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【読書メモ】ポリヴェーガル理論入門


トラウマやうつ病を克服しようとして,「考え方を変えよう」「気にしないようにしよう」と努力することがあると思います.ただ,実はトラウマやうつ病は身体の生理的な反応であり,考え方や気の持ち方を変える以前に,身体反応を正常化させるために神経系を調整する必要があります.

トラウマを体験した人が抱えている状態について,神経生理学的な説明を行っているものとしてポリヴェーガル理論があります.

この理論によって,トラウマ的な反応に対する見方も変わりますし,カウンセリングを受ける意義もわかってくると思います.


ポリヴェーガル理論とは

自律神経は一般的に、アクセルの働きをする“交感神経”とブレーキの役割を担う“副交感神経”の2種類があると言われています。

交感神経は身体を緊張させ、活動的にし、副交感神経は身体をリラックスさせ、休息させる役割があると説明されます。

ポリヴェーガル理論では、自律神経は3種類あるとします。ひとつは、交感神経で、これは闘争/逃走反応といい、原始時代において捕食動物と闘ったり、捕食動物から逃げたりするために身体を緊張させる働きを担います。

ポリヴェーガル理論では、副交感神経を2種類に分けて考えます。ひとつは背側迷走神経で、これは動物の不動化の役割を担うものです.不動化は,例えばネズミは猫に出会うと死んだフリをして、難を逃れようとします。そういった静止反応のことを不動化といいます.また、1人になって休みたいとか、じっとして休みたい時に働くのもこの背側迷走神経です。

もう一つの副交感神経は、腹側迷走神経と呼ばれるもので、ポリヴェーガル理論では最も重要な神経系になります。腹側迷走神経は哺乳類特有の神経系で、他者との交流や、安心、安全性を感じるために重要な神経系です。

腹側迷走神経は、上で紹介した交感神経や背側迷走神経よりも新しい神経系で、この二つの神経系をコントロールする役割も持っています。交感神経と背側迷走神経だけだと、極端に緊張したり、不動状態になったりして神経系が安定しません。腹側迷走神経によって交感神経と背側迷走神経が適切に調整され、無理のない生活が可能になります。

安心・安全につながる神経回路

ポリヴェーガル理論では,系統発生的にもっとも新しい迷走神経の回路は,体が「安全である」という「合図」を受け取ったときにだけ使用可能になると考えています.この回路が動き出すと内臓の状態が落ち着くだけでなく,顔も働き始め,表情が豊かになり,声も韻律豊かになります.また,私たちは他者からこのような対応を受けると体が落ち着き,声や表情も暖かい感情を表現するようになります.
系統発生的にもっとも新しい自律神経系は,有髄の迷走神経運動経路に相当します.迷走神経のこの要素は,ほ乳類特有であり,顔と頭の筋肉の制御を行うところと同じ脳幹構造から起始しています.有髄の迷走神経は私たちを落ち着かせ,心臓血管および代謝の要求を効率よく処理し,交感神経系に関連する覚醒状態を積極的に抑制する機能を持っています.
自律神経系を調整している神経回路について,第一に重要なのは,これが身体から脳へと伝えられる情報と関連しているということです.内臓から脳へと情報が伝わるうえで,自律神経系は極めて重要な役割を果たします.
大切なことは,私たちが声や表情によって伝えているのは,実は自分たちの生理学的状態であるということです.こうした「合図」を出すことで,この人に近づくことは安全かどうかを伝えているのです.

私たちの身体には,安心・安全につながる神経回路が備わっています.この回路系が自律神経系を調整しています.この回路系を活性化させるには他者との交流が欠かせません.

トラウマ反応の意味を再定義する

トラウマのような非常に深い生理学的,行動的な状態をいったん体験すると,たしかに今の社会生活に困難をきたすことがあるでしょう.それでも,あなたの反応は正しかったのです.ですからトラウマを受けた人たちは,自分たちの身体がそう反応したことをお祝いするべきなのです.なぜかというと,あなたの身体がそのように反応したからこそ,あなたは生き残ることができたのです.その反応はあなたの命を救ったのです.あるいはひどいけがを負わずに済んだのです.
不動や解離は,生き残る可能性を高める適応的なものです.問題は,こういった「不動化」反応をどう自分に説明しているのか,ということです.そして,その解釈によて,自分のことをどのような人間であると結論づけているのか,自分自身を被害者とみなしているのか,それとも自分自身を勇者だと考えているのか,ということです.
異常行動の定義を,「行動が現在の状況に適応しているか否か」という観点でとらえます.この視点を採用すれば,行動には良いも悪いもないということになります.ただ,ある行動は,特定の状況にそぐわないというだけです.道徳という名のもとに裁きを受けると,私たちは危険にさらされていると感じます.こうした「エセ道徳」から解き放ち,汚名を注ぐことはとても重要で,これは力に満ちた体験をもたらします.

例えば,幼少期に親から暴力を振るわれてきたとします.「なぜその時に抵抗しなかったのか?」「思いっきり抵抗すれば状況は変わっていたんじゃないか」と考え,「自分の判断が悪かったのだ」と自分を責めたり,今の自分が被害者だと思ったりすることがあると思います.しかし,当時の「抵抗しなかった」という不動の身体的反応は反射的であり,自分の意志でコントロールできるものではありません.「抵抗しなかった」のは,神経生物学的に最善の適応反応で,最適な方法で生き延びることができたという意味だとおうことです.

うわべだけ考えて,「抵抗すればよかった」と考えるのではなく,神経生物学的な適応反応について理解すると,トラウマ的な反応に説明がつき,自分を責めるのではなく,自分の反応はすばらしいものだったのだと見解を改めることができます.

トラウマを治療するセラピストの役割

トラウマ・セラピストは,安全な状態を作り,クライアントがトラウマ的体験と交渉し,うまく抜け出すように導いています.クライアントが安全であると感じられる状態で,自分の体験と交渉し,そこから抜け出すことができれば,その人はシャットダウンするか,可動化する防衛システムに依存する必要がなくなります.

安心・安全を感じることで,腹側迷走神経が活性化します.そうしたうえで,トラウマ的な体験に向き合い,うつ病のように動けなくなる状態から抜け出せるようになるという仕組みだそうです.自分ひとりで考えていると安全な状態を作るのは難しく,カウンセラーの力を借りる必要があることがわかります.

考えるだけだったら自分だけでもできそうなのですが,安心・安全を感じるためにカウンセラーと一緒に考えるんですね.適切な心理療法を用いた介入もあるとなお良いと思います.

生理機能の調整

ポリヴェーガル理論の視点では,あそび行動の主要な適応機能は,狩りや戦うスキルの訓練ではなく,状態調整のスキルを発達させることにあります.あそびは機能的に,神経系の三つの状態,つまり社会交流,可動化,不動化の状態を恐れを感じることなく行ったり来たりできるようにするための,ほ乳類特有の神経エクササイズであるといってよいのです.この神経エクササイズはレジリエンスを高めるとともに,親しい他者と物理的に近づいた時,恐怖のない不動状態に入ることができるよう,様々な生理学的状態をスムーズに移行できるようにしていきます.
社会交流システムを活性化する非常にシンプルですが強力な方法があります.呼吸です.呼吸法を身に着けることも大変有効です.ゆっくり深く息を吐くと,交感神経系の働きを抑制する迷走神経が刺激を受け,私たちの心を落ち着かせてくれます.ゆっくり息を吐く間に声を出すと,それは歌になります.社会的行動,音楽の演奏や音楽を聴くことによってさえも生理機能を効果的に変化させることができます.こうした行動をとると,神経回路のフィードバックを通じて心臓への迷走神経による制御に変化が起こり,社会交流システムに影響を与えます.
神経系は脳と身体の調整を行っていますが,より幅広い神経系のフィードバックループは,脳と身体の関係だけでなく,人と人との関係性も含んでいます.

遊ぶことで神経系を調整しているというのは新しい発見です.また,意識して呼吸したり,歌を歌うことでも社会交流の神経系を活性化することができるようです.神経系の調整は,自分ひとりで閉じているものではなく,人と人との関係も含めるというのはこれまで考えたこともなかったので,今後は自分だけでなく,周りとの相互作用も含めて自分の状態を調整した方がよいのだろうと感じました.

評価と安全

マインドフルネスの根底にあるのは,「安全である」ということです.マインドフルネスとは,何事も評価したり批判したりしない状態にいることが含まれています.なぜなら安全な状態にいる限り,防衛システムを賦活することは難しいのです.
何事も評価しない中立の状態は,生存のために良い評価を得なくてはいけないという防衛状態とは両立しません.評価されるというのは,実は「自分たちは危険な環境にいるので,しっかりと警戒モードに入り,戦うか逃げるかの行動に備え,社会交流行動を犠牲にする必要がある」ということなのです.

「中立的な視点に立つ」ということは,「評価しない」ということで,それは「安全な状態にいる」ということにつながります.逆に,常に評価にさらされる状態は,安全とは言えず,防衛的な態度につながってしまい,苦しくなります.だから,自分に対して常に批判している人,自分を責め続けている人は常に防衛的な状態につながってしまいます.

私は,自分のことをよく緊張しやすいなぁと思っていましたが,実は常に自分で自分の行動に「評価」を下していて,それが防衛的な態度につながり,緊張しがちな状態になるという仕組みに気づきました.

まとめ

・トラウマやうつ病から抜け出すために,「安心・安全」を感じるための神経回路を活性化させる必要があります.(一人で考えるだけでなく,心理療法を扱うカウンセリングを受ける)

・トラウマによる身体反応は,トラウマ経験を受けた当時では最善の適応反応だったことを理解します.「〇〇すればよかった」という一見正しそうな判断は無視してよいでしょう.

・遊ぶことは社会交流を司る神経系を調整します.呼吸を整えることや歌を歌うことも神経系の調整に有効です.

・マインドフルネスのように,「中立的な視点に立つ」ということは,「評価しない」ということ.それは「安全な状態にいる」ということにつながります.




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