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詐欺とスリと泥棒と。

ロンドンに住むようになって14年。
これまで、まったく安全だったわけでもない。

まずは泥棒。
家を買って初めての夏。

庭がある家をみんな勧めてくれたし、最終的に選んだ家を、いい選択だったともいってくれたけれど。
唯一の心配は、それが地上階ということだった。

イギリスの窓については以前どんな種類があるかを書いたが、我が家はビクトリア時代に建てられた家なので、通りに面した窓はベイウインドウで、それぞれがサッシウインドウになっている。

今はもう新しい窓にすべて入れ替えたのだが、当時は木製のオリジナルの窓で、鍵といえばねじ込み型の錠が真ん中に一つついているだけ。
いや、そもそも錠だなんだといっても、ガラスは強化ガラスでもワイヤ入りでもない。
悪意をもってやってくればパリンと一発だ。

「だから、窓の前には重めの植木鉢を置くといいよ。飾りというよりも、それによって入りづらくなるからね」

そうアドバイスを受けた。

けれど。
その夏の日。
朝起きたら、フラットの玄関が開いていた。
おかしいと思って、通りに面した部屋にいくと。
窓が全開になったまま、そこにあったパソコンも、iPodも、Kindleも盗まれていた。
植木鉢は端に動かされ、そこには大きなスニーカーの足跡が。

衝撃的。

盗まれたショックというよりも、最初に思ったのは、すぐ隣の部屋で自分がぐっすり眠りこけていたこと。
まったく気づかなかったということもだし、下手に出くわして刺されたり殴られたりしなくて良かった、と思った。

何より悲しかったのは、そしてちょっと笑えたのは、その部屋にたまたま置いてあった、文明堂のカステラが盗まれていたことだった。
深い藍色の包み紙に包まれた細長くどっしりした四角いモノは、きっと泥棒の目にはなにか高級なものに移ったんだろう。
せっかくその前の週に日本から来た友達がくれた貴重なおみやげ。
なんですぐに食べてしまわなかったんだろうと本当に後悔した。

警察を呼び、すぐにおまわりさんがやってきた。
といっても最初っからメッセージは明確だ。

「このレベルでは、犯人を積極的に捜査はしません。
保険の請求のためにはこの損害レポートを使ってください。もしもこの先、盗品がどこかから見つかった場合には連絡します」

そうなのか。

どうやら、クレジットカードのような固く薄いものをサッシ窓の間に滑り込ませ、強い力で押すと、古いネジ込み錠は開けられることがあるのだという。

表から覗き込み、カーテンの間から電化製品の充電の小さな明かりが見えると、窓が開けられそうか調べ、盗みに入る。
イギリスのビクトリア朝の家ではよくある手口なのだそうだ。

興味深いことに、その後すぐ、私のKindleからゲームのマニュアル本が購入されたと通知がやってきた。
私は、警察に連絡し、また大慌てでAmazonに連絡を入れ、アカウントを止めてもらった。

これで、犯人追跡になにかつながるのかも。そう思って警察に再び連絡。
けれど、どうやら、結局何も進展はないようだった。

眠りが浅くなる日々が続き、
通りに面した部屋にはタイマーで電気がついたり消えたりするようにし、
夜には決して電化製品を置かないようにした。

数年後、窓をすべて入れ替え、二重ガラスで割られぬように。
鍵の数も増やし、隙間から押せない形のものにした。そして、外から中を覗けないようシャッターをつけた。
それでも、やはり、電化製品はその部屋にはもう放置しない。

ある日、BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」で、最近イギリスに横行するスリの手口というのを特集していた。

ちなみに、この「パノラマ」とは、邦題「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」でジャニー喜多川の小児性愛と幼児虐待を暴いた番組でもある。

最近のスリの手口とは。
ブティックでたくさんのハンガーにかかった洋服を手にもって、ショッピング中の客に近寄る。

カメラや警備員の目を逃れるために、ハンガーにかかった洋服をつかって手元を隠し、ショッピングに夢中の客のカバンやポケットから携帯や財布を抜き取る。
そして洋服を棚に戻して足早に逃げ去ってしまう。

すごいなあと感心していたら、まさに自分がそれをニアミス経験することになったのだ。

テレビを見てから1年くらい経っていた。

時間潰しに、H&Mでぷらぷらと洋服をみていたら、右のポケットにカサリと動く感触がした。
サッと目をあげると、何枚もの洋服の隙間から指が私のポケットの中の携帯に触れていた。

瞬時に体を動かし、その指の持ち主にキッと目をやる。
敵もさすがの心臓だ。バレたときにはこうすると決めているのだろう。

「あら、ぶつかっちゃったわね。ごめんなさい!」

二コリ。

「いいや、ぶつかった以上の何かが起こってましたよね?」

私は思い切りにらみ、そう返した。しかし、なんせ証拠がないのはわかっている。
彼女はすーっと私から離れたが、いくつものハンガーは手にかけたまま。

私はわざと携帯をポケットからだし、彼女の方角をあからさまに写真に撮った。
もし彼女が騒いだら、逆に店員にセキュリティカメラを確認してもらえると思ったからだ。
が、その様子を見て彼女はそのまま店外へと去っていった。

私は、近くにいた店員に彼女の写真を見せ、一応レポートした。
何がされるわけでもないとは思ったけれど、BBCで取り上げるほどのスリの手口がこの店でも行われていると知り、警戒されるだけでも意味があるだろう。

そのためかどうかはわからない。
でも、そのあと店の前を通ったら、ガタイのいいセキュリティのお兄さんが立つようになっていた。

コロナとウクライナでの戦争以降、ものすごい勢いで物価が上がり、どんどんと治安が悪くなっている。

近所の店たちはこれまで開け放っていたドアを営業中も閉めている。
わざわざ開けて入ることで、逃げづらくするためらしい。

そんな中。
とうとうネットショッピングでやられてしまった。

友達のプレゼントにと注文したペット用品が、いつまでたっても発送されないのだ。
普通だったらオーダー確認の翌日くらいには宅配便業者のリンクがくるはずなのに、全く音沙汰なし。

クレームのメールには最初こそ返事がきて「もうすぐ発送します」「発送しました」というものの、結局、発送の証拠はまったく送られてこないまま、時間が過ぎていった。

うぬぬ。
意図的か。

調べたら、この「Not In The Dog House」という犬用ペットショップは、発送しない詐欺行為を頻繁にしているということで、BBCの、今度はThe One Showという情報番組で取り上げられていたということがわかった。

がーん。

金額はそこまで大きくない。
でもきっと大きくないからあきらめる人がたくさんいて、それを積み重ねているのだろう。
ちっ。そう思うと、このまま泣き寝入りなんて絶対にしたくなかった。

さっそく、支払いをしたVISAカードを発行している銀行に連絡し、詐欺にあったので返金をしてほしいというレポートをした。

オーダーの写しや、サイトの情報などいろんなことを書き入れるので、少額のためにそこまで面倒くさいことするかといえば、そうだけど。

やっぱり、そのままにしておくことが我慢できない。

さて、このお金はかえってくるのか。

とりとめもない、ロンドンでの犯罪話。
とはいえ、ありがたいことに、ケガや命にかかわるような危険にであったことはない。

だから、あれもこれも、いいレッスンになったと思っている。
悔しいけれど。

<追記>
ペットショップの送品不履行についてはクレジットカード発行の銀行から、返金の通知が無事にやってきた。ふう。
銀行の保険なんかじゃなく、ちゃんと極悪ペットショップに鉄拳がくだりますように。

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。