①GX推進法は何故出来たの?




GX推進法を簡単に言うと

 2023年5月、脱炭素社会に向けた取り組みの方法や考え方を示した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案(GX推進法)」が成立しました。

 この法律は、温室効果ガス削減の取り組みを加速化させ、2050年脱炭素・カーボンニュートラル・実質ゼロ等の目標に向かって、化石燃料から自然エネルギーへの転換を図りつつ、産業競争力強化・経済成長を同時に実現していくという政策です。
 
 そこで経産省の天下り先として2024年GX推進機構を設立し、GX経済移行債の発行で政府は10年間で20兆円を調達し、産業競争力強化し10年間で150兆円超の官民投資を行います。2050年までにその2028年度から使用者にはGX賦課金や2033年から発電事業者へのエネルギーに対する負担金を課します。

 
 菅内閣総理大臣は2020年10月26日の所信表明演説において、日本が2050年までにカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。また、2021年4月の地球温暖化対策推進本部及び米国主催の気候サミットにおいて、「2050年目標と整合的で、野心的な目標として、2030年度に、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す。さらに、50%の高みに向けて、挑戦を続けていく」ことを表明しました。
 日本の脱炭素に向けた本格的な取り組みは先進国では遅い方ではありますが、欧米が主導する自由主義国陣営の中の日本が「京都議定書」そして「パリ協定」によって脱炭素の道筋はある程度は決められていた様にも感じます。そのエネルギー関係の流れを確認してみます。

 下の図は大国のGX取り組みです。

2022年7月20日MRI
カーボンニュートラルと国際的な政策の動向及び企業への影響



2023年GX推進法に至るまでの経緯


1953年LPガス家庭に普及
国内油田で採掘精製されたプロパンガスが自動車燃料用として利用されている程度でした。家庭の炊事は、かまどに薪をくべて火をおこすのでススや煙が発生し、主婦にとって大変重労働な家事でした。家庭にプロパンガスが普及すれば、主婦をかまどのススから解放できると考えた岩谷直治は、1953年に日本で初めて家庭用プロパンガスの全国規模での販売を開始しました。
1962年5月原油の輸入が自由化
1950年代に中東やアフリカで大油田が発見され、エネルギーの主役が石炭から石油へと移行したことを背景にしたものでした。
日本経済は低廉な石油エネルギーを土台として、世界一の高度成長を遂げ、その結果、日本は、自由貿易を基調とする国際経済社会の要請に応えて、貿易の自由化と為替管理の廃止を迫られることとなった。そのため、急速に貿易の自由化が進められ、1962年10月には自由化率は90%にまで高められた。これに伴い、同月から原油輸入の自由化が行われ、続いてLPガス、ガソリン、灯油などの軽質石油製品も自由化された。これをもって、軽油と重油を除くすべての石油製品の輸入が自由化されることとなった。

1955年米国石油産出量45%で輸入国になる。

1964年東京オリンピック

1966年7月東海発電所(GCR)営業運転開始
英国から導入した日本で初の商業原子力発電。

1969年アポロ月面着陸

1973年第1次石油危機
1973年10月6日、イスラエル軍とエジプト、シリア軍がスエズ運河東岸とゴラン高原で武力衝突し、これにより第四次中東戦争が勃発した。この戦争が開始されるや、中東地域の産油国は原油価格の引き上げや供給削減など、石油戦略を開始した。石油が「一般市況製品」としてではなく、いわゆる「政治的戦略商品」として扱われた典型的な例となった。
1974年には原油価格が4倍に上昇しました。これは石油危機(オイルショック)。第一次石油危機の発生は、米国に石油供給の危機を十分に認識させることとなり、カーター政権(1977~1981年)時代の1977年に、米国に連邦エネルギー省(DOE)が創設されることとなった。

1974年11月原子力発電所 関西電力・高浜原発1号機

1978年チェルノブイリ事故

1979年第二次石油危機1980年9月にイラン・イラク戦争
1979年6月、第二次石油危機のさなかに開催された東京サ ミットにおいては、石油消費の抑制、石油輸入目標量の設定、他のエネルギーの開発促進などが決議された。
 一方、石油会社によるOPEC離れも手伝って1970年代中ごろから、OECD諸国や非OPEC発展途上国の石油開発が進み、非OPEC産油国の原油生産量が着実に増加していった。

1981年1月レーガン大統領のエネルギー政策の規制撤廃。

1990年8月2日イラク軍クウェート侵攻
瞬く間にクウェート全土を占領した。1991年1月17日、多国籍軍イラクへの爆撃を開始した(「砂漠の嵐」作戦)。

1990年イラク・クエートからの石油輸入禁止

1992年に採択された国連気候変動枠組条約(UNFCCC)
大気中の温室効果ガス濃度を安定化させることを目的とした条約

1993年8月9日~1994年4月28日細川内閣
1994年4月28日~1994年6月30日羽田内閣

1995年より毎年、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催

1997年12月京都議定書
京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)で採択された国際約束。
地球温暖化に対する目標設定を先進国へのみ義務。京都議定書では「目標の達成」が義務とされていたのに対し、パリ協定では「温室効果ガス削減・抑制目標の策定・提出」が求められており、目標達成が義務とされていない。
京都議定書は効力期間2020年まで。
パリ協定の対象は2020年から。

 
1998年長野オリンピック

1998年8月7日、日本原子力研究所重水素プラズマ試験

2006年7月レバロン侵攻

レバノンのシーア派武装組織ヒズボラがイスラエルに攻撃と侵入を行いました。

2006年米国シェール革命

シェールガスの生産量は2006年から増加を始め、2011年には1973年を上回り過去最大となりました。2013年の生産量は24.3兆立方フィートに達し、米国は今や世界最大の天然ガス生産国となっています。

2007 年5 月24 日、安倍晋三元首相
は、第13 回国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)の晩餐会で、地球温暖化問題に係る戦略として「美しい星へのいざない 〜3 つの提案、3 つの原則〜」と題した演説の中で「2050 年に世界のCO2 排出量を現在の半分に」。

ガザ紛争2008年~2009年
イスラエルとハマスの紛争

2009年9月16日~2010年6月8日鳩山政権

2009年11月再エネ特措法
自家用太陽光発電の余剰電力買取制度が開始され、これを再生可能エネルギー全体に適用するために策定されました

2010年6月8日~2011年9月2日菅直人政権

2011年3月11日東日本大震災
です。震源は三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東130km付近、深さ約24kmで、マグニチュード9.0の巨大地震の国内観測史上最大の地震。東京電力福島第一原子力発電所の事故発生。

2011年8月FIT法
電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(再生エネ法)
FIT(Feed-in Tariff)法とは固定価格買取制度で、再生可能エネルギーの普及を目的とした制度。

2011年9月2日~2012年12月26日野田政権

2014年4月エネルギー基本計画閣議決定安倍政権
「原子力発電への依存度を可能な限り低減すること」

2015年パリ協定。
国連気候変動枠組み条約締約会議(COP21)で採択。

先進国と途上国を合わせた190か国以上の国々が参加。
2020年以降の温室効果ガス削減に関する世界的な取り決めが示され、世界共通の「2度目標(努力目標1.5度以内)」が掲げられています。
日本の提唱で採用されたボトムアップのアプローチとは、各国がそれぞれの実情に応じた削減目標を定め、国際的に誓うことです。その目標の妥当性や達成度合いを他国(国連)が評価・検証することなどが盛り込まれています。

2016年・平成28年12月8日パリ協定概要

2016年5月13日閣議決定
地球温暖化対策計画」において「パリ協定を踏まえ、全ての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際的枠組みの下、主要排出国がその能力に応じた排出削減に取り組むよう国際社会を主導し、地球温暖化対策と経済成長を両立させながら、長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減を目指す」としている。


2016年11月8日「パリ協定」の受諾に関する内閣総理大臣の談話(
国連気候変動枠組条約の締約国である197か国が全て参加)

2017年日本は世界に先駆けて水素の国家戦略を打ち出しました。水素の供給コストは、2030年に30円/N㎥(CIF価格)、2050年には20円/N㎥(CIF価格)以下に低減し、長期的には化石燃料と同等程度の水準までコストを低減することを目指しています。

2019年06月11日「今世紀後半に脱炭素社会を」温暖化対策の長期戦略 閣議決定
地球温暖化対策を進めるための政府の「長期戦略」が11日、閣議決定されました。燃料電池車に使われる水素エネルギーの普及や新たな技術の開発などを進め、今世紀後半のできるだけ早い時期に「脱炭素社会」を実現することを目指すとしています。

2019年3月森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律
安倍政権
森林環境譲与税の根拠法。この法律は、パリ協定の枠組みの下における温室効果ガス排出削減目標の達成や災害防止を図るため、森林整備等に必要な地方財源を安定的に確保する観点から創設されました

2020年10月26日 臨時国会の所信表明演説 菅総理
国内の温暖化ガスの排出を2050年までに「実質ゼロ」とする方針を表明
2050年カーボンニュートラルはCO2やメタンなどの温暖化ガス排出量を、森林吸収や排出量取引などで吸収される量を差し引いて全体としてゼロにすることだ。
安倍政権時代の2019年秋以降、経産省は2050年を見据えたエネルギー政策の青写真を描き始めていた。実際、ここ数カ月の間に非効率石炭火力のフェードアウト、再生可能エネルギー優先の系統接続、2030年の電源構成の見直し、次期エネルギー基本計画の議論など、矢継ぎ早に「脱炭素」戦略を発表している。
安倍政権末期には未来投資会議(現在は解消され成長戦略会議)で、「2050年カーボンニュートラル」「2030年エネルギーミックス(電源構成)見直し」と2つの大きな政策が議論の俎上(そじょう)に挙がっていたほどだ。

2021年5月26日改正地球温暖化対策推進法 菅政権
温室効果ガスの排出量を2050年までに80%削減し、今世紀後半の早い時期に排出実質ゼロの「脱炭素」を目指すという目標を明記

2022年2月24日~ ロシア・ウクライナ戦争
自前資源の無い日本は海外へのエネルギー依存度が9割ほどのため、ロシアからのエネルギー供給が途絶える影響は少なくなく、電気やガスなどの料金の値上がりは国民の生活を直撃します。

2022年 パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略(令和3年10月22日閣議決定)


脱炭素社会は全世界共通の達成すべき目標
温室効果ガスを減らし、地球温暖化を解決することは、世界中の国と地域が共通で取り組むべき課題です。そのため、脱炭素社会は全世界共通の目標といえます。
地球温暖化に対する目標設定として、1997年の京都議定書が有名です。しかし、京都議定書では二酸化炭素排出量の削減が先進国のみの義務とされ、効果が限定的でした。その後、2015年に採択されたパリ協定では、先進国と途上国を合わせた190か国以上の国々が参加し、脱炭素社会の国際的な実現が目指されています。
パリ協定は、2020年以降の気候変動問題に関する国際的な枠組みです。温室効果ガス排出量が世界第1位の中国、第2位のアメリカ、第3位のインドは、パリ協定の合意づくりに積極的に動きました。

アメリカは2020年11月にパリ協定から離脱しましたが、2021年にバイデン大統領のもとで復帰しました

2023年3月20日小規模事業用電気工作物に関する届出制度が変更
出力10kW以上50kW未満の太陽光発電と出力20kW未満の風力発電は、これまで一般用電気工作物に区分されていましたが、法改正後は小規模事業用電気工作物という名称に変わりました。新たに課される義務は、技術基準適合義務と設置情報の届出、使用前自己確認の3種類です

2023年5月GX推進法成立(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)
GX推進法は、カーボンプライシングや脱炭素社会に必要な技術開発のための投資支援などを定めています。

2023年6月1日GX脱炭素電源法(脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律
脱炭素電源の利用促進と電力の安定供給の確保を図るための制度整備を目的とした法案です。
ロシアのウクライナ侵略に起因する国際エネルギー市場の混乱や国内における電力需給ひっ迫等への対応に加え、 グリーン・トランスフォーメーション(GX)が求められる中、脱炭素電源の利用促進を図りつつ、電気の安定供給を確保するための制度整備が必要です。
「GX実現に向けた基本方針」に基づき、(1)地域と共生した再エネの最大限の導入促進、(2)安全確保を大前提とした原子力の活用に向けて、関連する法律の改正。

2023年6月6日に改定された水素基本戦略
改定された水素基本戦略では、2040年までに年間で1200万トンの水素を導入するという目標が掲げられました。また、水素から生成されるメタンやアンモニアなどの合成燃料も脱炭素に必要なエネルギーであるとして、水素と並行して研究を進められることになりました。

2023年7月28日「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」が閣議決定
昨年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、エネルギー安定供給の確保が世界的に大きな課題となる中、GX(グリーントランスフォーメーション)を通じて脱炭素、エネルギー安定供給、経済成長の3つを同時に実現するべく、GX実行会議や各省における審議会等での議論を踏まえて取りまとめた「GX実現に向けた基本方針」の閣議決定、及び「GX推進法」・「GX脱炭素電源法」の成立によって、「成長志向型カーボンプライシング構想」等の新たな政策を具体化しました。

2024年2月29日電気事業法施行規則の一部を改正する省令。
この改正は、必要な許認可手続きを経ずに不法に土地の開発を行っている事業者による当該土地での電気工作物の設置や運転を排除するため、電気事業法に基づく各手続きにおいて、以下の確認をすることを規定したものです。

2024年2月29日電気事業法一部を改正する省令
電気事業の運営の適正化・合理化、および電気工作物の工事・維持・運用に関する規制を定めた法律 です。 各種の電気事業を営む事業者は、電気事業法に基づく登録・許可を受け、または届け出をしなければなりません。 さらに、各種電気事業に対応する業務規制を遵守する必要があります。


エネルギーの大転換で思う事

 現代においては多くの人々が生きていく為には莫大なエネルギーが必要です。ましてや日本は世界の中でも先進国で経済大国で、エネルギーの確保は国防の1つでもあり最重要です。その日本のエネルギー自給率は、2018年時点で11.8%と、OECD(経済協力開発機構)加盟国35カ国中34位と極めて低い水準です。これは、国内にエネルギー資源がほとんどないのが大きな原因です。
 かつて日本は石油の確保が難しくなった事から太平洋戦争に突入してしまいました。
 戦後の日本でも中東からの石油の確保が困難になる事が幾度かありました。また原子力発電も海外輸出の引き合いもある程の確かな技術を持っていましたが、東日本大地震の原発事故後日本全国の全ての原発が一時期稼働停止しました。
 眠らない日本では昼夜を問わず安定的な電源供給が必要です。その電力供給となるベースロード電源として、これまでは原子力・火力・水力の発電がメインでした。カーボンニュートラル宣言後2030年度の目標では、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーを36~38%程度に、安定的な電力である原子力発電を20~22%程度に、二酸化炭素を排出する火力発電は41%程度に減らし、新たに水素・アンモニア発電を1%程度導入する、ことを目指すこととされています。

 パリ協定では、各国が自国の状況に合わせた柔軟な目標設定の上で温室効果ガスの削減に取り組むように、枠組みが決められています。削減目標の作成・提出には法的な拘束力があるものの、違反した場合の罰則は特に決められていません。まだまだ欧米中心の世界で、自由主義陣営の貿易国日本はこの問題を解決しリードする事で世界の中心で活躍し生きながらえることを選択しました。

 1つ興味深い事は、世界の石油供給国である中東の石油は輸出量の約70%を中東産が占めているなか、先進国はパリ協定で脱炭素し再生可能エネルギーにシフトしたと言う事実です。
 中東での採掘や販売利権を守るために欧米の軍事力は強化され支配し続けてきました。しかし一部の途上国も豊かになり中東の国々は次々と石油を国有化しました。何度もの中東紛争による石油危機があり、かつては国際石油会社が多数あった国も現在は数社に成りました。
 一方安価な労働力と資源を求めて後進国に行った大企業が現地の資源を搾取しつつも現地では技術革新が行われ、今では先進国の地位を脅かしてさえいます。そして、石油の利権のうまみも少なくなってきた状況を捉え欧米はエネルギーの転換にシフトしたのでは無いでしょうか?
 欧米は数年前から活発に次世代の技術とエネルギーの産業革命を起こし、日本は国策として脱炭素に動きました。この様な状況ではもはや個人が反対を唱えても無意味のように思えます。その中で私達がすべきことは、如何に国民の自由を護り、政府の政策が効率的効果的な政策がされているかを注意深く疑り深く見続け、そして声を上げ続ける事だとおもっています。


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