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「今日のアナーキー」 第2話 世田さん

プロローグ

「…今日はかなり安定してるなあ。来週も予報では晴れが続くし、このままいくと業務稼働率72.5%か。」
夜もすっかりふけた時間、部屋の隅の蛍光灯だけが灯された薄暗いメインオフィスに世田さんは一人パソコンを睨んでいる。
今週の物流センターの稼働率結果を眺めながら、来週の天気予報を確認し、残りの備蓄電気量、物流センター全体の電気使用率などを改めて見直している。
「やっと日照時間が長くなって助かったわ。」
目頭を抑えた後、ゆっくりと伸びをする。
「んん゛~」
身体中に心地よい刺激が走る。
そのまま体を椅子の背に委ねるように後ろにそる。世田さんの目に世界が反転して映る。上下逆さになった大きな窓の外にはくっきりと満月が見える。
「お腹すいたな」
世田さんはポツリと呟く。


突然の選任

「えっ…わたしですか?」
KARAZON本社のミーティングルームで、世田さんは素っ頓狂な声を出した。
部屋にいる全員の目線が一斉に世田さんに向けられている。
「うん、ということでこれから忙しくなると思うけどよろしく頼みます。」

それはちょうど1年前の同時期、突然のミーティングから始まった。
世田さんは産後・育児休暇から復帰して1年が過ぎ、やっと少し職場にも慣れてきた頃だった。
「真里ちゃん、今からミーティング入れる?」
4つ上の上司の綾瀬さんから声をかけられる。
世田さんが信頼を寄せる上司で、綾瀬さんのフォローのおかげで育児と仕事の両立が成り立っていると言っても過言ではない。

「はい、大丈夫です。」
世田さんは作業の手を止める。突然のミーティングはよくあることで、特段不思議に思うことはなかった。
ミーティングルームに入ると、2,3人が普段は使わない大型モニターを設置している。他にも何人かが出入りしているようだ。
「? 綾瀬さん、今日何のミーティングですか?」
「新規プロジェクトの立ち上げやよ」
綾瀬さんの代わりに部門長の加藤さんが後ろから部屋に入りながら答えた。
「とりあえず、社長から説明があるから、まずは席につきましょう」
綾瀬さんが促す。世田さんは少し頭が痛んだ。今でも仕事量はパンパンだ、さらに新規プロジェクトが入る余裕などない。

モニターに人影が映し出される。誰かの書斎のような私室感があるところだ。ゆったりとした光が部屋の中に差し込まれている。そこには社長と幹部の4人が向かい合うようにソファに腰掛けている。
「おおきに。元気にしてますか?」
向こう側で社長がにかっと笑い、こちらに快活な声を届ける。
「はい、ぼちぼちやっとります。」
加藤さんが答える。

「え~早速やけど.. 今日はね、新規プロジェクトの話で集まってもらいました。実際には3年前くらいかな、立案して、どやったらできるかなて色々試行錯誤して、いよいよ実行するタイミング来たんです。」
社長は続ける。
「2つ、あります。1つは新しい物流センター。あと1ヶ月くらいでできます。廃校利用してて、建物はそのままやねんけど、あれ、太陽光パネルつけて、エネルギー変換機つけて、貯蓄できるようにしたり、そっち(の準備があと1ヶ月程度)ね。あとセンター前の道路も設備してます。核融合はね、使っておりません。
ほんでもう一つ、まあこっちがおっきい話やな。その(物流センターの)辺一体の街の不動産買い取りました。住居でしょ、施設、農地、まあいろいろ、生活の一通りやな。土地の人はそのまま働いてもろてます。」

誰も何も発しないが、先の読めない話に部屋には微妙な空気が流れる。

「WEBの検索エンジンに「KARAZON」て入れると、何て続くか知ってる? ブラック、やで。環境破壊、プラスチック、な、いろいろ。」
そう言うや否や社長の目つきが変わる。
「KARAZONは今や世界の流通に欠かせない存在になりました。一企業やない。官、民、協力して問題に取り組もうと思ってます。それでKARAZONで小さい街作ります。」

まち..?

世田さんは、これは何か新分野での新規企業立ち上げか、と思った矢先、思いもかけない2文字に一瞬フリーズした。
(え、ああ、街づくり?社会福祉ってことね、じゃあわたしも役に立つかもしれへん..)
世田さんは理系大学でIT・情報技術を学びながらも、地方創生を研究テーマにしている。

「と言うことで、世田さん、我々はあなたを最高責任者に選任しました。頑張ってくれますか?」
全員の目が一斉に自分に向けられるのを世田さんは感じた。


移住

「ふぃ~」引っ越しのダンボールを一つずつ片しながら、長い黒髪が肩につかないようお団子にし、首にかけたタオルで汗を拭う。猛暑真っ盛りだ。
キッチンのテーブルに置かれたデスクトップパソコンには常時オンラインテレビ電話が繋がっている。
「お~い、そっちはどう?」パソコンから夫、悟(サトル)の声がする。
「ああサトちゃん。ちょうど一息つこかなて思ってるとこ。」
「そうかそうか。こっちはヒナ連れて公園行ってくるわ。」
「あ、ほんま?ありがとう。水筒と帽子持ってってな。」
「OKOK」
手をあげながら画面から遠ざかっていく夫の映像をしばらく眺めた後、世田さんも靴を履き、外に出る。


中央商店街を歩くと、たちまち人が賑わう。惣菜屋、お餅屋、焼き鳥屋、豆腐屋、花屋、床屋。どれも古くから続いているような店構えだ。その間にドラッグストア、本屋、パチンコ屋、ドーナツ屋など、まだ看板が新しい店が入り混じる。飲食店や喫茶店もチラホラとある。
いいところやなあと世田さんは思った。
目についたお店で少しずつ買い物をしながら品物と価格を控え、写真を撮っていいですか?と聞いて撮影記録を残す。途中でスーパーに入る。
スーパーは生活の要だ。品物の他にも広さや従業員数などに目を配る。
(いくつかスーパーをあたって、KARAZONのシステムに協力してもらわんと。)
他にも不動産屋とのやり取りや、市役所、病院、銀行などとも話し合わなければならない。
(幹部側の人手足りてへんな~。もう少し本部から回してもらえるか聞いてみよ。)

一体何から始めれば良いのか..やるべきことが山ほどありすぎた。全てが白紙の状態だった。
スーパーをぶらぶらと歩き回りながら、世田さんは主要な商品の写真を撮り続けた。


新しい職場

週明けの月曜日、新しくできた物流センターのメインオフィスに入る。下見などを除いては事実上の出社1日目だ。中はすでにKARAZONの社員が集まっている。
「おはようございます。」
挨拶を交わしながら奥にある自分の席に着くと、一人の若い女性が近づいてくる。
「世田さん、はじめまして。阿部 泰子(あべ やすこ)と申します。副責任者 権 秘書を担当します。どうぞよろしくお願いします。」
「阿部さん はじめまして。本社では顔合わせたことなかったですね、これからよろしくお願いします。」
世田さんはすでに資料で一通りの社員の名前や前部署、専門分野などを確認している。
「もう一人、刈谷さんという方がわたしと同じ副責任者なんですけど、前の部署の引き継ぎが伸びて早くても2,3日遅れると連絡が入っています。」
「そうですか。」
世田さんは初日から遅れることや自分に連絡が入っていないことが気にかかったが、直接話してみないことには分からないなと気を取り直す。
「では、挨拶と今後のスケジュールについてミーティングを始めます。5分後に中央のテーブル集まってもらえますか。」
「承知しました、みなさんに伝えます。」
阿部さんはくるりと向きを変え、ツカツカとヒールを鳴らすと、
「みんな~、5分後にミーティングや、よろしく!」
とよく通る声で叫ぶ。
「あいよ!」「はい~」とそれぞれが返事する。
おお、意外と体育会系..?すでに仲良いの? 世田さんはこっそり奥で目を見開く。


一通り挨拶がすむと、世田さんはホワイトボードにグラフがかれた紙を磁石で止める。
「今後のスケジュールです。このあとみなさんにBoobleで共有します。全員で把握したいので、進捗は必ず毎日書いてください。」
現在KARAZON社員は世田さんも含め全員で7人だ。
最高責任者の世田さん、副責任者の阿部さんと刈谷さん、物流センター班(ブツ班)と生活班(カツ班)2班のマネージャーが2人ずつだ。
平均年齢30代の若いチームで、各人自由な服装を身にまとい個性的である。あとのメンバーは地元の人を雇用する。
「午後に中途採用の最終面接があります。採用枠はブツ班とカツ班のチーフマネージャー、経理、広報です。阿部さん同席お願いできますか?マネージャーも各班の面接には同席してください。
ブツ班はカードシステム構築の方優先してください。協力店と登録者に説明する資料の起案もお願いします。その後で実際にセンターを稼働した場合のエネルギー変換率と貯蓄率のシミュレーションもお願いします。
カツ班はこれから市役所と不動産会社の挨拶まわりお願いします。午後には一度戻ってきて、資料まとめお願いします。」
「了解です」


灯った炎

「世田さん、こっちからは人回されへんよ。『KARAZONで街作り』やからね、外も中も街にしてもらわんと。」
先週末の夜、本部の人員追加要望のメールを送ったところ、すぐに電話がかかってきた。社長だ。
「もしもし。」
突然の電話に動揺する。
「世田さんの地域創生の論文、読んだんよ。面白かったよ~。特に“対話と共話”のとこ。期待してるで。」

電話を切った後、世田さんはベランダに出る。
「読んでくれてたんや。社長 なぞや。」
彼女が大学院で卒業論文を書いたのは24歳。すでにひとまわりの年月が経ち、家庭を持ち、以前の熱意は少しずつ削ぎ落とされていった。
しかし確実に彼女の中の小さな炎が灯し出したことを、彼女は感じていた。
夜の闇の中、しばらくにんまりと笑んでいた。

第3話:

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