「喧嘩両成敗」の恐ろしさ

とっくに成人した今でも覚えている小学校で1番のトラウマは、男の子に胸ぐらを掴まれて怒鳴られたことだ。
6年生の2学期の出来事である。

当時、「総合的な学習の時間」で、小学校生活最後の作品づくりをする授業があった。揉めることになったAくんは、私と2人で組んで作品づくりをしてくれていた。

最初は仲良くやっていたが、途中で彼の偉そうな態度や横暴な指示に苛立って、「もうAくんとペアでやりたくない、1人で作品を作りたい」と私は思い始めた。

そこでその旨を彼に伝えようと思ったが、Aくんは怒りっぽく暴力的で、直接言うのが怖かった。

私とAくんは4年生から3年間クラスが同じだったが、彼は出会った頃からずっと、自分より20センチほど背が低く体格の劣る男の子(Bくんとする)をからかい半分に虐めて、暴言を吐いたり蹴ったりする子だった。
いじめられていたBくんは周りより勉強ができないタイプで、(おそらく何らかの知的障害があった)泣き虫で口下手だったため、先生に仲裁されても事情を説明できず、Aくんの巧みな言い訳により、「どっちも悪かった」ということにされ、「2人とも謝って終わりにしましょう」で片付けられていた。

実際には、週に何度も起きていたその揉め事は、
AくんがBくんをからかう→
Bくんが怒って癇癪を起こす→
Aくんが面白がって彼を殴る、蹴る→
彼がやり返す(体格的に劣っているため大してやり返せない)→
Bくんが泣き喚いて、誰かが先生を呼ぶ
の順序だったため、たとえ癇癪を起こしたBくんに多少の非があろうとも、8割はAくんが悪かったと思うのだが。


話が逸れたが、とにかくAくんの恐ろしさを知っていた私は、直接彼に「もう組むのはやめよう」と言うことはせず、帰りの会の前に、「もう一緒に作品づくりをしたくないです。私は1人でやります」と書いた手紙を彼の机の上に置いておいた。
面と向かって話し合いをせず、一方的に手紙で自分の要望を突きつけたことは、私の悪かった点である。

案の定、帰りの会が終わるとすぐに、Aくんは私の席までつかつかとやってきた。
激怒していたAくんは、私の胸ぐらを掴んで怒鳴った。怒鳴られた内容はよく覚えていないが、「理由を説明しろ」「直接言え」「調子に乗るな」というようなことだったと思う。
そろそろ男女を意識し始める6年生で、異性に体を触られることが嫌な年頃であり、もちろん男の子に胸ぐらを掴まれるなど初めての経験だったから(今のところ最初で最後だ)、怖いし動揺して、私は貧血を起こしてしまった。彼は6年生にしては声が低かったし、身長差や体格差もあった。あんなに怖い思いをしたのは生まれて初めてだったかもしれない。
私が倒れてしまったのでその場では話し合いにはならず、後日担任の先生が事情を聞いてくれることになった。

担任の先生はキャリアのある中年女性で、私とAくんの言い分をそれぞれ個別に聞いた後、「先生を含めて昼休みに3人で話し合いましょう」と提案した。
他の生徒がジロジロ見たりしないようにと計らってくれたのか、私とAくんは昼には誰もいない教室(体育館だったかも)で話し合うことになった。

そして昼休み、私とAくんは先生より前に話し合いの場所に着いていたので、先生が到着するまで5分ほど待たされることになった。私は自分の胸ぐらを掴んできた暴力的な男の子と2人きりの空間がどうにも辛かった。
先生が来て話し合いをし、作品づくりは別々にやることになって、お互い謝って、その件はおさまった。


先生の立場になって考えれば、いくら普段から暴力的な男子児童が女子児童を一方的に怒鳴りつけたかに見られる案件であっても、双方の意見を聞いて、直接話し合わせて解決するというのが最適解だと考えたのは無理もない。
しかし小6だった私からしたら、殴られる寸前までいった怖い男の子と直接顔を突き合わせるのすらもう嫌だったし、2人きりで待たされる空間なんてもってのほかだった。
私にとっては自分がされたことは恐怖の暴行であり、「ふたりとも謝って仲直り」でスッキリするような子どもの喧嘩ではなかった。先生の解決法には当時は全く納得できなかった。


「どっちもどっち」という言葉が嫌いだ。両者に非があるとしても、大抵の場合、5対5で非があるのではなく、6対4だったり、7対3だったりで割合が違う。その点を蔑ろにして、「二人とも謝って解決」という仲裁の仕方は、あまりに乱暴だと感じる。

私がAくんに嫌なことをされたのはその一回だけだったが、数年にわたって日常的にいじめを受けていたBくんからしたら、揉め事のたびに自分が謝らされるのは屈辱だったであろうと思う。見て見ぬ振りをしていたクラスメイトだった私に偉そうなことは言えないが。

「喧嘩両成敗」は、双方の社会的・体格的な優劣や、責任の軽重を度外視した、仲裁者だけに気分の良い解決法であると私は思うのだ。

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