プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #3 【目覚める脅威】 4

「やはり似ているな、あの屋敷に……」

 赤い絨毯が敷き詰められた広い廊下を歩きながら、メノウは静かに独りごちた。その景色は、彼女がアンバーの奪還に向かった屋敷のそれに明らかに酷似していた。

「チャーミング・フィールドは心の中の現れだという話だが……なぜ彼女がこの屋敷を? 何か関係があるのだろうか……」

 そこまで考えてから、メノウは自らを顧みた。彼女のチャーミング・フィールドは月夜の草原だが、彼女の人生のどこをとっても、そのような風景に心当たりはない。

「……いや、ただの思い過ごしかもしれないな。それにしては出来すぎている気もするが」

 メノウは気を落ちつけるようにそう呟くと、改めて歩を進めていった。何度か突き当たった角を曲がっていくと、やがて目の前に大きな扉が現れた。

「……ここか」

 メノウは直感的にそう感じ取ると、扉を静かに開いて入室した。そこは長いテーブルが中央に置かれた大広間で、煌びやかなシャンデリアの下に様々な料理が並んでいた。扉から一番離れた席を見やると、薄紫色の髪の美しい女性が一人、優雅に食事を楽しんでいた。

「これは中々の味を出してますね……あっ、これはどうも」

 その女性、タンザナはメノウの姿に気が付くと、手にしていたナイフとフォークを置いて会釈した。

「……何やってるんですか、タンザナさん」

 メノウが思わず心情を吐露すると、タンザナは不思議そうに首を傾げた。

「何って……腹が減ってはお腹が空くと言いますし」

「いえ、聞いたことありませんが……」

「そうですか? もしかしたら、私が間違って覚えてるのかもしれませんね」

 あてどなく続く胡乱な会話の中で、メノウは内心舌を巻いていた。チャーミング・フィールドにやってくる直前、通りでプリンセス・クルセイドを挑んできた時の彼女は、普段とは別の意味で様子がおかしかった。だが今は、すっかりいつもどおりのおかしさに戻っている。

(……相変わらず先の読めない人だ。一体何を考えてるんだか……)

 理解しがたい彼女の言動に、メノウは眉根を寄せた。

「どうしたのですか、メノウさん? あっ、もしかして……」

 その表情を見て、タンザナは何かを思い立ったように呟いた。そしてテーブルの上の皿に手を伸ばすと、おもむろにメノウのほうに掲げてみせる。

「……いりますか? 美味しいですよ」

「いりません。それよりも、そろそろ闘いを始めないと」

 あくまで呑気なタンザナにメノウは遂にしびれを切らし、視線で離席を促した。

「ああ、そうでした。そうでした」

 タンザナはそれでようやく思い出したのか、手にしている皿の上の料理を一口つまむと、口元をナプキンで丁寧に拭いてからゆっくりと立ち上がった。

「ここには闘いに来たのでしたね。私としたことが、つい目の前の御飯につられてしまいました」

「そこは特に意外とは思わないのですが」

「あら、手厳しいですね」

 メノウの指摘に対して、タンザナは余裕を見せるように微笑んだ。そして腰から聖剣を抜き放つと、静かに体の前で構えた。

「さあ、始めましょうか。先程も申しましたが――」

「負けたくなかったら勝つしかありませんね」

 タンザナの言葉を途中で引き取り、メノウが応戦の構えに入る。

「ええ、そのとおり! ウォンバットさん!」

 まずはタンザナが機先を制し、剣を一振りした。すると、虚空から茶色い毛並みのウォンバットが出現した。

「ウォン」

「ゆきなさい! ウォンバットさん!」

「ウォン」

 タンザナの決断的な指示に従い、ウォンバットは一声鳴いてから走り出した。そしてそのままの勢いで飛び上がると、鋭い爪を輝かせながらメノウに襲い掛かっていく。

「ふんっ!」

 メノウはその動きを慎重に見極めながら、剣の柄でウォンバットの胴体を横から殴りつけた。ウォンバットは呆気なく墜落され、突撃の勢いそのままに大広間の床の上を転がっていった。やがて回転が止まると、ウォンバットはよろよろと立ちあがった。そしてメノウを一瞥したかと思うと、踵を返して逃げ出し、タンザナの豊満な胸の中に飛び込んだ。

「ウォン」

「ああ、可哀そうに。よしよし、怖かったですね。まったく、メノウは乱暴者でいけません」

 そう猫撫で声をかけながら、タンザナは震えるウォンバットを優しく抱き締めた。

「……真面目にやってくれませんか?」

 最早完全に視線を切ってしまったタンザナに、メノウは非難じみた声をかけた。

「真面目に? それはやや心外ですね。メノウさん、貴女も人のことは言えないのではないですか?」

「……どういう意味ですか?」

 思いがけないタンザナの返答を聞き、メノウは思わず身構えた。タンザナはウォンバットを床に下ろすと、剣を構え直しながら言葉を続ける。

「闘いに集中できていないのは私だけじゃないということです。ウォンちゃんを撃ち落とした後、なぜ得意の高速移動に入らなかったのですか?」

「……なるほど。一理ありますね」

 メノウはタンザナを肯定し、自嘲気味に笑ってみせた。

「しかし、それはこれから始めても同じこと……ではないですか!」

 メノウはタンザナを挑発しながら、素早く剣を引いて謹聴させた。すると聖剣の能力が発動し、メノウは高速移動の世界へと突入した。そしてすかさず大地を蹴ると、正面からの反撃を念入りに警戒しつつ、大きく膨らみながらタンザナの右側から攻め込んでいく。

「はあっ!」

 目にも止まらぬ斬撃が、無慈悲にタンザナの聖剣を打ち砕く――メノウの目論見ではそのはずだった。

「がぁっ!」

 だが刃と刃が触れ合う瞬間、謎の壁に阻まれたかのように、メノウの体が弾き飛ばされた。その反動で彼女は宙を舞い、きりもみ回転しながら料理の乗ったテーブルの上に叩きつけられた。付近の皿や燭台が、その衝撃で床に落ちて砕け散る。

「くっ……これは……い、一体?」

 メノウは痛みの中で自分を強いて立ち上がり、テーブルの上で身構えた。視線の先では、こちらの存在に気が付いたタンザナが体の向きを代えて正対していた。その金色の瞳が、一瞬妖しく輝いた。

「そうしてそこにおられるところを見ると、どうやら作戦が上手くいったようですね」

「作戦?」

「斬撃波ですよ」

 身を固くするメノウに向かって、タンザナは得意気に自らの剣を掲げてみせた。

「貴女が聖剣を狙うのは分かっていたので、高速移動に入った瞬間に、剣から斬撃波を発生させていたんです」

「……なるほど。私はそれに正面からぶつかってしまったというわけか」

「ええ。どうやら貴女は聖剣の能力を完全には制御できていないようですね」

 余裕綽々に語るタンザナの声のトーンが、不安を煽るかのように徐々に低くなっていった。

「いけませんね、そんなことでは。聖剣の能力は完全に使いこなしてこそです」

「その口振り、まるで貴女が……」

「そう、まるで私が聖剣を自在に使いこなせるかのように聞こえますね。その感覚、非常に正しいですよ。マンティコアさん!」

 暗い闇の底から聞こえるかのような声を響かせながら、タンザナは再び剣を振るった。すると、虚空から巨大な影が現れ、メノウを押しつぶすかの如く降ってきた。

「ちっ!」

 メノウが咄嗟に横っ跳びでその場を離れた直後、それまで彼女のいたテーブルが、影の重みで粉砕された。再び皿や燭台が乱れ飛ぶ中で、メノウは体勢を整えながらその巨影を捉えた。

「なっ、バカな……」

 その姿に、メノウは言葉を失った。彼女の目の前には、巨大な有翼の獅子が鎮座していたのだ。その鋭い爪や牙は、先程のウォンバットの何十倍も大きく、不気味に輝いており、尾の先には毒針が付いていた。

「では、そろそろ貴女の敗北の時です。私の経験から言えば、敗者の90%は勝利を収められないようです! 覚悟なさい!」

「グルワァァッ!」

 背中に飛び乗ったタンザナの掛け声に答えるようにして、マンティコアが唸りを上げた。それを聞いたメノウの心には、最早それまでのようにタンザナの言葉の胡乱さに気付く余裕はなくなっていた。

5へ続く

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プリンセス・クルセイド

王子の結婚相手を決めるため、少女たちは剣を取る。剣と魔術で闘うファンタジーです。
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