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万歳!よろず屋コンビニ。

コンビニでアルバイトをしていたことが
ある。

その店は「コンビニ」というよりも
「よろず屋」と呼んだほうがしっくり
くるような、なんともこう、
地元密着型のコテコテ店舗だった。

とにかく、クセの強いお客さんが多い。

「ねえちゃん!
 ちょっとコレ読んでくれるか!
 わし、よぉ見えへんねんわ」

どれどれ、と親切心を出して覗いて
みると、卑猥な言葉が大きく書かれた
メモだったりする。

おっちゃんはにやにやしながら
私の顔を見ている。

「すんません、私もよぉ読めませんわ」
「読まれへんてなんやねん!
 ひらがなやで書いたやろ!」
「え。見えてはるんですか?」

おっちゃんはものすごく悔しそうな
顔で舌打ちし、赤い顔で出て行った。
次はなんか買うてくださいやー。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

おでんの販売時期になると、妖怪が出る。
「おでんの汁ちょうだい」妖怪だ。
私の知ってるだけで3人いた。

ひとりは事務服でやってくる若いお姉さん。

いつも大根をひとつ注文すると、
「大きい方の容器に入れて。
 汁はタプタプで」とあごをしゃくる。

汁タプタプ、そんなメニューないです。

仕方なくおたまで軽くよそうと、
「もっと!」と怒鳴られる。

店長には汁は具がひたる程度、
と言われている。

ちょびっとずつよそい、顔色を
うかがっていると、
「おたま貸して!」と奪われそうになる。

会社に戻ってうどんでも炊くのか、
それともスープ代わりに飲むのか。
ご飯を入れても美味しそうやな。

いや、そうじゃなくて。

もうひとりは主婦っぽい中年の方。
持参の鍋を差し出し「ここに入れて」
と注文する。

商店街のお店みたい。エコでええなあ。
最初はそう思った。

でもやっぱりここでも汁問題発生なのだ。

「鍋いっぱいに汁入れてや」
おばちゃんは家族2人分くらいの
注文に対し、カレー鍋を持って来ている。
デカい。

「半分で勘弁してください。
 もうちょっと買ってくれはったら、
 足せますけど。大根とかどうです?」
と言うと、おそるべき言葉が返って来た。

「その汁で自分で大根炊くねんがな!」
なるほど。違う、納得したらあかん。

「あの、そこの棚にあるヒガシ〇さんの
 うどんスープ、あれでも美味しい
    おでん出汁が作れますよ」
と指さすと、
「ねえちゃんがこの汁くれたら
 タダやがな!」
と、おでん鍋を指さし返された。負けた。

最後のひとりは年配のおばあさんだった。

その方も肌寒くなるとやってきて、
「汁ちょうだい」と言う。
しかしいちばんのツワモノだ。
何も買わずに、容器に汁だけをくれと言う。

「具は買うたら高いからな、家で炊く。
 汁はタダやろ?」にっこりと笑う。

いえ、買ってくださった方に限り、
(常識の範囲内で)サービスして
おりまして。

なんでしたらそこの棚にヒガシ〇さんの、
と言おうとしたらものすごい勢いで
手元にあった小袋のからしを握りしめ、

「もうええ!ケチ臭いな、あんた!
 からしだけもろて行く!
 これはタダやろ!」
と言い捨てて出て行った。

いや、それも買ってくれた方への
サービスで。
ぐっと言葉を飲んで、見送った。
汁は死守した。今日のところは勝ちやな。

みんな、おでんも買うてください。

そしてヒガシ○さんのうどんスープも。
なんにでも使えて美味しいから、
一家にひと箱、是非。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

近くの会社に勤めるお兄さんが
来る日も来る日も麺類ばかり買いに来る。

麺類、おにぎり。以上。

ある日とうとう耐え切れず、
「炭水化物オンリー!野菜も食べて!」
と言ってしまった。

すると、困ったような顔で
「なにを食べればいいか教えて」
とのこと。任せときなはれ。

カット野菜にドレッシングをかける、
冷凍野菜をチンして添える、
大豆も野菜、納豆やお豆腐も売ってるよ、

「それが面倒なら野菜ジュースもある」
と差し出すと、じゃあそれ、と購入。

その日からお兄さんはレジでカゴを
渡すとき、「今日は何点?」と
聞いてくるようになった。

「おねえさんは俺のオカンか、嫁か?」
と笑いながら。

ええ、どっちでもお好きな方で。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

総菜やお弁当のレジで怖かったのは、
「温めて」だ。もちろん温める行為自体は
レンジでチンするだけなので簡単。

ところが、レンジ対応容器以外の商品を
持ってくるお客さんが結構多いのだ。

「容器、溶けますよ。業務用のレンジやし」
「かまへん、かまへん。大丈夫や!
 ちょっと溶けたかて、ええから!」
みなさん笑顔でそうおっしゃられる。

そーっと、少なめの秒数でかけてみる。
「まだや!もっと温めて!」
さらにそーっとかけてみると、案の定、
プラスチックの容器の端っこがへろっと
歪んで申し訳なさそうな顔をしている。

キミに罪はないねんで、無論私にもな、
と思いながらお客さんに手渡すと、
「ちょうどええ温度や、ありがとう!」
と気に留める様子もない。

レンジ対応か否かの問題を超えて、
「ハイ、これ頼むわ!」
と、今購入したワンカップのアルミのふたを
くいっと開けて渡されることもあった。

「今日はそやな、ぬる燗で」
いやいや、おっちゃん、うちは居酒屋では。
もちろんオーダーが熱燗の日もある。

一緒に買ったするめを既に口に含みながら
待っていたおっちゃんは、ワンカップを
受け取るとひとくち飲み、

「上燗や!」
と満足そうに笑う。

みなさん、なんでもかんでもコンビニで
温めるのもほどほどに。

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お金の受け渡しにも人柄が出る。

当時は直接現金をやりとりするのが
一般的だったけれど、接触を避けて
釣銭トレーからしか受け取らない人や、
逆に、手の平に載せない限り受け取って
くれないお客さんもいた。

ひとり、とても印象的なおっちゃんがいた。

近くの工場からタバコを買いに来ると、
おっちゃんは常にコインを投げてよこす。

手裏剣のように一枚ずつ、しかも毎日
やってるのにコントロールが良くなくて、
四方八方に飛び散る。忍者なら落第。

レジの下や隙間に入るとものすごく時間が
かかるのだから、そっと置く方が楽では
ないかい?と思うけれどそれは良いらしい。

私がため息をつきながら拾い集める姿を、
への字口のまま眺めている。

でもおっちゃんを嫌いにはなれなかった。

ほんまは気の弱い、ええ人なんちゃうかな、
と思うことが何度かあったのだ。

ある日、落第忍者のおっちゃんが珍しく
シュパっと真っすぐに放った10円玉が、
釣銭トレーの芝生(みたいなもの)に
突き刺さった。

「立った!10円玉が立った!」

思わず拍手をしたら、おっちゃんは目を
丸めて口を開けていた。
そっちも驚いとるんかいな。

別の日、帰り道に曲がり角で誰かと
ぶつかった。私が謝るよりも早くその影は
「すみません!」と小さな声で呟いた。

街灯に照らされた横顔を見た瞬間、相手は
ひどくバツの悪そうな顔で立ち去った。
作業着を着た、あのおっちゃんだった。

おっちゃん、案外ふつうの人やんか。
そう思ってから、なんだか憎めなくなった。

それからも毎日、会うたびにお金は
投げつけられたけれど、せっせと
拾い集めながら、
「お金は大事にせな、あきませんよ」
とお小言を言うようにした。

ふん、と鼻を鳴らしておっちゃんは
知らん顔をしていたが、だんだん、
だんだん、お金の投げ方が優しくなり、
手の平にめがけて「ホイ!」と声をかけ、
私が構えるのを待ってくれるようになった。

そしてとうとう釣銭トレーにそっと、
お金を置いてくれるようになった。

あの時の嬉しさったら、なかった。

でもよく見ると、他の店員には相変わらず
下手くそな手裏剣投げして嫌われ
まくっていた。

おっちゃん、ほんまに不器用やなあ、と
微笑ましかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

店には駄菓子コーナーもあったので、
ちびっこの常連さんも多くいた。

顔なじみになると、
「今、かくれんぼしてるねんけど
  一緒にせえへん?」 
と何度か誘ってくれた。仕事中や。

あの子が好きやねんけどな、内緒やで、
とこっそり教えてくれる子もいた。

ある女の子は、お母さんとふたり暮らし。
たまに土曜日にも出勤するらしく、
お昼ご飯を買いに来ては、
「危ないからお店でチンしてもらい、って」
とお弁当を温めて帰る。

「夕方までひとりやねんで!」

得意げに言う姿は頼もしいけれど、
とても危うい。その辺で誰か聞いてないか?

周囲を見回しながら、
「なんかあったらお店に来るんやで。
  私がおらんかっても、誰かおるから」
と真剣に言うと、しっかりと頷く。

「気ぃつけて帰りや」
と送り出し、次のシフトの日に元気な
様子を見てはホッとしていた。

ある日、その子が泣きながら店に
飛び込んで来た。
近くの公園でケガをしたらしい。
肘の辺りから出血していた。

お母さんはまだ仕事中。どうしよう、
パニックになった頭に、私が浮かんだ。

「おねえさんのところ行ったら、
  大丈夫やと思ってん」

涙が浮かんだままの目で、にこっと
笑われたら泣きそうになった。

細い腕をとり、店のトイレの手洗い場で
傷を洗い流した。

事務室にいる店長に、絆創膏を
もらえないかと頼んだら、
「うちでケガしたんじゃないのに?
  店に売ってるよ?」と返ってきて、

こどもが助けを求めて来とるんじゃい!
こども110番の店って掲げとるやないか!

という言葉は煮えくり返る腹の底に
押し込んで、

「今度家から持って来て返しますわ。
  2枚でええんで、もらえませんか」

と、地の底を這うような声で言うと、
冗談やん、と薄ら笑いで薬箱を渡された。

その日の遅く、あの子のお母さんが
菓子折を持って店長にご挨拶に来たそうだ。大学生のバイト君から聞いた。
店長からは何も言われなかった。

お菓子、美味しかったですか?

この1件のおかげで、私はその後
どんな職場に行くにも絆創膏を必ず
カバンに入れておくようになった。

あの2枚の絆創膏ですか。
もちろん、返すのを「忘れたまま」
辞めました。

他にも、あまり美味しくない新商品を
手に取ろうとするお客さんには、
「やめた方がええですよ」と止め、

「○○をお探しですか。それは別の
  コンビニの商品ですね。
  近くの店、ご案内しますわ」
と地図を書いて渡したり、

「人気商品、て書いてるけどほんまは
  これ発注ミスやろ~!?」
と大量の商品を前に笑うお客さんには、
「そうなんですよ!正解!
  あと60個、今週中に売らなあかんのです!」
と、あっさり白状する。

そんなことばっかりしてる店員でした。
店長、その節はごめんなさい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あ、財布忘れたわ!ツケといて!」
と、商品を持ち帰ろうとするおじいちゃん。断ると被っていた帽子を脱ぎ、
「代わりにこれ置いていくから」
質屋とちゃいます。

「このお菓子もろてんけどな、美味しいで。
  あげるわ」
カバンから封の開いたお煎餅をくれる。
たまに、みかんも出て来る。

「今、息子とケンカ中やねん!」
ええ、知ってます、さっき息子さんから
聞いたばかりです。

店内を走り回る少年を笑顔で眺めていた
おばあちゃんが、
「元気でええ子やねえ」
とお母さんに言った途端、
「ほんまにええ子でしょうか!?
  今日も学校から呼び出されて。
  いつになったら落ち着いてくれるのか」
と、突然半泣きになってしまった。

おばあちゃんは優しく、
「大丈夫、大丈夫。ええ子やよ」
と、お母さんに頷いた。

私は黙ってタバコの補充を続けていた。

怒鳴り込んで来るお客さんも、
(怒ってる顔しか見たことない)
その商品レジ通しましたっけ、という
お客さんも、
(あまりに堂々とされると不安になる)

トイレに間に合わず床にパンツを
捨てていくお客さんも、
(2回、遭遇しました)

年齢確認に毎度ブチ切れるお客さんも、
(規則なんです、分かってー)
駐車場の車止めを枕に仮眠するお客さんも。
(疲れのとれない猛反発枕)

みんなみんな面白くて、大好きだった。

「いつもの!」って言われてもおっちゃん、
ここは町のコンビニ。

朝から晩まで老若男女問わず訪れて、
日常の一瞬のドラマを鮮やかに
惜しげもなく見せてくれる、
やや濃いめな、おもろいコンビニ。

私の中であの店を超える店はまだない。

万歳、よろず屋コンビニ!


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