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97分で青春を謳歌する|サマーフィルムにのって

この夏の間だけ、みんなの青春わたしにちょうだい

勧誘して集めたメンバーを前に、ニッと笑いながらハダシは告げた。
その勧誘メンバーにわたしはいない。当然だ。ハダシは映画『サマーフィルムにのって』で伊藤万理華が演じている主人公の名前なのだから。けれどPCモニターを通して観ているだけのわたしも、ハダシと仲間たちと共にかけがえのない夏を過ごした。

わたしは自分の97分をハダシに捧げ、その代わりに青春を謳歌したのだ。


Filmarksのオンライン試写会で一足お先に観賞させて頂いた『サマーフィルムにのって』は最近観た邦画の中でもとびきり好きな作品だった。

高校で映画部に所属しているハダシ(伊藤万理華)は、文化祭上映に向けて恋愛映画の制作に夢中な部員たちの中でくすぶっていた。ハダシが作りたいのは胸キュン恋愛映画ではなく、時代劇。そんなある日、ハダシは自分の脚本の主人公にぴったりな男性・凜太郎(金子大地)に出会い、文化祭でのゲリラ上映に向けて映画制作を始める。
青春、恋愛、そしてSFと様々な要素が入っているが、構成がシンプルで且つテンポ感が良いためすっきり爽やかに鑑賞できる映画だった。


ハダシ、ビート板、ブルーハワイ

夏を連想させるこの3つの単語がそれぞれメインキャストの女の子たちのあだ名というのがまず面白い。

ハダシはあらすじにも書いた通り映画部に所属している時代劇が好きな主人公。ビート板(河合優実)は天文部所属でSF小説が好き。時代劇の良さは分からないもののハダシの映画制作に撮影スタッフとして協力してくれる友人だ。ブルーハワイ(祷キララ)は剣道部に所属していて、ハダシと同じく時代劇が好き。時代劇には欠かせない剣の構え方の指導を行ってくれる。
3人の仲の良さが分かるシーンももちろん良いのだけど、仲が良くてもお互いに知らなかったことや、想っているからこそ伝えられないようなこと、そういう部分が特に刺さった。高校生の頃の仲の良い友人との距離感って独特な気がする。どこまでも開放しているようで、閉ざされたドアはしっかり見えているような、そんな距離感。
パワーも無いし時代劇もよく分からないのに、友達のために本気で取り組んで本気だからこそ迷って、でもいつだって一番の仲間でいるビート板がわたしは大好きだ。

他にも個性が強い映画制作スタッフのメンバーが出てくるが、誰1人として脇役として描かれておらず、わずか97分の短い時間の中で全員のことを好きになってしまう。
老け顔であることを悩む高校生・ダディボーイを演じるのが板橋駿谷なのがまたズルい。この俳優さんが高校生役やるの?と思うことがたまにあるのだけれど、現在37歳(撮影が2年前であれば当時35歳?)の板橋さんをキャスティングする思い切りの良さがバチっとハマっている。正直、最初にダディボーイが出てくるシーンでは高校生にはとても見えない。しかしそのアンバランスさが面白いのだ。最終的には大事な仲間の1人になり、彼も「高校生の青春」を送っている。


SFがリアリティを加速させる

最初にあらすじを観たときに「SF要素いる?」と思った。高校生が時代劇を作る青春ストーリーってだけで十分面白そうだと感じたから。けれどこの映画で描かれるSF部分は現実の問題を際立たせる役割を担っていた。

映画の予告やあらすじにも出てくる部分のことを書くと、時代劇の主演キャストに選ばれた凜太郎が実は未来からやってきたタイムトラベラーだったことが判明する。

ネタバレになってしまうので詳しいことは書かないが、凜太郎のいる未来は十分あり得そうな未来だった。わたしたちの求める「便利」で「分かりやすい」は一体何のためだろうか。「時短」や「時間はつくるもの」という言葉が世の中に浸透し、そうして作り上げた時間でわたしたちが大事にしているものは一体なんだろうか。

SF要素がむしろリアルの問題点を浮かび上がらせている構造になっているのがこの映画の面白さだと思う。


終わらせるための「終わり」

映画は始まったら終わってしまう。その「終わり」が見事だった。この映画で一番好きだったのがラストシーンだ。特に主演・伊藤万理華の表現力に圧倒された。
乃木坂時代を知らず、ドラマで観る役者としての彼女しかわたしは知らない。けれど現在放送中の『お耳に合いましたら。』(今作と同じく松本壮史監督作)のエンディングで踊る彼女が毎回素敵なのだ。毎回と書いたが、このドラマのエンディングはおそらく毎週ダンスを撮り直している。毎話その話に出てくるチェーン店の店内で踊るのだ。松屋で踊り、餃子の王将で踊り、富士そばで踊る。ドラマ内ではコロコロ変わる表情がチャーミングで、エンディングのダンスにはキレがある。不思議な魅力のある役者さんだなと思っていた。

ハダシはくすぶっている女子高生だ。映画部で恋愛映画を作っている花鈴(甲田まひる)と比較するとその様はより浮き彫りになる。けれどラストシーンのハダシは間違いなく『サマーフィルムにのって』の主役なのだ。主役の顔に切り替わるのだ。
息を呑む。ハダシから目を離せなくなる。最後まで諦めず、自分の作りたい映画を作り続ける姿に胸を打たれる。ハダシは妥協しない。一切しない。創作にはいずれ終わりがやってくる。終わらせなければそれは完成しない。完成させるための「終わり」をハダシは作る。それをわたしたちは観る。


97分の間だけ、この夏あなたの時間をハダシに預けてみませんか?


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