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【逃げる男】禁欲的な様式美から漏れ出る男の色気、すき……

最低のスタートでごめんなさい。

B面の名曲ってあるじゃないですか、あんな感じ。

たとえとして古すぎて出すのもツライのですが、
DREAMS COME TRUEなら「ドラゴンフライ」
奥田民生なら「ワインのばか」
みたいな、ベスト盤では収録されない名曲。本作『逃げる男』は、そんな感じです。

じゃあ本作の「前」に収録されていそうなメイン楽曲はっていうと、眼鏡老紳士の大洪水・カレセン☆パラダイスこと『リストランテ・パラディーゾ』です。

オノナツメさんの描く「男の色気(動&静)」です。ぜひ続けて読んでください。

今ってA面とかB面とか言わないんでしょうか、そもそも配信だから「面」っていう概念じたいが無いんでしょうかね…名脇役的なB面ソングって大好きなんだけど…

そぎ落とされた色気

本作の魅力は、「引き算の美しさ」にあります。
台詞が少なく、描き込みも少ない。登場人物には名前すらありません。
キャラクターの掘り下げがものすごく局所的で、純文学的な静謐ささえ漂っています。

派手な展開はなく、物語の情報量も多くありません。しかし、それ以上に絵の量が少ないのです。だから、相対的に絵柄単位の情報量が多くなり、じっくり、ゆっくり味わって読むことになります。
物語はずうっと静かなのに、読み手の心は絶えずザワザワとかき乱される感じ。息を詰めて、絵柄の細かな相違に神経をそばだて、時間や心の変化を読み取って、逃げている「男」の内面を探るような読書です。
徹底的にそぎ落とされた表現から漂うミニマルな色気は、どこか「能」を想起させます。

禁欲的な様式美から漏れ出る男の色気~~~~!!!!たまんねえ!!!!

逃げた男を追うものは

逃げる男の背を追いながら、なにかで見た野村萬斎と葉加瀬太郎の会話を思い出していました。(萬斎さん大好きなんです…)

神様から才能を授かった人は、その才能で社会に貢献しなければならない。そのためには、いわゆる「普通の生活」を諦める必要がある。でも、その才能を使わなければ不幸になるんだよね。やらなきゃいけないんだよね。

また、息子さんに後を継がせるための稽古をつける際、息子に「なんで狂言なんかやらなきゃならないんだよ」と訊かれたときに、

俺にもわからん

と答えたのだそうです。
神様から授けられた才能と立場は、ある種の呪いなのでしょう。
人間は簡単に「逃げてもいいよ」と言います。私も人間だから、「逃げてもいいよ、逃げてよ」と言っています。でも、ときどき

神様は、この人のことは逃がさないだろうなあ

とも思うのです。たぶん世界って、そういうふうにできているんです。

逃げるか、逃げないか。

私には幸か不幸か才能らしいものはありません。凡百の人間として生活に忙殺されることを「こういうのもいいよね」と受け入れる普通の主婦です。逃げても誰も追いかけてこないのが分かっているから逃げることが怖くないし、だからこそ逃げずにいられます。
だから、「この人はきっと神から愛されたのだろうな」と感じるような才能を与えられた人と出会うと、その光と業を苦しく思うことがあります。

自らその光を封じる苦しみ。
光と引き替えに業を受け入れる苦しみ。

どちらも、凡人には想像できない孤独です。
作中、男は逃げました。逃げた先、受け入れてくれる場所がありました。
しかし、世界の理は彼を逃がしません。

光を封じ続けるのか。
業を受け入れるのか。

選択の瞬間は痛々しく、気高く、美しく見えます。
静謐な色気あふれる、晩秋にぴったりの本です。


投稿日 2018.09.27
ブックレビューサイトシミルボン(2023年10月に閉鎖)に投稿したレビューの転載です

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