【81】夏至をこえて、浮かび上がってきたもの

まだ根強くもっていた、眠っていた罪悪感。
どんだけあるんだ、わたし。もう面倒くさい。
こういうメンタル弱弱で生きにくい人は、みんなと同じようにコミュニケーションすらとれず、ちょっとしたことで危機的状況になったり、もう立っていられなくなったりしてね、困るよね。
昔は、絵なんて描けなくてもいい、人と普通に会話して笑ってすごせる方が、よっぽとよかったって思ってたの、思い出したよ。
今も波があるけど、こうなると、つくづくそう思う。

娘の保育園のお迎えにいった帰り、いつものように園庭で遊んで帰る。鉄棒にひたすらぶら下がる娘を見守るわたしのそばで、他の保護者さんがおしゃべりをしていた。
なぜだか、その瞬間会話がはっきりと耳に入ってきて、それは突然辞めた子どもの担任だった先生にばったり出会ったという話だった。
保育園の先生で、精神的に調子をくずしてそのまま突然辞めたというシチュエーションがあまりにもかつてのわたしと同じで、はじめからわたしが言われているような気持ちになって、一気にあのときの辛さや情けなさが蘇って凍りついた。わたしも、辞めたあと、まさにこういうふうに親御さんから噂されていたんだ、きっと。

『あの、子どもらを見捨てた先生覚えてる?』
『精神的な病気だったんだろうから、あのあとひきこもりでもなったんだと思ってたのに。
元気そうにしてたよ、彼氏と楽しげにしてた。誰に会うかもわからないショッピングセンターなんか行って。』
保護者からにじみ出てたのは、今幸せそうに元気そうにしてることが気に入らない、おまえがやったことは許されない、責任もってつぐなえ、っていうニュアンスだった。


わたしが言われたわけじゃないんだけど、もう思い出すこともなかったようなこと。新卒ではじめて就職したあと、3か月で辞めたこと。さらに情けないことには自分で辞める連絡ができず親にしてもらったこと。職場の人に辛いことを相談さえできなかったこと。これも、本当に自己嫌悪の極みだった。
あげだしたらきりがない。そもそも、大学のときから鬱々とひきこもりの時期を何度も経験してたから、普通に働けるとは思ってもいなかったのだけど、やはりそうなったよね。
でも、今、これが目の前にはっきりあらわれたってことは、何だろうと思って。で、わたしは、このあとどうすればいいのか?というより、『わたしはどうしたいのか?』

堂々としたい。
わたしで何が悪い。
弱いわたしで何が悪い。
できないわたしで何が悪い。
失敗してフェイドアウトして何が悪い。
わたしがわたしを謳歌して何が悪い。

そして、わたしの最大の恐怖も同時に思い出した。
また、鬱になってひきこもり動けなくなること。

リハビリ期間も大変で、人との会話すらものすごいハードルで、世間との感覚がずれすぎてぼけたみたいになるし、エネルギーが余りすぎて自分に向かって自滅してるんだか、枯渇してるんだかわけわかんなくなるし。

ああ、わたし、こんなにも怖かったんだね、動けない何もできない非生産的な自分になることが。それで、クリエイティブであることや表現にしがみついてきたんだね。でないと生きてる意味がないとばかりに。

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