マザコン・クエスト【その6】 キレッキレの義父の話
「とにッかく、変わった人!正義の味方!って感じよ。」
義母をしてこのように言わしめる、真っ直ぐな気性の義父は、大きなハリのある声で、思ったことをそのまま口にする人だ。
義母や夫の腹芸より、はるかに分かりやすい人物だけど、義母の強い言い方には何か含みがある気がしていた。
義父は戦後、家族に恵まれない中、高卒で大手電機メーカーに就職、持病で長生きは出来ないだろうと医者に言われながら、妻子への強い責任感で海外営業部長職まで勤め上げた苦労人である。
まるで上司
夫の実家の近くに、江戸の風情の残る大きな金魚屋があり、まだ子どもたちが幼かった頃、義父が私たちをその店に案内してくれた。
色とりどりの金魚が泳ぐ大きなトロ船がいくつも並ぶ中に、金魚すくいのコーナーを見つけ、私は子どもと一緒にしゃがんで眺めていた。
「さ、やりなさい。いいから、ほら!やってごらん!」
あっという間に義父が私にポイを握らせる。金魚すくいなんて、魚が痛むからやりたくない。一瞬、躊躇した私に向かって、義父の声が飛ぶ。
「決断力が、ないっ!!」
(えっ?いつの間に私…怒られてる?)
義父は大企業で責任ある仕事をしていたというから、さすがに問題処理能力が高いのだろう。常に問題点に目が行きがちで、それを指摘せずにいられないようだ。
事が金魚すくいならば私も、(モヤモヤ!ブツブツ!)で済ませられるが、出産前後や、引っ越しがらみで義父母が私たちに濃厚に関わってきたときには、洒落にならないシコリができた。そして、こういうことは後々まで尾を引くものだ。
最悪のシナリオを描く
新婚時、私たちが住んでいた大規模マンションの中庭で、義父が孫を遊ばせていたら外国語の会話が聞こえてきたという。
「このマンションに◯◯人が住んでいるようだね。彼らは国から親族を呼び寄せるから、どんどん増えるよ。するとそれを嫌って元の住民が出ていってしまう。だから、この辺一帯があっという間にスラム化する。」
どんな予言かと思えば…目の前の景色を一瞬で変えてしまう説得力があるような、ないような。
どっちにせよ必ず最悪のケースを想定するから、明るい未来が見えてこない。
息子が倒れた
「家賃がどうしてもかかるから、妻子は実家でしばらく生活してもらえ。お前はこっちに戻って治せ。犬は処分しろ!」
と、義父が口走ったのは3年前、夫がウツになったとき。いつ職場に復帰できるか分からないから、借家暮らしを気にしてのことだった。蓄えも無かった上に多額のカードローンを夫が作っていたことも発覚したから、両親とも普通の心理状態ではなかったと思う。
多分、現実的な問題の処理のし方として適切なのかもしれない。当座のお金を出してくれたことは感謝している。ただ、正論を言われて傷つくのは、そこに何かがごっそりと抜け落ちているからなんだろう。
義父は短気で頭が良く口調が強いけど、実は不安も強くて、じっとしていられないのだと思う。50過ぎた息子を自分たちの手でなんとかしなければと今だに考えてしまう。
犬を処分など、あり得ない。数カ月後の長男の高校受験も、ここでする。傷病手当で暮らしながら、夫はそのうち治る、と私は動かないことに決めた。
実際には、夫は2か月程度の病欠で職場復帰した。恐怖感を煽るような義父の考えに従っていたら、今ごろ一家離散だっただろう。
正義の味方は即、実行
夫から聞いた、義父の正義の味方エピソードはこうである。
『親父のいとこに、酒乱の旦那に悩まされて困窮している女性がいた。親父は自分が受け継ぐはずの都内の不動産をきっぱり相続拒否し、そっくり女性に譲った。そこからの家賃収入のおかげで彼女は無事に子どもを育て上げた』のだそうだ。
そう、義父は男気があって、とてつもなく心の優しい人なのだ。けど、そういうことは急がずに、家族に相談してから実行した方がいい。
「親父の義侠心もいいけど、全く。自分たちのことだって考えてほしかった。」と夫。
義母の「変わった人、正義の味方!」の言い方がプリプリしていたのは、そういうわけだったのだ。
つづく
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