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経歴ウォッシング(ショートショート)

ある国では、人生につまづいて引きこもったり、鬱になる人がたくさんいました。
労働力不足に悩んだ政府は、国の学者たちを集めて対策を考えました。

そして考えた対策は「人生で失敗した経験を1つ消してあげる」サービスです。
いままでの辛い過去や思い出したくないことを1つ、本人や周りの人の記憶から消して、齟齬が起きないように行政が管理する記録からも消し去ります。

「これで辛いことを忘れされば、前を向いて働いてくれるだろう」

学者も政治家も期待しています。
とはいえ効果がまだわかりませんし、サービスの利用者が殺到しては困るので、実際に引きこもってる人や、うつの治療中の人からランダムな抽選にあたった人だけ使えることにしました。
抽選に当たった人は、自宅を訪ねてきた役人たちの言葉に半信半疑になりなりましたが、次第に口を開いていきました。

「新卒で入った会社で、上司に散々人格を否定されたことを無かったことにしたい」
「好きな子に告白したら、その子が学年中にいいふらしてバカにされたことを忘れたい」

役人たちはその人たちを国一番の病院に連れていき、記憶を消しました。また会社の同僚・上司も同級生の子たちも訪ねて記憶を消していきました。
会社を辞めてしまった理由も「自己都合」から「経営悪化による人員削減」へ、高校を中退した人は卒業した扱いにしました。

辛い過去を忘れた人たちは、就職活動に励んだり、バイトを始めました。

「さあ、結果が出てきたぞ。これで労働力不足も解消だ」
学者たちも政治家も鼻高々です。

でも困ったことも起こり始めました。

”生まれてきたのが失敗だったんだ。生まれてきたことをなかったことにしたい”

このような悩みを打ち明ける人が多かったのです。役人たちは杓子定規にその人たちの生まれてきた記憶を消して、家族や友達の記憶も消しました。戸籍も消してしまいました。

残された人は、自分が誰なのかわからず、誰も自分を知ってくれる人がいません。

彼らは、記憶を消された国一番の病院のそばの、国一番の大きな橋から次々に飛び降りていきました。


#ショートショートnote  
を使い、「宝くじ」「石けん」から考えてみました。
#創作
#小説 #超短編小説

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