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【78】小さな映画館の思い出

この夏は、見たいアニメ映画がいっぱいある。
五十嵐大介原作の『海獣の子供』が映画化、
そして、新開誠監督の『天気の子』。

映画館をめぐる思い出を書きたくなった。

たしか、はじめて五十嵐大介のマンガを読んだのは、映画館のバイトをしていた頃だった。大学を卒業し、学んだことをそのまま生かす保育士の仕事についたものの、現場が壮絶にあわなすぎて3か月で辞めた。辞め方も非常にかっこ悪く、多大な迷惑をかけた自責の念と、挫折感は相当で、すべての自信を失って、家にひきこもって数か月何もできない毎日を過ごした。この先何もできる気がしない。自分はみんなと同じように社会に出て、何かの仕事にあてはまって働ける気がしない。

ようやくハローワークに行き、保険の外交員の仕事に誘われ向いているとやたらすすめられ危うく流されかけたり、指輪の販売をしているお姉さんに駅で話しかけられ、商売抜きにして本気で人生どうにかした方がいいよとアドバイスされたり。それほど、自分のこともわからないし、何がやりたいかもわからないし、できるとも思えなかったし、覇気などなかったのだと思う。

そうしているうちに体力もだいぶ回復し、とにかく何でもいいからやるしかないと、唯一できそうかなと感じた夏休みの映画館のバイトに応募した。家からけっこう遠かったし、車の運転をしはじめて慣れない者が、都会のさびれた映画館まで面接に行った。運転も不慣れだし当時はナビなどまだない。あろうことか、迷って、面接に遅れる始末。その時点で、精神不安定な当時はフリーズして危機的状態にいたに違いないのだけど、なぜか採用してもらった。

リハビリのように、週に何度かその古い人気のない映画館に通う。ここは、大作ではないけど、味わい深い作品や、ドキュメンタリーなど、ひっそりと上映する場所だった。たしか、当時、是枝裕和監督の『誰も知らない』を上映していたっけ。

スタッフは、映画大好きなおっさん二人。大好きな世界をもちあわせながら、でも社会生活も普通にこなしていた。
うまく言い表せないが、今迄の人生で出会ってきたことがないような自由な風をもった人たちだった。
さらに、この小さな映画館の頼みの綱はボランティアさんだった。ボランティアは、店番やそうじをし、そのかわり映画は見放題。
そのボランティアさんたちも、映画好きだけど、いろんな仕事のいろんな働き方をしている人たちがいて、主婦の人、学生さん、定年後の男性など。。。いろんな性格で考えの人がいて、とにかくわたしは、ああ、なんでもありでなんでもいいんだなぁって、そこで救われたのかとあとで振り返って思う。

ひきこもっていたし、気力体力ともにリハビリ期にあった当時。無理して喋らなくともいいし、一通りのことをしていたらあとはどんなでもいいゆるさが、ありがたかった。お昼ご飯は、コンビニで買って来たりして、映写室の片隅で食べた。人と話すことですら、ハードルが高く、すぐに危機的状態になって冷や汗が出ていた当初だったが、接客も決まったセリフを言えばいいのが楽で迷うシーンが少なかったので、なんとなくそこでの仕事をこなせるようになった。電車で通うようになったのも、たくさんの行き交う人をみることができて、こんなにもいろんな人がいることに、気が紛れた。

掃除など一通りすると、映画の上映中は暇なので、おしゃべりしたりマンガを読んだりしてすごした。
そこで出会ったのが、五十嵐大介のマンガだった。『はなしっぱなし』という、ファンタジーと現実が入り乱れた、不気味さや悲しさやあたたかさ。温度を感じられて、子どもの頃の繊細な記憶の1ページを思い出した。とにかく五感と六感以上の感覚のお話で、こういう世界があるのかーーとびっくりした。

その後、バイトの期間を終えても、なんだか居心地がよくて、ボランティアとしてしばらく通った。映画というひとつのコンテンツを通してゆるくつながれたそこは、行く場所のなかったわたしのひとつの足がかり、居場所になってくれた。

そこで出会った人の紹介で、次の派遣の販売の仕事をすることになったり、一時期わたしが好きだったコミュニティにも出会うことになったり、とにかくそこでのあれこれが
自然と道を作っていってくれた。その後も折れることも多かったけれど、それでも立ち上がれて自分のペースで小さなステップを積みかさねることができた。

あの夏すごした、小さな映画館の思い出。
エアコンのききの悪い売店と、ポップコーンの甘い香りと、くたびれた掃除用のモップ。

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