短編 | 後光の差す女
後光の差す女
(1) 輝く女
夏の終わりの頃から、その女を見かけるようになった。
「あの人って、なんか輝いてるよね」
「そうかぁ。俺には普通の女の人にしか見えないが。お前のタイプなのか?」
「いゃ、そういうわけじゃないんだ。容姿はごくごく普通なんだけど、なにか輝いているような」
何度も帰り道で出会うその女について同僚に話してみたが、私にしか彼女の光は感じられないらしい。気のせいなのだろうか?
とくに美人というわけでもない。とくに人目をひく容姿でもない。しかし、私には間違いなく女の発する光が見えた。
(2) 冬至の日
暖冬とはいえ、本格的な寒さを感じはじめて数日経った冬至の日に、いつもの同僚とは別々に帰宅することになったことがあった。後光の差す女と私は、いつもと同じようにすれ違った。
「あの、すみませんが」
「あら、今日はお一人なんですね」
「えっ、僕たちのことはご存知でしたか?」
「はい、私たちは毎日すれ違っていますからね」
女にも私たちのことは、視界に入っていたようだ。
「つかぬことをお伺いしますが、あなたには後光が差していらっしゃいますよね。それはなぜなのでしょう?」
「ここではなんですから、私の家でご一緒にお酒でも飲みながら、お話しませんか?」
(3) 女の家で
意外な展開になった。私は戸惑いながらも、女の家で一緒に酒を飲むことになった。
「どうぞこちらへ」
女の住まいは、何の変哲もないアパートの一室だった。化粧品以外は、とくに女性らしさを感じさせるものは何もなかった。
「本当によろしいのでしょうか?見ず知らずの男である私がご一緒しても」
「そんなことはありませんよ。私たちがいつも出会うのは、きっと何かのご縁があったからでしょう?実際に今まで何度もお会いしているわけですからね」
「それはそうですが、お互いに名前すら知らない者ですから」
「名前なんて知っても、なにが分かるというのでしょう?そんなことより、お互いに知りたいことを楽しくお話したほうが有意義じゃないかしら?」
(4) 後光をうつす鏡
「やはり気になるので、単刀直入にお伺いします。あなたには間違いなく後光が差しています。それは何故ですか?」
「それは、おそらく人を喰っているからだと思いますよ。今までに、自分でも思い出せないくらい、何人も人を喰ってきましたから」
「またまた、ご冗談でしょう?人を喰うなんて」
女は少し微笑みながら、私の目を凝視しながら語り始めた。
「そういうあなただって、たくさんの人を喰ってきたはずです。ご自身の後光はご覧になったことがないようですね」
「僕には後光なんて差していませんよ。第一、人を喰ったことなんて1度もありませんから」
それを聞くと、女はとなりの部屋へ向かい、大きな鏡を持ってきて言った。
「ご覧なさい」
私は女の鏡に自らの姿をうつしてみた。
「なにも見えませんが…」
「よ~くご覧になって」
女の言葉に従って、もう一度鏡を見ると、私の姿にもハッキリと後光が差しているのが見えた。
「お気づきになったようですね」
(5) 因縁の光
「これはいったい、どういうことなのでしょう?」
ふぅっと、ため息をついたような微笑を浮かべながら女が話し始めた。
「人間というものには誰でも、ひとりの例外もなく、後光が差しているものなのです。それは、誰でも人を喰った経験があるからです」
女は話し続けた。
「『因縁』という言葉がございますでしょう?この言葉は2つのことを1つにした言葉なんですよ。」
(6) 語り続ける女
『因縁』の「因」という字は、原因の因、つまり、直接的な物事の発生する理由のことです。
そして『因縁』の「縁」という字は、言葉では言い表すことができないような、間接的な物事の発生する理由のことです。
私たちは、直接的な原因を知ろうとするばかりで、「縁」というものの持つ意味などほとんど考えません。
いい人と出会えば、その人の考え方や行動が良いからだと考え、悪い人と出会えば、その人の考え方や行動が悪いからだと考えがちです。しかし、それは間違った考え方なのです。
人はみな「因」さえ取り除けば、悪い人とていい人になれると考えますが、それは違いますよね?
その人を作る要素は、「因」だけでなく「縁」に依る部分も大きいのです。
人間は「縁」というものから逃れることは絶対にできません。良い人になるのは自分が良いからではないし、悪い人になるのは自分が悪いからではありません。
目に見える「因」と目に見えない「縁」が一体となり、その結果が今の私であり、今のあなたということです。
後光が見える人間とは、無意識であったとしても、他人を傷つけたことがあったことを知った人間です。
まだ、あなたは思い出しませんか?
女が話している間に、私はハッキリと思い出した。
この女は過去世で、私と恋仲にあった。しかし、最後には骨肉の争いをした。そして、互いの胸をナイフで突き刺して、二人とも死んだのだった。
(おしまい)
フィクションです
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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします