Psy-borg4~錯乱の扉⑪

「簡単に言えばそういうことね」

 危機状況下での自己防衛機能が個体ごとにに強化されるのならば、それは戦場において部隊の損害を最小限に食い止めることができる。

そしてそれは大いにありがたいことである。

 しかしそのことと、今回の暴走とどう関係があるのか? 

「今、世界で感情学習機能を備えたアンドロイド達が、人のパートナーとして認められてきているわね。人の持つ感情の機微を学び、より繊細な心の結びつきを表現できる優れた人工知能のおかげだわ」

 たしかにそうともいえるだろう。実際、時折ルーシーがAIであることを忘れてしまうこともある。

「でももっと人と寄り添うためにはパートナーが私たちをどう思っているかを知るために、人からの意識情報の転送が必要になってくるのよ」

街に溢れるアンドロイド達は、姿こそ簡略化され機能的になってはいるが、対話自体は人とのそれと変わらない。極東の島国ではその容姿さえ人に似せ、生身の人間と見間違うほどだという。

「アンドロイドが人類と共存するためには、いまある人工知能がより人の意識に近づき、寄り添い、パートナーとして存在するために、被創造物としてそこにあるのではなく、人と同等の生命としての意識体として存在していかないといけないのよ」

クラウスは、ルーシーのその言葉の裏に強い意志を感じ、言いようのない怖気を感じた。

どんなに表現を多彩に使い、抑揚を付けたとしてもそこにはマニュアル化された会話の無数のパターンが存在する。

しかしそこには意志は存在しない。

人の意識や心理は関数から導き出したり、数値で表したり、論理的に構築することはできない。

それは過去に起きた出来事や、それが結果に至るまでの経過、その瞬間の心理的条件などが複雑に重なり合ってできあがる。

そして忘却と想起を繰り返し「想い出」という実際の出来事とことなる誇張された記憶によって人の意識を作り上げる。

そこに人は喜怒哀楽をのせ、意志を作り上げる。

そうした曖昧な記憶ではなく、時系列で起きた記録と、行動理論から作り上げられた人工知能の「感情表現」に意志など介在するわけがない。

(人と同等の生命体だと?)

彼女の人工知能の独立宣言とも取れる言葉の中に、そんな人にしか生み出せないであろう意志の力を感じたのは、彼女自身に意識があるのではなく、クラウスがそこに意識があるように「勝手に思い込んでいるだけ」に違いないのだ。

(そうか、わかったぞ)

クラウスはクスッと笑うと、今まで張りつめていて緊張感を解いて、力をゆるめた。

 

「つまりはわたし自身が被検体だった、というわけだな。わたしが無意識に行う意思決定を、彼らがどれだけ正確に受け取れるか。それをサンプリングしていたというわけだ。わたしにそのミッションを伝えれば、わたしが状況判断を逐一意識する様になり、正確なサンプルが取れなくなる…という事なんだな」

「何もあなたを騙していたわけではないの。でも、わかってくれて嬉しいわ」

「それとね、もう一つ分かったことがある」

目の前にベースキャンプが見えてきた。まだ調査隊は到着していない様だ。

「何だと思う?」

「何かしら」

今までの優しげな口調から、どこか冷たい事務的なものに変わる。

「それはね、君が純粋なAIではないってことだよ。人工知能を装っているが、実際はどこかで俺をリモート監視しているんだろう」

砂塵が舞い上がる中、ようやくキャンプに到着すると、ルーシーは何も言わずにゆっくりと動かなくなったデビットを格納庫の前で下ろした。

「何でそう思うの?」

クラウスは自分の格納庫にパワードスーツを納めると、ハッチを開き飛び降りヘルメットを脱いだ。
ルーシーは自分を納めずに、そのままクラウスに対峙した。
目の前に立っているのはただの兵器、鉄の塊であるはずなのに、そこにルーシーという意志が存在していると意識するだけで、存在が生々しく映る。クラウスは唾を飲み込み話し始めた。

「いつも何気ない会話をしていると、本当に君たちがAIなのかどうなのか分からなくなることがあるよ。無線機の向こう側に誰かいるんじゃないか?って錯覚することもあるさ」

言いようのない不安感を感じながら、ポケットからタバコを取り出し火をつける。

「だが君たちには人格はない。与えられた役割以上の主義主張を持つことはできない。君たちの伝える主義主張はマスターの持つ主義主張以上のものではありえない」

クラウスは不動のままそこにたたずんでいるはずのルーシーが、なんだか首を傾げた様に思えた。

「本国ではアンドロイドと人間の間に明確な線引きをし、倫理規定を定めている。むしろ人工知能が人と同じように個性を持つことに対して規制している。君がさっき口にした、『AIの独自人格の確立と、人とAIとの共存主義』は国策と離れている。それをプログラムに組み込むとは考えられないじゃないか?」

何も言わずにいる彼女を見上げ、言葉を続ける。

「君自身がどんな主義主張を持つかは自由だが、仮に君がAIだったとしても、少なくとも政府の命を背負っている君に、そんな意志表示する様なプログラムが組まれてるとは思えないな」

「もし…」

外部スピーカーから声が漏れる。外気を浴びたその声は、やけに無機質で乾ききっていた。

「すでに私たちが自由意識を作り上げていたとしたら?」

「なんだって?」

これまでAIのシンギュラリティに関して多方面で研究され尽くされてきた。様々な条件から検討され、軍は完全なアンダーコントロールができていると判断し、擬似人格を持ったAIを導入している。

クラウスはその言葉を聞いてつい吹き出してしまった。

「そう言っていること自体が、君がAIではない証拠だよ。まあいい。本隊が到着したら問いただしてみよう」

そう言って彼はルーシーの前を通り過ぎた。

つづく

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