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『ゴッドファーザー(上)(下)』(マリオ・プーヅォ著・一ノ瀬直二訳)を読んで…あらすじ・映画との比較・疑問 -第7回-

   小説『ゴッドファーザー』は、“新しい発見の宝庫”だった!

第5部(下)
〇20~22
〇敵の銃撃で息子のソニーを失ったドン・コルレオーネは、五大ファミリーをはじめとする組織の首領を集め停戦協定を提案し、タッタリアと和解した。そして、マイケルをシシリーから安全に呼び戻すための策を練っていた。~トム・ハーゲンは、フレッドの動向を知るため、ソニーの愛人、ルーシー・マンチニをラスベガスに送った。
(P93~P180=Netflix:127~133分/177分、22は映画シーンなし) 
 
〇ドン・コルレオーネが停戦協定を提案した真のねらいとは?
〇シシリーでも危険が迫りつつあったマイケルを、無事にアメリカ
に戻すための驚くべき工作とは?

                 20
   
 サンティノ・コルレオーネの死は、国じゅうの地下組織に激しい衝撃をもたらした。ドン・コルレオーネの回復も伝えられ、五大ファミリーの首領たちは、来るべき復習戦に備え、防衛体制におおおわらわとなった。
 だが、五大ファミリーの下には停戦を申し出る使者が派遣された。最初はだれもが疑いを抱いた。ドン・コルレオーネは息子の仇を討つために大虐殺の準備を企てているのか?しかし、ドン・コルレオーネは自分にそのような心のないことを明らかにした。ボッキッキオ・ファミリーの協力を要請したのである。ドン・コルレオーネはボッキッキオ一族を交渉人に雇い、停戦会議に出席するすべてのファミリーに人質を預ける用意をした。何人といえども彼の誠意を疑うことはできなかった。
 ドン・コルレオーネに恩義を受けている銀行の頭取の命令により、土曜日の午前、深々とした革張りの椅子が備わり外部から完全に遮断された銀行の行政室が、ファミリーの使用に供されたのだった。
 午前11時、会議室には人があふれはじめた。ニューヨークの五大ファミリーに加えて、全国から10のファミリーの代表が集まることになっていた。ドンの多くは助手としてコンシリエーレを連れてきていた。
 トムは、ボスのドン・コルレオーネに仕えていた。尊敬の念をもって、ドンに冷たい飲み物を運び、シガーに火をつける仕事を行っていた。ある意味でホスト役であるドン・コルレオーネが最初に到着した。次には、米国南部を活動範囲にしているカルロ・トラモンティが到着した。トラモンティはキューバのバチスタ政権に渡りをつけ、ハバナの賭博場や売春宿といった娯楽施設に金を注ぎ込み、アメリカ本土から大勢のギャンブラーたちを呼び寄せた。今や大富豪となり、マイアミビーチにおいて最高級のホテルを経営していた。
 他のドンも次々に到着していた。彼らはお互いに、社交あるいはビジネスを通じて何年越しかの付き合いがあった。次に到着したドンは、デトロイトから来たジョセフ・ザルーキだった。地味な服装で、まったくの実業家といったふうで、それに相応しい心からの思いやりをもっていた。ドンは、ザルーキを支持者とみなすことができた。
 次に到着した2人のドンは、同じ車で西海岸からきた。40代初めという若さであった。フランク・ファルコーネは、映画組合と撮影所内の賭場、売春組織を支配していたが、仲間のドンたちから信用されていなかった。アンソニー・モリナリはプロのギャンブラーであり、麻薬密輸にも関係していた。彼らの付添い役は、顧問役ではなく、ボディーガードだった。
 ボストンのファミリーの代表が次に到着した。仲間に尊敬されていないドンはこの男だけだった。彼は配下の者に不正を働き、彼らを冷酷に裏切る男として知られている。名前をドメニック・パンツァといった。
 ニューヨークの五大ファミリーの代表者たちが最後に到着した。トムは、この5人の男が、地方からやってきた“田舎者”に比べてどんなに堂々として印象的なことかと心を打たれた。
 ニュージャージー地区と、マンハッタン西部の港湾業務を支配しているのは、アンソニー・ストラッチだった。勢力は一番劣っていたが、彼は気立てのよい男だった。オッテリオ・クネオが率いるファミリーは、ニューヨーク州北部を支配し、カナダからの密入国の手はずを整え、賭博場を取り仕切り、競馬場の州認可制に対し拒否権を発動していた。彼は陽気で憎めない男だった。


 タッタリア・ファミリーの最も親密な同盟者は、ドン・エミリオ・バルツィーニだった。ブルックリンとクィーンズにいくつかの賭博場を持ち、何軒かの売春宿を経営していた。スポーツ賭博、麻薬にも関わり、西海岸、マイアミやキューバにも利権を持っている。彼はおそらくドン・コルレオーネに次いで最強だった。ドン・コルレオーネに代わり、マフィアのリーダーになることが彼の野望だった。ドンの持つ温かみはなかったが、冷酷な力強さを持っており、仲間のうちで一番“尊敬される男”だった。
 最後にドン・フィリップ・タッタリアが到着した。彼はソッロッツォを支持してコルレオーネの勢力に真っ向から戦いを挑み、それにほぼ勝利をおさめたタッタリア・ファミリーの首領である。彼は仲間内では多少軽んじられていた。ソッロッツォの言うなりになっていたことが知られているからであった。主な商売は売春業で、国内のナイトクラブの大部分を支配しており、売春業がファミリーの主な収入源だった。
 ドン・コルレオーネとフィリップ・タッタリアは、二人とも今度の戦闘で息子を失っていた。30分ほど経つと、ドン・コルレオーネは自分の席に着いた。これを合図に、他のドンたちも席に着いた。
 ドン・コルレオーネは、まるで何事もなかったかのように話し出した。「皆さんのご出席を感謝します。…さてまず最初に、わしは口論したり説得せんがためにここにいるのではなく、ただ事の理を明らかにして、そして道理をわきまえた人間として、われわれすべてにとって利となるところを誠心誠意話し合い、気持ちよくお別れせんがためにここにいるのだということを申し上げたい。わしはこれを約束します。そしてわしをよくご存じの方は、わしが軽々しく約束するような人間ではないことをご承知と思います。さて、それでは本題にとりかかりましょう。…」ドン・コルレオーネはため息をついた。
 「いったいどうしてこんなにまで事態は進んでしまったのだろう? いや、それはどうでもいい。馬鹿げたことがたくさん起きた、非常に不幸で、全く不必要なことだった。だが、まず起こった事柄をわしの見るままに述べさせていただきたい」ドンは続けた。自分の健康が回復したこと、今度の事件は自分の息子が無分別で強情すぎたこと、ソッロッツォの麻薬に関するビジネスの要請を、尊敬を払い、礼儀をつくしてノーと言ったこと、ソッロッツォが生計を立てる邪魔はしないと話したこと、彼はそれを悪意にとり、われわれに不幸をもたらしたことを。
 ドン・コルレオーネは、トムに冷たい水をくれという身振りをし、それを口にすると、話を続けた。「わしは喜んで停戦しよう。タッタリアは息子を失った。わしも息子をなくした。あいこです。…事態を元に戻しましょう。わしは息子を殺した者を知るための手段をまったく何も取っていない。わしには家に帰れない息子がいます。わしは彼が無事に戻るためには、いかなる妨害も、また警察に逮捕される危険もないという保証を得ねばなりません。いったんこれが約束されれば、もろもろの問題について話をすることができるでありましょう。わしが望むのはそれだけです」見事な演説だった。

ゴッドファーザー191会議⑥

ゴッドファーザー184会議➄

 エミリオ・バルツィーニが最初に発言した。ソッロッツォとタッタリア・ファミリーは、ドン・コルレオーネの援助なしでは新しい仕事に手が出せなかったこと、判事や政治家たちを自由にあやつれるのはドン・コルレオーネだけだということ、それをわれわれに使わせないというのは、友人のやることではないこと、コルレオーネがニューヨークの判事を全部だきこんでいるのなら、われわれにも彼らを役立たせるべきだということを。

ゴッドファーザー193会議⑦


 ついに、ドン・コルレオーネが答えた。悪意から断ったのではないこと、拒絶しなければならなかった理由は、将来、麻薬商売が自分たちを滅ぼすからだと考えたこと、判事や役人、警察でさえも麻薬がかかわりあってきたら、助力を断ること、自分に助力を頼むのは、自分に危害を加えるのと同じだということ、しかし、みんながそうするほうがいいと考えるのならば、喜んでその意見に従うことを。
 ドンは、重要な点を譲歩した。ソッロッツォの最初の提案をここに集まったみんなが賛成するのなら、彼はほぼ完全にその提案を呑もうとしているのだ。彼は、その保護の力を、法的な分野でふるうということにとどまるのだろう。それにしても、これは恐るべき譲歩だった。
 ロサンゼルスのドン、フランク・ファルコーネが口を開いた。麻薬商売を止める手立てがないこと、面倒が起こらないようにするために、自分たちが乗り出すのはそれ程間違ってはいないこと、統制力と保護と組織の力が必要なことを。
 コルレオーネに好意的なデトロイトのドンも、今は友の見解に異を唱えた。麻薬商売を止める手立てがないこと、そうであればこの商売を自分たちで支配して恥ずかしくないものにすべきということ、子どもには売らないこと、黒人相手に取り引きするつもりであることを。この演説は、大きな賛成のざわめきをもって迎えられた。
 すべてのドンが演説し、ついに全員の意見が一致した。麻薬商売を認め、ドン・コルレオーネは東部でそれになんらかの法的な保護を与えなければならない。むろん、バルツィーニとタッタリアの両ファミリーが最も大規模な商売をすることになる。この問題に片がつき、会議はより広範な関心ごとに移ることができた。ラスベガスとマイアミはすべてのファミリーが商売できる自由都市とすることに意見が一致した。
 最後に、ドン・バルツィーニがこの会議を締めくくろうとした。「これで討議は全部終了した。…ドン・コルレオーネに、心からの敬意を表したい。…」
 だが、フィリップ・タッタリアがしゃべりはじめた。ドン・コルレオーネから、安心できる明確な停戦の保証を示してほしいということを。ドン・コルレオーネが長く人々の記憶に残り、彼らのあいだで最も思慮深い政治家としての地位を再確認させた演説をしたのは、まさにこの時だった。その演説で彼は、チャーチルの“鉄のカーテン”に比べられるほど有名になった文句を披露した。

ゴッドファーザー188タッタリア②

ゴッドファーザー183会議④

「もし、理性というものがなかったならば、われわれはいったいどんな存在だろう?しかし、われわれは理性を持っている。…なんのために、わしがまた暴力や混乱を引き起こすというのだろう?わしの息子は死に、それは不運だった。そしてわしはそれに耐えねばならない。…そこで名誉にかけて申し上げよう。わしは決して仇討ちを求めない。…わしは曇りなき心を抱いてここから去るつもりです。
しかしながら、われわれはこの国で幸運をつかみ、すでに子どもたちの多くはもっとよい人生を見つけている。…おそらくあなた方の孫たちは新しい世界の指導者となることでしょう。…拳銃や殺人や大虐殺の時代は過去のものです。…」 

ドン・コルレオーネはさらに言葉をついだ。「そこでわれわれは、外からの干渉を防ぐために結束しなければならない。…今わしは誓う、充分根拠のある理由や極度の挑発なくしては、ここにおられるどなたにも指一本上げることはないだろう。…しかし、わしにはひとつ私的な関心事があるのです。わしの一番下の息子は、ソッロッツォと警部殺害の罪を着せられて逃亡しなければならなかった。今わしは、この誤った嫌疑を晴らし、彼が無事に帰れるよう準備を整えなければならない。これはわしの個人的な問題であり、わしはその準備をするつもりです。…しかし言わせていただきたい。わしは迷信深い人間なのです。万一、末の息子に不幸な事故が起こったり、万一、警官が偶然息子を撃ち殺したり、万一、息子が独房で首をくくったり、万一、有罪を証言する新しい目撃者が現れたりするようなことがあれば、それは、ここにおられるどなたかが今なおわしに抱いている悪意の結果だ、とわしは頑固に信じ込むことでありましょう。さらに言わせていただきたい。息子が稲妻にうたれても、わしはここにおられる誰かを非難することでしょう。万一、彼の飛行機が海に落ちたり、彼の船が波の下に沈んでも、万一、彼が助かる見込みのない熱病におかされたとしても、万一、彼の車が列車にぶつかっても、わしは恐ろしく迷信深いので、ここにおられるどなたかが抱いている悪意を非難することでしょう。みなさん、そのような悪意、そのような不吉な巡り合わせをわしは決して許すことができない。しかし、それはさておき、わしは停戦協定を破るつもりはまったくないということを、わしの孫たちの魂にかけて誓わせてください。」

ゴッドファーザー189バルジ―二

ゴッドファーザー182会議③

 ドン・コルレオーネは席を離れ、ドン・フィリップ・タッタリアの席へとテーブルを回っていった。二人は抱き合って頬にキスをかわした。まわりにいる他の首領たちは拍手喝采し、立ち上がってだれかれかまわず手を握り合い、ドン・コルレオーネとドン・タッタリアの新たな友情を祝った。
会議の後、ドン・コルレオーネは、フレディが世話になっているサンフランシスコのモリナリ・ファミリーのドンを引き止め、礼を述べた。モリナリの話では、フレディはホテル経営の才があるという。コルレオーネは、フレディのために尽力してくれたサンフランシスコのドンに、競馬に関する情報網を供することを約束した。この約束はまさに金の贈り物であった。
ドンとトムと、運転手がロングビーチの散歩道までもどってきた時には、あたりはすでに夕闇に包まれていた。ドンは夕食の後でもう一度家へ来るようにと言って、トムを引き取らせた。ドンの指示を受け、トムは午後10時にクレメンツァとテッシオにドンの事務室に来るよう伝えた。ドンが最初に口を開いた。
「今日の午後、わしは停戦の協定をした。…しかし、あの友人たちはそれほど信頼するわけにはいかない。…まだ当分警戒は解かないでおこう。」ドンは、トムのほうに顔を向けた。「ボッキッキオの人質は放したかね?」トムはうなずいた。「家に帰るとすぐクレメンツァに電話しました」クレメンツァはうなずいてみせた。ドンは、自ら酒を作り、各々に手渡した。そして話を始めた。

 ソニーの身に起こったことは、忘れてしまわなければならないこと、ほかのファミリーと協力していきたいこと、マイケルをつれもどす方法が見つかるまでは、停戦をやぶらないこと、心配なのは、五ファミリーではなく、警察だということ、マイケルが心配しないでもどれるよう、特別な手を打つ必要があることを。そして、続けた。これからは3人に徐々に仕事を任せていくつもりであることを伝えた。トムには、ラスベガスに送る者を選ぶこと、フレッドの様子を報告することを。トムが、フレッドに2・3日家に帰るように言うかドンに尋ねると、ドンは首を振った。「なんのためにだ?あいつは向こうに留まらせておけばいい」彼らは、フレディが父親のこんなひどい不興を買っているとは思っていなかった。それには何か彼らの知らない理由があるにちがいなかった。
 解散する潮時だった。男たちは立ち上がり、トムがクレメンツァとテッシオを車のところまで送っていき、家の中にもどってきた。疲労の深いしわが刻まれた顔で、ドンが言った。「今日のわしの行動に何か不満はあるかね?」
 「いいえ。でも、あれが首尾一貫しているとは思えません。…」ドンの顔に満足の表情が浮かんだ。「いや、君はほかの誰よりもわしをよく理解しているな。…君の言うことはどれも本当だよ。…しかしトム、一番重要なのはできるだけ早くマイケルをつれもどさなくてはならないということだ。…金はいくらかかってもかまわん。…」トムが言った。「あなたと同じように、私も本物の証拠より、奴らがでっちあげる証拠のほうが心配なんです。それに、逮捕された後で警官がマイケルを殺すかもしれない。独房で殺すか、囚人に殺らせるかもしれません。われわれが思うに、われわれは彼を逮捕させても、あるいは告訴させてもまずいんです」ドンが言った。わかっているが、あまり手間取っていられないこと、シシリーで面倒が起きていて、マイケルが窮地に陥ることもあること、息子の安全を確保するために停戦しなければならなかったことを。そして、続けた。バルツィーニが関係していることを。トムは、度肝を抜かれた。「彼が初めからずっとソッロッツォとタッタリアの裏にいたっていうんですか?」ドン・コルレオーネは、ため息をついた。「タッタリアはたかが淫売屋のおやじだ。サンティノの敵ではない。だからこそわしは、事件の真相を探ろうとしないのだ。バルツィーニが事件に首を突っ込んでいた、それだけわかっていれば充分なのだよ」 
 最後にドンが言った。マイケルを家につれもどす計画に知恵をしぼることクレメンツァとテッシオの電話の一覧表をドンに渡すよう手配することを。ゴッドファーザーの胸の内では、将来を見越した巧妙でしかも複雑な計画が練れており、今日の後退が単に戦術的なものにすぎないことは疑う余地がなかった。

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 しかしながら、ドン・コルレオーネが息子のマイケルをアメリカへ密入で
きるようにしてやるまでには、さらに1年近くの月日を擁したのだった。この問題に解決を与えたのは、ボッキッキオ・ファミリーであった。

 銀行不正事件に絡んで、フェリックス・ボッキッキオという男が事件の首謀者に仕立てられ、3年の刑に処せられた。フェリックスは釈放後1年間は平和に暮らしていたが、ボッキッキオ一族の人間であることを証明した。彼は、まず拳銃を手に入れると、彼を陥れた弁護士仲間を撃ち殺した。それから、彼を首謀者に仕立てた二人の実業家の頭に次々に鉛の弾丸を打ち込んだ。
 裁判は簡単で無慈悲なものだった。社会の声はフェリックス・ボッキッキオを電気椅子へ送れと叫びたてた。
州知事は、彼に対するいかなる寛大な措置も講じないことを明らかにした。ファミリーは、一族の誇りとなっている男のために、上告の労をとっていたが、裁判を長びかせることはできても、いずれ電気椅子で死ぬという事実だけはいかんともしがたかったのだ。
 この事件にドンの注意を向けさせたのは、トムであった。フェリックスをなんとか助けられないかと、ボッキッキオの者がトムを訪れたのだ。ドンは、男の依頼を断ったが、ファミリーの首領を散歩道に呼び寄せるよう、トムに命じた。ドン・コルレオーネは単純明快に提案した。フェリックスの妻と子供どもたちに相当額の年金を支払うが、フェリックスはソッロッツォとマクルスキー警部の殺害を自供することを。(マイケルをアメリカに戻すため、フェリックス・ボッキッキオが身代わりとなった)
 すべての手はずが整えられた。フェリックスの自供はすべての新聞の見出しとなって現れた。計画は大成功だった。しかし、何事にも慎重を期すドン・コルレオーネは、4ヵ月後にフェリックス・ボッキッキオが実際に処刑されてから初めて、マイケル・コルレオーネを故郷に連れ戻す指示をしたのだった。

                
                22

 ルーシー・マンチニは、ソニーの死後1年経った今でもなお、彼の思いにひたっており、いかなるロマンスいかなる恋人よりも彼の死を嘆いていた。彼女は、ソニーがこの世で愛の行為を可能にしてくれるたった1人の男性だという何よりも切実な理由のために、彼の死をいたんでいるのだった。
 1年経った今、ルーシーはネバダの爽やかな空気の中で、日光浴をしていた。彼女の足もとでは、ほっそりとしたブロンドの青年が彼女の足の指をもてあそんでいた。ルーシーの反応に、ジュールズはにやりとした。彼の手の下にあるのは生きた肉体であり、生きた肉体は別の生きた肉体を必要としているのだ。
「ジュールズ、お願い、やめて」ルーシーが言った。彼は手を引っ込め、ルーシーの柔らかな太ももに頭を置くと、目をつぶった。
 ルーシーは、コニー・コルレオーネの婚礼の日における自分の“愚かな行い”を、決して後悔してはいなかった。それどころか、彼女はその後の何か月間か、何度となくその味をかみしめていたのだった。
 ソニーが彼女のアパートを訪れるのは1週間に1度だった。二人はいつも、心ゆくまでお互いを貪りあった。彼らは常に獣のように直截であり、また獣のように粗野であった。彼らはアパートの玄関口で立ったまま初回を終え、ベッドの上では再び、同じ行為が繰り返された。彼らはほとんど16時間ものあいだ、いつも素裸のままで過ごすのだった。彼が酒を取るために立ち上がり、彼女のそばを通ったりすると、ルーシーは思わず手を伸ばし、彼の身体の特別な部分に手を触れ、煽り立てずにはいられなかった。特別な部分は、あたかも精巧でかわいらしい特別製のおもちゃのようで、驚くほどの歓喜の表情をたたえながら、すぐにも反応を示してくるのだった。二人のあいだにあるのはあくまでも動物的な天真爛漫さであったが、彼らはそれで満足しきっていた。
 ルーシーは、ソニーの死を新聞の記事で知った。その夜、彼女は大量の睡眠薬を飲み、病院にかつぎ込まれた。トム・ハーゲンが見舞いにやってき、いろいろと彼女を慰めてくれたのは、この時だった。ソニーの弟のフレディが経営しているラスベガスのホテルに職を見つけてくれたのも、トム・ハーゲンだった。
 ラスベガスに来てからすでに18ヶ月あまりが経っていた。ソニーを思い出して寝つけない夜は、一晩じゅう、ソニーの思い出に浸りながら我が身を慰めているのだった。だが、ラスベガスの生活は彼女の好みに合っていた。
 トム・ハーゲンがルーシーの様子を見にやってきたのは、6ヶ月してからだった。トムは、ルーシーに対して収入の面での支援を取り決め、彼女は同意した。トムはまた、フレディとフレディのボスから目を離さないように頼んだが、その時は、「じゃあ、トム、あたしにフレディのことをスパイしろっていうの?」と彼女が訊き返してきた。トムは笑みを浮かべて言った。「ドンはフレディの身の上を心配しているんだよ。彼はどうやらモー・グリーネと付き合いがあるようだし、われわれとしては、彼が面倒に巻き込まれるのを未然に防ぎたいと思っているだけさ」
 ドクター・ジュールズ・シーガルがホテル付きの医者としてこのホテルにやってきたのは、彼女がトムと会ってしばらくしてからだった。彼は言った。「腕を前に伸ばしてごらんなさい」彼女は手首の腫れ物を診てもらうために、ドクターの診察を受けた。
 その後数か月のうちに、彼女はドクター・ジュールズと心を許した親しい友人になっていた。だが、2人のあいだにセックスはなく、それゆえそれは本当の愛ではなかった。ルーシーがそれを許さなかったのだ。
 今、プールサイドでジュールズの金髪の頭を膝にのせて座りながら、ルーシーはたまらなく彼をいとおしく感じていた。やがて、ジュールズの専用のコテージに2人で入ると、ジュールズは彼女の身体に手をまわし、素早く水着のブラをはずすと、豊かな乳房を愛撫し、キスを浴びせ、ついで水着の下の部分を取りはずすや、身体じゅうにキスの雨を降らせ、丸いお腹から太ももの内側へと舌をすべらせていった。やがて彼は立ち上がると自分の水着を脱ぎ捨て、2人は素裸で抱き合ったまま、ベッドの中にころがりこんだ。ルーシーは彼が自分の中に入ってくるのを感じ、それだけで、それがちょっと触れただけで、彼女はクライマックスに達しそうになった。ルーシーがされるがままになっていると、彼は再び、情熱的なキスと共に彼女の中に入り込んできた。今度は彼女も感じることができた。
 ジュールズの身体が離れると、ルーシーはベッドの片隅に身を縮めて泣きはじめた。ジュールズはやさしく彼女に言った。
「…。君の容器が人並みはずれて大きく、男性のペニスに必要な摩擦を与えられないからといって、自分を性的不具者だなんて考えてはいけないんだ。…いずれにしてもこれはよくある例で、簡単な手術で治せるにもかかわらず、それを知らずに惨めな人生を送っている女性が多いんだね。…これから君の身体を診察して、どの程度の手術が必要か教えてあげよう。さあ、シャワーを浴びておいで」
 ルーシーはシャワーを浴びて戻ってきた。ジュールズは辛抱強く彼女を説得し、ベッドの上に足を広げてあおむけに寝かせた。彼は今や完全な医者になりきっており、彼女の中に指を差し入れ、それをあちこち動かしたりしながら診察を進めていった。ジュールズはやがて彼女をひっくり返し、片手で首筋をやさしくさすりながら肛門に指を差し込んだ。それが終わると、彼は再びルーシーをあおむけにし、唇にそっとキスをして言った。「ベイビー、君のあそこをまったく新しく作り変えてあげようね。それからこのぼくがためしてみるんだ…。」
 ジュールズの態度にはたくまざるユーモアと愛情があふれており、ルーシーはもはや恥じらいも当惑も感じてはいなかった。ジュールズはルーシーをもっと気楽にさせてやろうと考えた。
「オーケー、君の秘密はこれでわかったから、今度はぼくのを話す番だね」ジュールズは、自分が堕胎医でつかまったこと、コルレオーネ・ファミリーが今の仕事をくれたこと、フレディ・コルレオーネはこれまでに5人の女を妊娠させていることなどを話した。
 2週間後、ジュールズ・シーガルはロサンゼルス病院の手術室で、友人のドクター・ケルナーが彼女に手術を施すところを見守っていた。ドクター・ケルナーは、自信にあふれた手つきで、しかも慎重に手術を進めていった。ケルナーは熟練の医師らしく、見事な手さばきで手術を終了した。
 翌朝、ジュールズがルーシーを見舞いに病院に行くと、先客がいた。フレディと、あのジョニー・フォンティーン、もう1人は大柄のイタリア男で、名前をニノ・バレンティと言った。ジョールズはジョニーの声が妙にしゃがれているのに気づき、それと一緒に、この男がもう1年以上も公開の場で歌をうたっていないことや、映画のほうでアカデミー賞をもらったことを思い出した。「風をひいたような声をしてますね。」「なあに、ただの疲れですよ」「医者には見せなかったんですか?簡単に治るものかもしれませんですよ。最後に専門医に見せたのはいつなんです?」ジョニーは明らかにいら立っていたが、ルーシーの手前、癇癪を抑えるようにして言った。「そう、1年半ほどになるかな」
 ジョニーは、ニノの勧めもあり、ジュールズに喉の診察をしてもらった。ジュールズは腫瘍かも知れないと疑っていたが、診断はイボだった。
 手術から1ヶ月して、ルーシー・マンチニはラスベガスのホテルのプールサイドに坐っていた。片手にはカクテルを持ち、もう一方の手は膝の上のジュールズの頭を撫でていた。
「今夜はすごい夜になるぞ。なにしろぼくは、自分の手術の結果をためすという、医学史上最初の外科医になるんだからね。いわゆる手術前、手術後というやつだ。雑誌に論文を発表するのもいいな。…」
 やがて彼らがホテルの一室にもどっていくと、シャンペングラスの横には宝石箱があり、その中には大きなダイヤモンドの結婚指輪が入っていたのだった。「ぼくが今度の手術にどれだけの自信をもっているか、これで分かったと思うけどね」ジュールズは言った。「さあ、ためしてみるかな」
 ジュールズはあたうかぎりやさしく、愛情深く振る舞った。ルーシーは初めのうち怯えが先に立ち、彼女の身体は彼に触れるたびにひくんと震えていたが、しばらくするうちにそれも治まり、やがて彼女は。身体の奥底から、今までけいけんしたこともないような激しいうねりが湧き起ころうとしているのを感じ取った。1回目が終わると、ジュールズは「ぼくの言ったことにまちがいなかったろう?」と囁き、ルーシーも「ええ、ほんとね、ほんとね」と囁き返した。それから二人は声を立てて笑い合い、再び愛の行為に取りかかった。(続く…次回は9/14<月>に投稿予定)

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