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30-2 梅すだれ 御船/木花薫

マサの乗る船は島原や天草、時に長崎まで荷を運ぶが頻度はそれほど多くはなかった。半分は船に乗らない日だったので、そんな日は北東に位置する朝来山あさこやまへ山菜を採りに行く。それをお桐がお孝の母親の真似をして塩漬けにした。

冬の間、お滝は竹籠を編んだ。春になったら始める予定の飯屋では、握り飯を持ち帰れるようにする。その為の蓋つきの小さな籠と、日用品を入れられる大きな籠をいくつも編み、大きな籠は宿屋や市場で売った。

お桐は壺をいくつか調達し、山菜の漬物や得意の香香こうこうを漬けた。そして畑で採れる野菜を使っておヒデの飯屋で食べさせてもらった金山寺味噌も作った。

春の飯屋の開店へ向けて着々と準備を進めていくこの時間が、お滝とお桐にはとてつもなく楽しかった。

港の人たちは東の国から来た三人を珍しがりながらも、知らない国の話を聞くのが面白いらしく、お滝は雑賀と浦賀のことを、マサは阿波や堺のことを語って聞かせるのだった。

御船の村へ徐々に打ち解けていき最初の正月のこと。正月は宿屋も港も閑散としている。誰もが忙しい日々から解放されて新年を祝う時だ。村人たちは集まり餅を搗き、雑煮を食べた。そこで三人は紹介をされたのだが、お桐を見て驚く人が多かった。

雑賀ではいち早く村になじんだお桐であったが、御船では家のくりやにこもりがち。飯屋で美味しい料理を出そうと毎日献立をあれやこれやと試行錯誤している。逆に雑賀で村になじめなかったお滝がここでは早くも村に溶け込んでいる。そっくりな二人であるから、誰もがお桐を見かけてもお滝だと勘違いしていた。若い夫婦二人が住んでいると思っていたから、三人でいるのだと知らない人が多かったのだ。

「双子か?」
「そっくりと」

目を丸くする人たちを前にお滝とお桐はくすくす笑い背を向けた。即座にマサが「棒がお滝、輪がお桐だ」と髪型の違いを説明をするが、「前からだとわからんと」と面食らったままの顔をしている。ますますくすくす笑うお滝とお桐に、村の人たちも笑うのだった。

お桐は皆に金山寺味噌を振舞った。夏に採れた野菜をさいの目に切り味噌に混ぜ込む金山寺味噌は、夏野菜を冬まで保存して食べるという意味がある。

女たちは「なるほど、これはいい」「作ってみるよ」と喜び、お桐に作り方を詳しく尋ねた。

御船に来てからめっきり人と話さなくなったお桐はふさぎ込んでいるようにも見えたから、お桐が村の人たちと楽しそうに話をしているのを見て、マサとお滝は胸をなでおろしたのだった。

春になり田植えを終えた頃、宿場や港にも人が増えてきた。遂にお滝とお桐は飯屋を始めた。宿屋に挨拶に行き客に飯屋のことを言うように頼み、市場でも飯屋ができたことを言い触らすように頼んだ。そのおかげでぽつぽつと食べに来る人が出てきた。

しかも何故だか京都のごちそうが食べられるだとか、鎌倉の珍しいものが食べられると思い込んでやって来るのだ。一体何を言い散らされたのかと呆れるが、金山寺味噌が珍しいらしく、ありがたがって食べていく。

その噂は広まっていき、ある日刀を差した侍がやって来た。

つづく


前話

第一話(お千代の物語)

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