯用ドールと同じものは存在しないことが確認できました。
念のため『愛人形 LoveDollの軌跡〜オリエント工業40周年記念書籍〜』に記載されている過去の商品の説明も見ましたが、こちらにも該当なし。『愛人形』は(オリエント工業の過去ブランドは網羅しているとはいえ)頭部モデルのレベルで言えば全ての名前設定が載っているわけではないので確実とは言えませんが。
以上から、現状では炎上した「ラブドール」がオリエント工業の「ラブドール」である可能性は低いと言えます。商品知識のない店員が、自戯用ドール全般というぐらいの意味で「ラブドール」と書いたのだと推測されます。
炎上した商品に対してオリエント工業が直接の利害関係者というわけではないとすれば、(そもそも現在は障害のあるなしに関係なくオリエント工業製のドールを買えるという話を度外視するとしても)炎上した商品に絡めてオリエント工業の理念の話をするのはミスリードではないかと思います。「ラブドールに喧嘩売る人はまず調べろ!」と仰る方は、ラブドールについてどれだけ調べたのでしょうか……?
松吉氏や虎伏號氏が「ツイートは炎上した商品についてのものではない」あるいは「投稿時は署名活動の件しか把握していなかった」という反論をなさる可能性は充分にありますが、論争に参加した他の方々の中には、そのあたりの区別はせずにオリエント工業の起源譚をリツイートされた人もいるのではないでしょうか。
※もちろん、障外者はオリエント工業製しか使わないというわけではないでしょうし、セックスドール全般を福祉の文脈で語ることはおかしくない、とは思います。ヒップホップ・レゲエカルチャーと黒人の人権論争が切り離せないように、性具カルチャーと障外者の性的福祉は(オリエント工業の製品であるかどうかにかかわらず)密接な関係にある。
しかし、「喧嘩売る人はまず調べろ!」などと、相手が無知であると決めつけて、(元)障外者支援事業相手なら批判できないだろうとタカをくくって、道徳棒で、障外者を盾にして批判者を殴りつけるオラオラムーブは、たちの悪い対立煽りでしかありません。
※二次元オタク向けのコンセプトを明確に打ち出した製品としては、2000年の「ファンタスティック」シリーズ(現在は製造中止)がある。
オリエント工業の製品で児童型と呼べるシリーズは他に、1999年に発売されたソフトビニール製の「プチソフト」シリーズや、2010年に発売された「ララドール」シリーズ(頭部と手足がソフトビニール、胴体と両腕・両脚が布張り。性処理用のホールはなく抱き人形として位置づけられている)などがかつてはあった。
2-3.自戯用ドールと性的欲望・レイプ願望を結びつけたのは誰か?
LEiyA Arata氏のツイートは5月23日でポップが問題となる5月26日より前なので、この投稿自体は「ポップの件が問題となったことを把握せずに書いている/ポップの件への言及を意図的に避けた」というようなものではありませんが、該当ツイートのリプライ欄でのドール愛好者たちとのやり取りのいくつかは27日以降のものであり、そこで「ツイフェミ」ばかりを問題視する言説の回路空間が出来上がっているということは論を俟たないでしょう。
(筆者からの問いかけに対してLEiyA Arata氏は「私はツイフェミさん達が悪だとは思っていません」「例のポップは不快ですし、あのポップを良しとしたことに大きな問題があり、ユーザーが誤解されやすくなると感じました」と応答していますが)
筆者は、こうした世界観が局所的なものではないと思います。
たとえば、荻野幸太郎氏のツイートは小児性愛か成人性愛なのかという軸であるか、性的用途かそうでないかという軸であるか判然としませんが、問題を「左翼系のTwitter論壇界隈」のみに帰責しているのは不当ではないでしょうか。
ポップの件で可視化されずとも、多くの自戯用ドールユーザーや「表現の自由戦士」が(抑止力論という形で)非実在対象への愛好感情や愛好行為を性愛要素や加害欲と結びつけ、実質的に性犯罪者予備軍扱いしている(規制されたら生身の人間を襲うようになる、という立論はつまりそういうことです)ことはすでに絶え間なく指摘されてきたことですし、ましてやポップの件が広がりを見せた後の投稿であるにもかかわらずユーザー側の問題に触れない、というのはアンフェアです。
自戯用ドールユーザーに対する見方(その手の人形を愛でるという行為はもっぱら性的関心からである/彼らは歪んだ加害欲を抱えており、人間の替わりに人形にぶつけている)は、批判的な保守派やフェミニストが作った、と捉える見方が一部では支配的ですが、ドールユーザーや擁護者の側にも責任はあります。
(なお荻野幸太郎氏の名誉のために付記しておきますが、いわゆる「表現の自由戦士」側のバイアスに対しての発信も翌日にしています。できたらこれ単体で投稿するのではなく、前のツイートとスレッド形式になっていればよかったのですが。
(cf.擁護側の言説に対しても懐疑的な意見でバズったツイートにはこうしたものもあります。
まとめ
いかがでしたか?
ということが分かりました!
「自由な議論」がこれからも続いていくといいですね。
今後の展開も要チェックです。
ちなみに。2-1で挙げたシン・ホネキング氏のツイートにこんなスレッドがついていました。
オリエント工業の『愛人形』の「はじめに」には、
とあり、ラブドールという名前はオリエント工業の製品のコンセプトと強く結びついていることが分かります。もっともキラキラした言葉には裏のエピソードが隠されていて、ポリコレ的な意識からダッチワイフという呼び方を取りやめたのかもしれませんが。今後の更なる検証に期待しましょう。
バズったわけではない、ネットの隅っこのスレッドをなぜこうやってわざわざ晒すのか、とお思いになる方もいらっしゃるかと思いますが、人間の認知に対してはバズったツイートばかりが影響力を持つわけではなく、個々のコミュニケーションの中で補強される観念というものも大きいのではないか、という話をしたいわけです。筆者が尊敬するヒアリ警察氏やワッシュ氏が、何でもないような一個人の、リツイートもいいねもついていないような投稿にまで逐一コメントをしている理由は、きっとそうした危機感からではないでしょうか。
青識亜論氏が最近、テラスハウスの件に関連してこんなことを言っていました。
筆者としては、記憶は容易く修正されたり混同に陥ったりするものなので、必要なのは記憶ではなく記録である、と言いたいですね。記憶はオープンに参照できませんし。
そう、もうお分かりだろう…
誰も!!!
出典に基づいた議論をしていないのである!!!
恐ろしき集団心理‼
『傍観者効果』!!!
コロナ禍で図書館は閉まっている場合がありましたし、平時だとしても誰もが図書館を使えるわけではない。筆者にはたまたま時間がありました。『風俗の人たち』以外で参考にした『愛人形』にしたって筆者はすでに買っていたから繰り返し読めただけで、あまり興味のない人にとっては3000円はかなりの出費です。Twitterでの発信に対して、検証作業のハードルの高さを実感しました。
ですが、あなたが18歳未満でないのならば、オリエント工業の公式サイトで諸元を確認するぐらいはできたはずです。それをしないのは、興味や前提知識がなければ、いえ、むしろなんとなく「前提知識っぽいもの」があるがゆえに、細かいところは気にならない(あーはいはいオリエント工業の話ね、で先に進んでしまう)というのはあるでしょう。筆者は風評被害の問題をきっかけに社会に関心を持ったクチなので、そのあたりに敏感なのかもしれません。
後は、「話題になっていることに対して言及しているだけ」だから、話の「本筋」さえ守っていれば、前提にまで踏み込んで検証する必要はない、というのが、スピードが求められるインターネット論壇ではあるあるだったりしないでしょうか。オリエント工業の製品がどうのこうの、と言われたからオリエント工業の製品の話という前提で進めただけだ、何が悪いのか? と。そして「話題になっていることに対して言及しているだけ」だから、元の文脈と違うと批判されても一般論だと言えてしまう。自戯用ドールがなんか叩かれてるからオリエント工業の感動話したろ、みたいな乱暴な人も中にはいるかとは思いますが。
筆者も興味や前提知識のない分野、もしくは中途半端に聞きかじった分野に関してはそうなりがちでしょうけれど、そうしたふわふわした記憶や観念へのふわふわした信頼によってかよらずか、インターネットの炎上で発端や元あった文脈が参照されない状況があることってかなり弊害がありますよね。それは「話題になっていることに対して(のみ)言及しているだけだから、私にはそれ以上の事実関係について責任はないのだ」という心理に根差しているのでは、と筆者は推測しますが、皆様はどうでしょうか。
検索した限りでは、うつ病の家事手伝イさん氏が論争の中で唯一『風俗の人たち』を借りて読んでいましたが、議論への還元はされなかったようですね。結果、検証作業は筆者が一番乗りということになりました。ホッとしたような寂しいような……
【宣伝】表現論争事例アーカイブ化プロジェクトについて
先ほど述べた「インターネットの炎上で発端や元あった文脈が参照されない状況」に対して、参照できるまとめを作ろう! というのが、企画の趣旨です。
Togetterと何が違うかというと、公開編集形式にするという点がまずあります。表現論争を扱うWikiのようなものと捉えていただいて構いません。編集合戦のリスクはありますが、様々な立場から書き込めた方がいいというのが大前提のものです。
情報の裏取りや補足、更新を要する部分については、たとえば([日本での署名運動拡散はいつ誰が?要調査])のような形で保留しておいて、ユーザーに都度追記していただくことになります。
本稿は私のnoteなので感情や主観も交えながら書いていますが、表現論争事例アーカイブはこうした記事とは違い、その手の要素を排除して、できるだけ厳密なものになるようにフォーマットを整備していきます。
◇展望について
便宜上『表現論争事例アーカイブ化』と名付けてはいますが、実際の運用上は『表現・思想・欲望論争事例アーカイブ化』と呼ぶべきものになるでしょう。いつかは、あらゆる炎上や、炎上しそうでしなかったものまでも参考事例として取り扱うプラットフォームにしていけたらと思っています。
◇用語について
たとえば本稿ではある種の性具人形を表すのにポリコレ的観点を盛り込んだ上で「児童型自戯用ドール」として統一しましたが、表現論争事例アーカイブ化に際しては、論争において最も多く使われた表記(今回のケースであれば、日本の規制要求署名に使われた「幼児型セックスドール」だったり、店内写真ツイート周りの議論で使われた「児童型ラブドール」だったり)を反映した記事タイトルになります。アーカイブ記事の歴史性や検索性の観点からです。
以前も議論となっていて区別が必要なテーマであれば論争のあった年もタイトルに含めますので、今回のケースの個別記事タイトルはたとえば『児童型セックスドール論争(2020)』『児童型「ラブドール」論争(2020)』のようになるでしょう。(署名運動ではセックスドールという語が使われていましたがその後の議論ではラブドールという語が大きな意味を持っていたように思うので、そちらを採用する可能性もあります。それか、『児童型/幼児型/小児型/少女型/ラブドール/セックスドール論争(2020)』のようにスラッシュで区切る形にするのもあり?)
◇今できること
表現論争事例アーカイブの構成は現時点では以下のような形を予定しています。
このうち、「論者についての記事」はインタビューをベースとしたもので、事前アンケートと、事前アンケートに基づく掘り下げによって構成されます。
以下に現時点での事前アンケート内容を載せておきますので、我こそはネット論客なり! という方のご協力をお待ちしております。誰も来なければこちらから依頼することになります。
(インタビューをする側はまだ未定ですが、我こそはそういうの得意だよという方がいらっしゃいましたらぜひ名乗り出ていただけるとありがたいです)
(2023年2月1日追記:質問項目は本稿掲載のものから加筆されているので詳細は筆者まで)
◇運営について
現在は筆者に加え、いわゆる「フェミニスト」といわゆる「表現規制反対派」の三人がSlackを利用して活動の準備をしていますが(2023年2月1日追記:Slackの無料プランが保存容量無制限ではなくなったときに拠点をDiscordに移しました)、テーマの整理も採集したツイートの分類も全くできていません。三人ではとうてい無理です。三十人は仲間が欲しいです。ご連絡いただいてもすぐには対応できるとは限りませんが、興味があればぜひお声がけください。
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