見出し画像

妄想日記㉗もしも私がおじさまだったら。

同期の市田誠治から電話があったのは昼過ぎだった。
俺はソファに寝転んでスマホで映画を観ていた。
「久しぶり。元気にしてたか」
やや嗄れた声が懐かしい。
「それなりにね」
「ならいい。話したいことがあって」
「何?」
「足立奈緒が辞めたよ」
思わず起き上がって座り直した。
部下で長年の恋人だった。
俺が離婚に手こずったせいで交際期間がずるずると長引いた。
離婚が成立した頃には関係は冷え切っていたので一度別れ、奈緒は大学時代の同級生と結婚したが、半年もしないうちに俺たちはよりを戻してしまった。
奈緒の夫にバレて再び別れることになったが、彼女は心を壊し、自殺未遂を起こした。
一命は取りとめたが、馬鹿な俺はそこでやっと、初めて事の重大さに気づき酒に逃げた。
見事なアル中になった俺は業務を遂行出来なくなり休職し今に至っている。
「そうか」
「連絡は取っていないのか?」
「取っていない。彼女から連絡もないし」
「旦那さんが荷物を取りに来たよ」
「何か言ってた?」
「何も。ただ、オフィス全体を見回していたからお前を探していたかも」
「そうか」
「来月から来れそうか」
市田の問いに即答出来ない。
「一週間伸ばしたい」
特に意味のない猶予期間だった。その日にち分、尻込みしているのかもしれない。
「わかった。復帰する前に一度会わないか」
「ああ」
「お前が羨ましいよ」
「え?」
「何でもない。またな」
電話が切れた。
奈緒との思い出が巡る。
笑顔、時折見せる寂しそうな眼差し。
肌触り、声。
「ごめん」
一人ぼっちの部屋で呟いた言葉は誰にも届かない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?