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半世紀の人生で自分のキャパを知った3つの出来事

みなさんお疲れさまです。
永遠の大学生、小松です。

社会派ブロガーちきりんさんのVoicyで「自分のキャパ」の話しを聴いて、昔を思い出したのでツラツラと書いていきます。

1.野球部と駅伝部とお勉強

中学生だった頃の私。
小学生から部活は野球部。足が速くてポジションはセンター、打順は一番。
ファミスタでいうピノみたいなキャラ(団塊Jr.世代なら分かる?!)

地獄のように暑い夏、当時は夏休みでウキウキしたと思うが毎日のように野球部の練習。
加えて夕方には駅伝部の練習。
足が速くて持久走が得意な生徒は、学校代表として競う駅伝大会のメンバーに選ばれていた。

野球部の練習と持久走の練習漬けの中学一年の夏休み。ちなみに謎の根性論を振りかざして練習中に学校の水道の水も飲めない時代でした。今ならアウトなやつですね。

秋の駅伝大会が終われば持久走の練習はなくなるのですが、どこの野球部も練習時間の長さは有名ですよね。
野球部の1年生は、よっぽど実力がない限り、来る日も来る日も、腕立て伏せや腹筋などの基礎練習ばかり。ボールを触れるのはキャッチボールと球拾いぐらい。

こんな面白くもない野球の練習に辟易としていた私は、勉強もおろそかにできないと思って中学二年生で野球部を辞める決断をした。

辞めてからの野球部の先輩後輩、同級生からの視線が気になってなかなか辞める決断ができなかった。
結果として野球に未練もなく勉強に集中できて早めに辞めて正解でした。


2.大学の新歓コンパ

私が大学生の頃は新歓コンパで、新入生は丼いっぱいの焼酎を飲まされていました。しかも焼酎は氷やお湯で割ることなくストレートでした。

そもそも新入生の大学生は浪人してない限り18歳なので、未成年でお酒が飲めないはず。今ならアルハラで完全にアウトですね。

さらに新歓コンパは上級生が見守る中、何か一発芸をする必要があった。上級生が一発芸の内容に納得しないなら焼酎を一気飲み。
芸事のセンスが絶望的にない私はたしかバク宙をやってなんとかセーフ。

丼いっぱいの焼酎を飲んでキャパオーバー。
トイレで吐いて上級生からサポートされながら帰宅した。
男しかいない土木学科の新歓コンパ。
団塊Jr.世代の私なので今から30年前の話しですけどこんなことが許されていた昔の日本。怖いですね。


3.育児と仕事

就職し社会人となり、仕事に対して何事も前向きに取り組むことが自分の信念でした。
キャリアを重ねて11年、ちょうど仕事をひととおり覚えて自信がついてきた私は新幹線整備関連の部署に異動。
二人目の子供の出産も控えてる頃でした。

新たな職場に近い方がいいだろうと考えて職場からほど近い職員住宅に引っ越すことに。
出産は計画分娩なのでいつ生まれるかが分かっていた。
今思えばなぜそういう日程なのか分からないが、引っ越しする次の日が出産の日というなかなかハードなスケジュール。


新たな職場では分からないことだらけで何か今までの仕事内容とは違う。
プライベートでも二人の子供を必死で育児する日々。
今思うと充実している人生のようだが、だんだん心身ともに疲弊していった。

まずは食欲がなくなった。
次に平常時から動悸が気になるようになり、新聞やテレビにも関心がなくなっていた。

心療内科にいって病院の先生とも相談したが特効薬はない。
徐々に朝から電気ショックのようものが身体に走り倦怠感がひどくなった。
最後には夜眠れなくなり睡眠薬や抗うつ剤を飲んだ。
半年後ついに職場に出勤できなくなっていた。キャパオーバーですね。


休職すると毎日疲れた身体を休ませるのが私のやるべきこと。
が、待っていたのは地獄の日々でした。
これから自分の人生はどうなってしまうのか?
復帰できるのか?
復帰しても再発するのでは?

何かと夫婦喧嘩も増えて離婚の危機が何度もおとずれた。
嫁さんも不安でいっぱいだったと思う。
こうした日々が4か月過ぎた頃、何とか職場復帰することができた。

職場に復帰する日は人生で一番仕事に行きたくない日でした。
迷惑をかけた周囲の反応が気になるし、仕事に復帰できるのか不安だったが、周囲の気遣いもあって4月の定期異動で別の部署に異動となった。
出世だけが人生ではなく、家族の大切さ、心身ともに健康の大切さを知り人生観が大きく変わった出来事でした。


まとめ

ちきりんさんが言うとおり自分のキャパを早めに知っておくといいが、アルコールについてはいつもキャパオーバーしてる私。
反省だけなら猿でもできるので来年こそはアルコールのキャパを意識したい。

以上、駄文失礼しました。

おわり

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