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「本と食と私」今月のテーマ:未来―未来人へお願い!

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただく企画です。今月のテーマは、「未来」です。前回の竹田さんのテキストとあわせて、お楽しみください。

未来人へお願い!


文:田中 佳祐

 小松左京は日本を代表するSF作家だ。彼の一番有名な作品に『日本沈没』(光文社カッパ・ノベルス 1973年)という小説があって、映画やドラマなどで何度もリメイクされている。
 小松左京は生涯で多くの小説や評論を書いており、現代に生きる私たちでも読みたくなるような名作がいくつもあるので複数の出版社から傑作選が出ている。
 その中で私が好きなものは、河出文庫から出ている『小松左京セレクション2:未来』(2012年)だ。編者は批評家・作家の東浩紀で、紹介されているのはSF小説だけでなくノンフィクションも含まれており、小松左京の思想の一端に触れるのにとても優れた一冊になっている。
 
 『小松左京セレクション2:未来』には「月のしのぶ」という短編小説が収録されている。物語の舞台は夏の京都、高級料亭で外国の青年たちの会話が展開されるのだが、今よりも未来の世界を描いている。
 登場人物たちは火箸風鈴の澄んだ音色が響くなか、小鮎煮をつつき、じゅん菜をすする。いかにも日本小説らしい涼やかな風景描写とともに、祇園祭に新しい伝統を加える議論や宇宙ステーション、人工気象システムの話題などが出てくる。ちなみに、高度な科学が発達した時代にも、京都の人々は人工気象装置をあまり使わずに天然の季節を好んでいるらしい。
 どんなに世界が進歩したとしても、真夏の夕方にぬるい空気の中で食べる鮎の美味しさは変わらないのではないかと思わせる。
 
 私は友達と一緒に「未来寿司」のイベントを企画したことがある。小松左京の小説とは異なり、伝統に反した料理を楽しむ会だ。
 レンタルキッチンに集まって、伝統的な寿司を握って楽しみ、次にカリフォルニアロールのような外国の料理と組み合わせた寿司を食べ、最後には未来の寿司を考えた。
 未来の寿司のパートでは昆虫食やパウダー調味料などが使われ、とにかく現場は混乱した。未来の寿司では魚介を使った人は少なかった。参加者たちが「魚を使った寿司がいつか失われてしまうのではないか」と、ちょっと暗い未来を想像した結果なのかもしれない。
 この小説で描かれる未来では、じゅん菜摘みのできる水辺や鮎が苔を食む川が(人工的な環境かもしれないが)残っているのだろう。そして、継承された伝統的な食文化を月や宇宙ステーションで働く外国人たちが味わっている。
 
 「未来寿司」のイベントの後、私は旅行をする度にその地の寿司を買って食べるようになった。アジアやヨーロッパの国で、スーパーに行って「Sushi」と書かれた食品を手に入れる。「Sushi」は寿司にそっくりだけど謎の香辛料が使われていることもあれば、寿司の見た目とはちょっと違うけれどなぜか寿司を食べている時に近い満足感が得られる場合もある。それらはまるで未来の寿司のようで楽しい。
 
 こうやって考えてみると、もしかしたら小松左京が描いた小鮎煮やじゅん菜も「CoAyuni」や「Jun-Psy」と表記した方が良いような、想像できない味わいの料理なのかもしれない。
 料理とは、名前だけが強く残り中身は急速に変化していく文化だと思う。だから未来で展開されているであろう、とんでもない料理について気になってしかたない。
 未来の寿司や鮎料理はどうなっているのだろう。あとラーメンはどれくらい美味しくなっちゃうんだろうか。
 これを読んでいる人の中に未来人がいるとしたら、コッソリ教えてほしい。悪用しないので、どうかよろしくお願いします。


著者プロフィール:
田中 佳祐(たなか・ けいすけ)

東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

竹田 信弥(たけだ・しんや)
東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
Twitter @lionbookstore
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