山肌

山梨に住んでいた頃、玄関を出ると八ヶ岳が見えた。

原付バイクに鍵を差し込み、秋の初々しい冷たさを纏った空気を吸って、エンジンをかける瞬間が好きだった。

稲穂が揺れる農道を縫って、少しずつ赤に染まる広葉樹を眺めながら走った。

職場からも南アルプスが望めた。作業の合間に、薄くてすぐに消えてしまう雲が山肌を撫でるのを眺めた。

この時期は、昼間は日向にいると暑いくらいだが、夕方になると急に肌寒くなる。職場の人と「もうすぐ薪ストーブの出番ですね。」という話をしては、薪を集めて乾燥台に乗せた。

山梨から遠く離れたこの場所でも、窓から冷たい空気が入り込むと、ふと思い出す。

きっと今も、すぐに消えてしまう薄い雲があの山肌を撫でていることだろう。

『山肌』

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