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アパーナ気など生命エネルギーについて

“...…五つの気は主要である。さらにその五つの中でもプラーナとアパーナの二つは最高の動作因であるとわれは説く。“

”プラーナは心臓に、アパーナは肛門に、サマーナはヘソに、ウダーナはノドに位置し、ヴィアーナは全身にゆきわたっている。” 
 『シヴァ・サンヒター』 3章6ー7節

佐保田 鶴治『続・ヨーガ根本教典』平河出版社1986 pp.191-192

生命エネルギー

 ヨガや気功、チベット密教(後期密教)、一部の西洋オカルト・神秘主義、それにスピリチュアル界隈では生命エネルギー(生命気などとも)なるものが説かれています。

ヨガで最も有名なのはおそらくクンダリーニ(クンダリニー)だと思います。

関連note:クンダリニーについて

他にはプラーナ(ヴァーユ、ヴァユ、vayu)、シャクティー、気、陽気、ルン(風)、ツンモ、チャンダーリーの火、、、などと呼ばれるものが、この生命エネルギーに含まれます。

ヨガの場合には冒頭にあるようにプラーナ気、アパーナ気、サマーナ気、ウダーナ気、ヴィヤーナ気が主要なものとされます。

頭が混乱するかもしれませんが、この瞑想する人noteでは、将来は分かりませんが、現時点ではこういった生命エネルギーやチャクラなるものが実在していると主張したいわけではないです。

生命エネルギーの体験者が自らの体験・感覚を他者に伝えようとする時に便利な説明概念だとしています。

用語解説:生命エネルギー、密教など

生命エネルギーを扱うハタ・ヨーガの古典。ハタ・ヨーガ・プラディーピカなど

アーユルヴェーダ関連でもこのプラーナについては触れられていますが、しかしヨガや瞑想をする人にとっての主な関心は、ハタ・ヨーガでの扱いによるものでしょう。

ハタ・ヨーガの古典とされるもので有名なものに『ハタ・ヨーガ・プラディーピカ』『ゲーランダ・サンヒター』『シヴァ・サンヒター』『ゴーラクシャ・シャタカ(ゴラクシャサタカム)』があります。

この内で『ハタ・ヨーガ・プラディーピカ』『ゲーランダ・サンヒター』『シヴァ・サンヒター』は佐保田鶴治氏の『ヨーガ根本教典』『続・ヨーガ根本教典』(平河出版社)にあります。

『ゴーラクシャ・シャタカ』については、その一部が本山博氏の『密教ヨーガ タントラヨーガの本質と秘法』(宗教心理出版)にあります。

他にも翻訳・紹介本はあります。

これら古典でプラーナ、エネルギーの合一などといった興味深いものが説かれています。

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アパーナ気とプラーナ気の合一!?

ハタ・ヨーガの古典では、しばしば「アパーナ気とプラーナ気を合一させる(混ぜ合わせる)」という技法に言及されています。

しかし表現にはいろいろとあって、サマーナ気も混ぜ合わせるとか、合一させて生じたエネルギーでチャクラを煽るとか、さらにヘソのチャクラの火も用いてクンダリーニを煽るとか、といったものがあります。

ヨーガの指導者の解釈、説明も大筋では似たようなものなのですが、細かいところが違っています。

なぜ教典や伝統、流派、指導者によって違うかというと、これらは、主観的な体験、感覚を表現した説明的概念だからだと私は考えています。

ハタ・ヨーガ・プラディーピカ』第3章 ムドラー

“ 平素ムーラ・バンダを行ずるならば、アパーナとプラーナとの合一が成り、大小便が減り、年老いても青年になる。

 アパーナが上昇し始めて火環に達すると、そこの火の穂先がアパーナ気にあおられて長くのびる。

 それから、火とアパーナの二つは、本来熱をもったプラーナ気に合する。その結果、かの体内に生じた焰は極度に明るく輝く。

 この焰に熱せられて、今まで眠っていたクンダリニーが目をさまし、杖で打たれた雌蛇のようにシュッとイキを吐いて直立の姿勢をとる。

 それから、聖なる管スシュムナーの入口に入り、だんだんその内部へ進み入る。だから、ヨーギーたちは、いつも、このムーラ・バンダを行ずるのがよい。”

佐保田鶴治 『ヨーガ根本教典』平河出版社

関連note:【Mula Bandha】ヨガのバンダ、ムーラバンダについて


チャクラというものについても、その数も違って説かれています。
この場合にはどのような点を重視して説明するかの違いなどだと思われます。

例えば、ムーラダーラ、スワディシュターナ、マニプーラのチャクラについてはムーラダーラとスワディシュターナ、もしくは、スワディシュターナとマニプーラは1つのチャクラと説明されることもあると思います。
もしくはこの3つのチャクラは1つのチャクラとされることもあるかもしれません。

他にはサハスラーラをチャクラとして説明するかどうか、といったことがあると思います。

関連note:チャクラについて。瞑想する人のチャクラ論


以上述べてきたことについて、ヨーガの用語を用いての私なりのシンプルな表現だと、

アパーナ気が逆流し、スワディシュターナ(とマニプーラ、ヘソのチャクラ)を煽りヨーガの火(ツンモ、密教的な生命エネルギーの活動)が生じる。

、というものでしょうか。(プラーナ気はどこ行ったという話ですが)


性的ヨーガ?

さて生命エネルギーの実践(密教)に関して「性的ヨーガ」というものがあるとされています。

この瞑想する人noteでも以前にこれについて触れました。これは「左密」と呼んでいて、外道外法であり、倫理的にも警戒すべきものとして批判的に捉えています。

用語解説:左密・純密

触れたいとは思わない話題なのですが、最近、「こういった理解が広まると問題だ」と思うようなものを見かけて気になったので、今一度簡単に触れておきます。

なぜこの記事で触れるかというと性的ヨーガ(左密)には、アパーナ気やアパーナ気とプラーナ気の合一、チャクラだとムーラダーラとスワディシュターナが深く関わると思われるからです。

ネオタントラ?

この性的ヨーガというのは、本来は生命エネルギーの実践における生理的な技法であり思想的な実践ではありません。
「性の解放」や「欲望の肯定」のためにあるのではありません。

今現在、巷にある「性的ヨーガ」「タントラ」「性タントラ」「タントラ ヨガ」、、なるものは、単なる性の戯れ、スピリチュアルかぶれの戯れに属するものであり、ひどい場合には乱痴気に属するものもあると思われます。

単刀直入に、主に米欧西洋人に受け入れられている「ネオ タントラ」に属するそれらは、おそらくはキリスト教的禁欲主義の反動と密教を含む東洋の思想、さらにニューエイジ思想、スピリチュアル、オカルト、神秘主義思想、新興心理学、それに感情的な理解や欧米人、特にアメリカ人らしい大雑把な理解とがごちゃ混ぜになった、ガラクタのおもちゃ箱だと考えています。

生命エネルギーに関する人体の神経生理的な要素を理解しないガラクタだと考えています。
成人指定の厨二病みたいな感じです。

これによって得られるものは、キリスト教禁欲ドグマという権威的父親に反抗して夜遊びをしたティーンエイジャーの高揚感くらいなもんです。

ネオタントラはそもそも密教ではないので、左密でもなく、外道ですらないです。

性的ヨーガ(左密)のやり方

本来の左密のやり方はヨーガ的な用語で説明すると、

「心身の高ぶりによってアパーナ気の活動が強まる。この時にアパーナ気を押しとどめ逆流させ、ヘソのチャクラを煽る。そうするとヨーガの火(ツンモ)、密教的な生命エネルギーの活動が生じる」

 といったものです。ね、簡単でしょう?

実際には、99.9%の人は「純密」のある程度の実践がないと、この左密(性的ヨーガ)で少しの成果も上げることは不可能です。


ネオタントラの場合は、その実践者は生理的密教の理解がなくて、キリスト教的禁欲主義への反動を背景としたニューエイジ精神論の実践をして、成人指定の戯れをしてるだけだと思われます。

なので、こういった実践をするコミューンの中では、性病が蔓延したり、チンパンジーの社会のように「どのオスが生物学的父親なのか分からない子どもがたくさん」みたいなことになります。

生理的要素よりも情動もしくは「愛」といった情操を重視して、それによって惹起される活動力を用いて、生命エネルギーの実践に役立てる方法もあり得るとは思われますが、しょせんネオタントラふぜいの中で、こういったことが実践できる人はいないと思ってます。

純密のやり方

上で述べた「(性的ヨーガで)アパーナ気を押しとどめ逆流させ、ヘソのチャクラを煽って、ヨーガの火を生じさせる」というものの「純密」でのやり方が瞑想とか呼吸法などです。

このnoteで触れている内丹(仙道)・小周天も純密です。

関連note:内丹(仙道)の 小周天。高藤聡一郎 氏の仙道など


ムドラー」と呼ばれるヨーガの特殊なプラーナヤーマ(呼吸法)もそうです。

このムドラーの実践ではヴィム・ホフ・メソッドの呼吸法みたいなのが用いられることもあります。


ムドラーなど特殊な呼吸法ではバンダ、特にムーラバンダのともなったクンバカ(保息、息止め)がともないます。
ヨーガの教典ではバンダやクンバカによってアパーナ気を上昇させ、プラーナ気を下降させ、ヘソのチャクラで合一させるなどと説明されています。

ハタ・ヨーガ・プラディーピカ』 第3章 ムドラー

“ コーモンを収縮することによって、いつも下降する傾向のあるアパーナ気を力ずくで上昇させる。これがヨーギーたちによってムーラ・バンダとよばれるものである。

 カガトをもってコーモンを圧して、アパーナ気がスシュムナー管のなかを上昇するように、繰り返し繰り返し、力をこめてひきしめる。

 プラーナとアパーナ、ナーダとピンドゥの二つはこのムーラ・バンダの力で合一し、ヨーガの完成をもたらす。これについて疑いはない。”

佐保田鶴治 『ヨーガ根本教典』平河出版社


 ムドラーにおけるアパーナ気の上昇というのは、身体的技法においては、主にムーラバンダを意味すると考えられます。
プラーナ気の下降は、同じく身体的技法においては、主に用いられる呼吸の方法やクンバカを意味すると考えられます。

 瞑想においては、アパーナ気の上昇及びアパーナ気とプラーナ気の合一というのは、瞑想によって生じる意識ー神経生理の特殊な活動によって生み出されるものと私は考えています。
プラーナ気の下降については、あえて言うならば、瞑想時の落ち着いた呼吸や、意識の集中、安定した精神状態を意味すると私は考えています。


最後にちょっと ひとりごと、、、

左密(性的ヨーガ)よって生じることが純密(瞑想、呼吸法)によっても生じると述べてきました。

これはつまり「性」によって生じる人体の神経生理の活動(の一部)が、瞑想や呼吸法によっても生じるということなわけです。
もしくは共通するものがあるということです。

これは奇妙なことだと思う人もいるかもしれません。

ひょっとしたら瞑想に関心のある神経科学者の中に、こういったことに興味を抱く人もいるかもしれません。