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トラウマケアの基礎理論⑦ ポリヴェーガル理論 概論(前編)


はじめに

ポリヴェーガル理論について概観します。

この仮説についてはインスタでは何度か投稿しているのですが、(自分の中で)決定版を一本書きたいと思い、ついに踏ん切りをつけました。

なぜ「踏ん切り」、なのかというと、毎回口頭でふわっとした説明をすることはできても、元々のポリヴェーガル理論は生理学的な知識を前提とした意外とソリッドな仮説であり、きちんと研究知見に基づいて書き上げるには私の知識量が追いつかなかったからです。

この理論は私たちの心の「安心の基盤」について、基本的な見通しを持たせてくれる点で大切です。

また、身体 ー 心理(愛着)ー 社会、の3つのつながりについて、今までありそうでなかった地図を提供してくれます。なので、ふわっとでなくしっかり理解したい。

参考文献と引用は、主にこちらに拠ります。

神経系の視点から見た、愛着と発達性トラウマについて非常によくまとまった名著だと思います。

本書の中ではポリヴェーガル理論について1章を割いて説明されている箇所があり、これが非常にコンパクトで、かつシュアな記述にまとまっているので、こちらを要約していきます。

なるべく知らない知識なりに、正確さを期すため、引用多めで書きます。

そのため、割とガチンコな記述が多めになるかもしれず、読むのに骨が折れるかもしれませんが、皆さんがお時間あるときに読んでください。

私としては、まるで写経をしているかのような心境で今回の文章を書きました。
一字一句ずつ吟味しながら文章を打っていると、書いてる方はとても勉強になるというアレです。

さて、本題。

ポリヴェーガル理論とは

ポリヴェーガル理論は、ステファン・ポージェス博士によって提唱されました。
自律神経系についてすでに知られている知見の上に、各迷走神経枝の役割をさらに細かく分け、明確にしたという意味で画期的な理論です。

ステファン・ポージェス博士 

画像引用:https://ameblo.jp/trauma-therapy/entry-12649817313.html


ポージェス博士自身は当初、心理学的(あるいはトラウマケア)な意図でこの理論を作っておらず、純粋に実験科学的な研究意図で作ったそうです。

それが、のちに虐待やトラウマサバイバーの支援を行っている臨床家たちに重宝され、別な方面から光が当たる形になったことは、ご本人も意外に思っていたようです。

著書がいくつか出ています。

この本がまた、ちゃんと読もうとするといかんせん難しいこと、、
「レジリエンスを育む」が現状、私の知る限り詳細であり、かつ一番シンプルにまとまっている気がしました。

ポリヴェーガル理論によって示された自律神経系の機能は以下のように分かれています。

だいたいこんなイメージ

これらを説明していきます。

1、ポージェス以前:自律神経系の2種類=交感神経系と副交感神経系

自律神経系は、肺、心臓、消化器官のような臓器の機能を調整するとともに、血圧や性的覚醒の調整など、生きていくのに欠かせない様々なプロセスを調整している。(中略)ポージェスの「ポリヴェーガル理論」以前は、自律神経系は身体を調整するために、互いに拮抗する働きを持つ2つの神経枝に分かれるとされていた。(中略)

交感神経系は、運動や活動的な遊び、戦ったり逃げたりといった生き残るための動きも含む脅威への反応を起こすことができるように、生理学的状態を準備する役割を持つ。交感神経系は、自律神経系のうち、活動をオンにする神経枝とされる。

一方、副交感神経系は、自律神経系のうち、「スローダウン」あるいは
「休止」を引き起こす神経枝
である。

伝統的な自律神経系の理解では、交感神経と副交感神経系は拮抗する働きを持ち、活動とリラックスの最適なバランスを提供し、行動できるようようにすると考えられていた。戦ったり逃げたりする時は交感神経系がより活性化し、休んだり社交的に活動する時は、副交感神経系が交感神経系の活性化を抑えるというわけである。ポージェスは、この副交感神経系の中に、実は2つの別々の神経枝があると提唱した。

「レジリエンスを育む」p.102~103

ここまではすでに知られている知見ですね。
自律神経は、交感神経と副交感神経の2つに分かれ、活動とリラックスのリズムを、それぞれ交互につくっている。

自律神経系は、生理学的状態を調整しながら活動と休息をバランスよく提供する。したがって、自律神経系は協働調整と自己調整にとって、重要な役割を果たしている。これらの神経生理学的な活動を支えるものを、ポージェスは「神経基盤」と名付けた。神経基盤は様々な種類の活動の基礎となっている。ポージェスの理論の中でも重要な点は、「健全な愛着と、それによって醸成される安全の感覚が、自律神経系の機能を健全に発達させる基礎となる」ということである。

「レジリエンスを育む」p.104

自律神経系はあくまで生理学的な次元の話ですが、愛着は心理学的・社会学的な基礎であり、この2つの概念の橋渡しをしたことに、大事なポイントがあります。

さらに引用を続けましょう。

2、ポージェス以降:副交感神経系(リラックス)はさらに2つに分かれる

自律神経系の中の、副交感神経系を構成している主要な神経は、脳神経第Ⅹ版の迷走神経系である。ポージェスによると、この迷走神経系は「腹側迷走神経系」と「背側迷走神経系」という二つの神経枝に分かれる。

ポージェスの「ポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)」名称だが、「Poly」は「複数の」、という意味で「vagal」は「迷走神経系」を意味する。背側腹側迷走神経は脳幹の前方(腹側)に起始し、背側迷走神経系は脳幹の後方(背側)に起始している。

副交感神経系には、生理学的作用をスローダウンさせるための2つの異なる経路がある。これらの経路は互いに関係し合っており、交感神経系に対しては、それぞれ異なる方法でブレーキとして作用する。

「レジリエンスを育む」p.104

「ポリヴェーガル理論」によると、神経系は脊椎動物の系統発生(進化の歴史)の順番に沿って発達する、と述べています。

それと同時に、人間は脅威にさらされた時に、最も新しい神経系を使って、対処しようとするようです。

したがって、まず私たちは危険を目の前にすると、系統発生学的に最も新しく複雑な迷走神経=「社会的に相手と関わること」を最初に採択します。

そしてそれがうまくいかないと、順次、系統発生学的に古いシステムに移行します。

腹側迷走神経系(つながりモード)→交感神経系(闘争/逃走モード)→背側迷走神経系(凍りつきモード)

こんな感じです。

ここまでを簡潔にまとめますと、

(1)腹側迷走神経系(つながりモード)の対処

社会交流システムを用いること
・友好的にふるまう
・相手の機嫌を取ったり、相手に従ったり、交渉したりして、危険を和解を試みる

(2)交感神経系の対処(闘争/逃走モード)

上記がうまくいかなかったり、シンプルに危機に瀕していて、社会交流システムが使えない時は、
・蹴ったり、叫んだり、走ったり
・活動を主体とした闘争/逃走反応を示す

(3)背側迷走神経系の対処(凍りつきモード)

それが意味をなさない場合、次に生理的な「凍りつき」に入る。
・苦痛に対して自身を麻痺させる
・身体に不動化を起こす

※背側〜のプロセスは「解離」と同じように聞こえるのですが、厳密には、「凍りつき反応」は生理学的状態のことであり、「解離」は心理的なものである、としてポージェスは区別している

3、腹側迷走神経系について 〜社会的つながり〜

腹側迷走神経系は、脳幹の疑核に起始する。この神経枝は有鞘である。つまり、この神経は電気的絶縁体として働く、脂肪組織に覆われている。有鞘化は、神経を正確にかつ素早く機能させるために必須である。
(中略)腹側迷走神経系は、哺乳類にしか見られず、社会交流システムに関わる活動を支えている。ここから、ポリヴェーガル理論は「社会交流システムの理論」とも言われている。

腹側迷走神経系は、食道や肺の気管支、発生構造である喉頭と咽頭といった、横隔膜より上の構造と器官に伸びている。また、顔の筋肉につながる神経とも関係している。これは、韻律に富んだ声を出したり、状況や相手によって声の調子やリズムを変えることを可能にしている。

※有鞘化:ニューロンの軸索の周りに、リン脂質の層が形成されること。これにより神経パルスの伝導が高速化される。

「レジリエンスを育む」p.107

腹側迷走神経は、「社会的な交流にまつわる器官」つまり、顔の表情筋や、のど=食べることや話すこと、に強く関連している、という点がポイントです。
人間が社会的な動物たるゆえんがここに見られます。

(1)「ヴェーガルブレーキ」

さらに腹側迷走神経は心臓にも影響している。交感神経系に対するブレーキとして働き、心拍と血圧を下降させる。この神経枝は有鞘であるため、正確かつ精妙に機能することができる。ポージェスはこれを、「ヴェーガルブレーキ」と呼んでいる。

「レジリエンスを育む」p.108

ヴェーガルブレーキ」は、非常に正確かつ精妙に働く。これは心臓の「ペースメーカー」と言える部位に接続しており、「ヴェーガルブレーキ」を使えば、ストレス物質を分泌して神経化学的な方法で心拍を上げる必要がない。このプロセスは、社会交流システムを提供するために重要な働きをする。(中略)つまりヴェーガルブレーキは、ストレス物質が分泌されて全身に混乱を及ぼすことを避けつつ、その場において必要なだけ心拍数を上昇させることができるのだ。(中略)
ヴェーガルブレーキと心臓は、精妙なダンスを踊りながら、見事に同調し、社会交流を行うための生理学的状態を提供する。(Porges, 2009)

この生理学的基盤を活用できると、我々は生産的で社会的行動をとることができる。つまり関係性とつながりを維持しながら他の人たちと関わる能力を発揮することができる。(中略)ヴェーガルブレーキをうまく活用することができると、活性化のプロセスで消費されてしまう身体的資源を温存することができる。

「レジリエンスを育む」p.108

具体的には、
・会話を楽しむこと、
・相手と笑ったり、気持ちよく交流するためのジェスチャーをするのに必要な心拍数を、瞬時に調達することができること
など。

もし私たちが適度に健全な環境で育つことができれば、これらを発揮して、社会的グループのメンバーに対して苦労することなくスムーズに絆を結び、安全と満足を得ることができる、という。

(2)「ヴェーガルブレーキ」が破綻したとき

ヴェーガルブレーキが破綻すると、腹側迷走神経の制御から離れて、実際に神経化学物質を分泌しながら闘争/逃走の交感神経へ、それもダメなら凍りつきの背側迷走神経へ…、と古いシステムへ戻っていくことになります。
これらは原始的でより身体に制限と負荷をかけるシステムであるといえます。

発達性トラウマと腹側迷走神経との関係を考えるとき、忘れてはならないことがある。それは、有鞘化は、受胎後7ヶ月目ごろから始まり、思春期まで続く。有鞘化が最も著しく進行するのは、生後の6ヶ月間である。(Porges, 2001)
このことを考えると、養育者は子供の複雑な腹側迷走神経系の発達において、非常に大きな役割を果たしていることが理解できる。

赤ちゃんをあやすことも親子の自然な交流ではあるが、ここでも腹側迷走神経系の働きを利用している。たとえば哺乳と咀嚼に使われる筋肉は、迷走神経系によって支配されており、こうした筋肉を使うと自然に心拍数が下がるようになっている。これは子供が何かに吸い付くことを好み、肌と肌の接触を求める理由の一つである。(Porges,2011)

「レジリエンスを育む」p.110

こうした社会交流を基盤とした関わりを、養育者と何度も反復して、経験できることで人は神経基盤が整っていく。オキシトシンによる愛着システムは、これらを下支えし補う概念となる。
これがレジリエンス(=持ち堪える力)の基礎であり、健全な調整ができるようになっていくための下地であると考えられる。

———————-(つづく)

次回のポリヴェーガル理論 概論(後編)では、凍りつきを担当する「背側迷走神経」の説明から入ります。

すでに大体出来上がっているので、次回までどうぞお楽しみに。
最後までお読みいただきありがとうございました。

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