死ぬほど好きなひとがいた。

本当に、死ぬかと思った。
色んな感情であっぷあっぷで、いつ窒息してもおかしくない1年間だった。

2年前、18歳だった私は、世界のほとんどが憎くてたまらなかったような気がする。
古い表現だけれど、とにかく私は、男を知りたかったのだ。
小学校中学年頃に他人とのコミュニケーションが苦手なことに気がつき、できるだけ殻に篭もって過ごしてきた。
中学校三年間で私の下の名前を認識していた人は何人いたのだろう。
十代前半をいわゆる「スクールカースト最底辺」の中で生きてきた私は、多くの人がそうある様に、キラキラした恋愛物語に憧れた。
「異性に求められてみたい」という欲求は、私の心の多くを蝕んだ。
非常に残念なことに、クラスの片隅で誰にも気付かれずに生活しているあの子が、学年一のイケメンに「おもしろいやつ」と言われることなど、現実にはないのだ。
分かっている。分かっているけれど、それならこの現実世界でイケメンに求められる女というのは、たぶん、顔が可愛いか、声がでかくて主張が激しくて、彼らの言うところの「ノリがいい」やつなのだ。
残酷なことに、私はそのどちらも持ち合わせていない。
つまり、この、おもしろくもない窓際学生生活に甘んじるしかなかった。

私だって、求められてみたかった。
誰か、私のことを、できれば、私だからこそ、求めてほしかった。
現実にはないと腹を括りながら、私はまだどこかで期待していた。
「おもしろいやつ」と言いながら片方の眉根を上げ、薄ら笑いをする道明寺司を。

とにもかくにも18歳になってしまった私は、その異常なほど膨れ上がった欲求を抱えながら、世界に恨みつらみを吐き散らすことしかできなかった。
周りはどんどんと女になってゆく。
同じラインに立っていたはずのあの子もあの子も、自慢げな顔で男と並んだ写真をInstagramに上げる。
大学生になってしまったのである。
つまりは、そういうことなのである。

もう無理なんだ。
どうせ私は誰にも求められず、処女のまま死んでゆくのだ。それならそれでもういいだろう。
汚れなき身を天に捧げ、あの世で尾崎と結ばれよう。(当時、私は尾崎豊に激ハマリしていた)
と思っていた頃だった。
彼と出会ったのは。

彼は同い年のバイト先の人だった。
不思議な人だった。
私に興味があると言ってくれる人だった。
同じ大学、同じ学部で、ちょっとした縁を感じさせてくれる人だった。
笑うと出る八重歯が、少しやんちゃっぽくて可愛かった。
身長が高くて、テニスサークルに入っていて、なんだか、スクールカースト上位の雰囲気を持っていた。
だから、彼の誕生日会に参加した時、彼とLINEが続いた時、忘年会で隣の席になった時、
窓際女子の私は、もう既にあっぷあっぷになりそうで、心の中では「やめてくれよ」と思っていた。
思っていたけれど、同時に期待していた。
もしかしたら、彼こそが道明寺司かもしれない。なんて。

私が19歳を迎えた日に、彼と私は交際を始めた。
結果的に、彼は私の道明寺司だったらしい。
私は初めて、私の心を侵食していたあの欲望を果たすことに成功したのだ。

とにかく、初めて尽くしだった。
そして全てが、求めていたものだった。
つまり、幸せだった。
満たされていた。
私達は毎日毎日連絡を取り合い、空いている時間はほとんど全てお互いのために使った。
次第に彼は、私の全てになってしまった。

私は、本当につまらない女になった。
つまらない女というのは、自分がない女という意味だ。
趣味だった観劇や読書に費す時間はなくなり、授業もサボり気味になり、暇さえあれば彼との次のデートプランを考えるばかりの生活を送った。
しかしそれは私にとって、幸せな退化だった。
あんなにも自分大好きで、自分さえ良ければそれでよかった私が、もう彼以外何もいらないのである。
それは、不思議と、泣けるほど幸せなことだった。
幸せすぎて、もうたぶん、あまりうまく息ができていなかった。

気がつくと、彼と付き合って1年と少しが経っていた。
彼との交際は、正直そう順調なものではなかった。トラブルは尽きなかったし、その殆どが同じような内容だった。
私から彼への不満である。
内容は大したことではなかった(お金の使い方を改めてほしいとか、デートプランを考えて欲しいとか、飲み会に行く時は直前でもいいので連絡が欲しいとか)けれど、
私はなんだか、すごく疲れてきていた。
彼に口やかましく言ってしまう自分にも、何度言っても変わってくれない彼にも、うんざりしていた。

私は次第に自分を取り戻しかけていた。
それは、夢から醒めかけているような感覚だった。
私のために、彼とは一緒にいられないような気がしてきた。
そして、彼のためにも。

しかし、これが本当に残酷なことなのだが、
私は彼が、本当に、死ぬほど好きだったのだ。
死んでもいいくらい、好きだったのだ。

けれど、1度取り戻しかけた自我を無視することはできなかった。
私は、私のために行動することこそが是だと知ってしまった。

そこから、長い時間がかかったが彼とは別れた。
しかし、問題はここからで、私は以後、彼と彼の思い出という亡霊にひどく悩ませられることになる。
実はそれは現在進行形で、
正直、私はまだ、彼が好きだ。とても残酷なことに。
けれど、モトサヤに戻りたいとは思えない。
別れたことが間違いだとも思えない。
けれど、好きだ。
まだ、死ぬほど好きなのである。

何故だろう。
それはやっぱり、異常に肥大化した憧れと欲望を、生まれて初めて満たしてくれた人だからなのだろうか。
彼は、ただの「はじめての人」ではなくて、やっぱり私の中では、道明寺司なのかもしれない。
だって、道明寺司は唯一無二じゃないか。
いや、花沢類だって唯一無二だけども。
つまり、何が言いたいかは自分でもよくわからないけれども、死ぬほど好きだったあの人が、今日もまだ消えてくれない。

季節は変わっていくし、彼が私にくれたものや、彼が触れた私の服、彼のお気に入りのクッションも、もう私の部屋にはないのに。
彼のことを、どんどん忘れていくし、私はだいぶ自分を取り戻して、元気に世界を1人で生きているのに。

彼が初めて私を見て声をかけてくれた時のこと、「話してみたかったんだ」とはにかんだ笑顔が、まだ消えない。
彼は本当に、おもしろいやつだった。

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