Edgar Allan Poeが "The Murders in the Rue Morgue" における殺人事件を通して描いたもの

はじめに

 エドガー・アラン・ポーの短篇「モルグ街の殺人」は、殺人事件の犯人としてオランウータンを登場させている。なぜ人間ではないのか。なぜ他の動物ではないのか。オランウータンでなくてはならない理由は何なのか。この作品が米文学であることに留意しながら、述べていきたい。

1. 19世紀前半の米国

 この作品が発表されたのは1841年である。米国(特に南部)において、奴隷制真っただ中という時期である。当時、白人は奴隷として黒人を扱っていたわけであるが、ただ単に「おい、働け、奴隷ども」と使っていたとは限らない。彼らは、黒人奴隷も人間であることは理解している。ということは、黒人にも白人と同じように意思があり、知能があることを認識しているのである。彼らはそれを「見えない」もしくは「見ない」ようにした。黒人の存在を「ない」ものにしようとしたのは少し後のことである(Toni Morrison "The Bluest Eye"に描かれているようなことを想像されたい)。それは、黒人を奴隷=無限に使える労働力と捉えていたためである。白人が「見ない」ことにした黒人が持てる自立能力、それは白人にとって恐怖の対象であった。奴隷といえども反乱を起こされる可能性がある(もっとも、奴隷解放宣言後はその可能性が高まっていくが)。また、当時のステレオタイプとして、黒人は「未開」で「野蛮」で「横暴」であるとされていた。「見ない」ことにした能力はまだ発揮されておらず、ステレオタイプと相まって得体の知れないものである。見たくないものは見ない。人間に共通するそのような思いが、白人の黒人への恐怖をさらに高めていったのである。
 一方黒人は、Mark Twain "Adventures of Huckleberry Finn"に登場するJimのように、自らを「動産として理解している」(大熊 2024)。自身が政治的・社会的に無力であり、そのような方面においては何を言っても無駄だということを悟っているのである。したがって、この身分で存在している以上は、白人に対し手も足も出せない状況なのである(奴隷解放宣言後は、奴隷という身分から解き放たれ「労働者」となったため、多少はアクションを起こしやすくなった)。

2. オランウータンが象徴するもの

 前章の歴史的背景をもとに「モルグ街の殺人」におけるオランウータンについて述べる。モルグ街で発生したレスパネー夫人・カミーユ嬢殺人事件は、警視総監や新聞(事情聴取の一部始終が記載されている)によれば謎が多いものとされた。また、奇怪で横暴、狂気的なものであることも事実である(これも、調査や聴取による)。これらの情報は、新聞を手に入れた人間を恐怖に陥れたと考えられる。狂っている、得体の知れない犯人への恐怖。これは前章述べた黒人に対する恐怖と同じものである。そして、狂気的で得体の知れない犯人がオランウータンであると判明したとき、オランウータンが「黒人」を象徴していると考えることが可能になるのである。念のため記しておくが、「黒人」とは、すでに挙げたような当時のイメージを含んだ、恐怖に包まれた黒人の存在自体のことを指している。
 Poeは、この作品の殺人事件を通して、白人の黒人に対する恐怖、つまり「黒人」の奇怪さを描いているのである。


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