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おかえり

クリスマスになるとかならず観る映画がある。「Love Actually」だ。

日本で最初に観たときには、英国首相役のヒュー・グラントとデパート店員役のローワン・アトキンソンくらいしか分からなかったけれど、イギリスに引っ越したあとは出演している俳優たちがこの国のオールスターキャストなのだということがわかった。

映画は空港に始まり、空港で終わる。
到着ロビーで抱き合い、再会を喜ぶひとびとの姿。

今日、私は、ヒースロー第3ターミナルの到着ロビーにいた。

2年前、ちょうどコロナの行動制限のさなかに日本に帰任したYちゃんが、久しぶりの出張でロンドンにやってくる。

「なにか欲しいものがあったら、持っていくからいってね」

控え目に、梅干しとネコのおもちゃと…とアマゾンで頼んで彼女の家に送ったところ、「これだけでいいの?段ボール箱用意してあるんだから、もっと頼んで大丈夫だよ」と背中を押してくれた。
結果、Yちゃんの出張の荷物に15キロもの段ボールと、大きすぎてサイズ外チェックインが必要な洗濯物干しの箱が加わった。

パリにもいかなくてはならないYちゃんに、そんな荷物を持って移動させられない。
だから、ロンドンに着いたらすぐそのずっしり重い段ボール箱を受け取るべく、私は到着ロビーで彼女が出てくるのを待っていた。

その間、コーヒーを片手に、唐草|てんやわんやスペイン暮らしさんのnoteを読んでいた。
私は気になった方の投稿をさかのぼって読みふけるストーカー読者タイプなのだ。

唐草さんのコロナ真っただ中からスタートする投稿は、おりしもYちゃんがちょうどロンドンを旅だっていったタイミングに重なる。

2年前。
5年の駐在期間を終えて、いよいよYちゃんが日本に帰るというタイミングでコロナがヨーロッパに拡がった。
あれは帰国前々日だったと思う。突然、イギリス全土のロックダウンが発表されたのだ。
Yちゃんはずっと住んでいたフラットを引き払い、引っ越し屋さんに全ての家具や荷物を渡し、あとはスーツケースを持ってホテルに移動するだけだったはずの日。ロックダウンを理由に、いきなり予約を一方的に取り消され宿泊拒否されてしまったという。

「いくつも他のホテルもあたったけれど、現住所がロンドンにあるから泊められないっていって、どこも受け入れてくれないの。日本に帰任するんだって事情を話したけど、自分たちがペナルティを取られちゃうからって。でも、こんな状況じゃ他にだれも頼める人なんていないよ。本当にごめん、リスク高いお願いをしてるのは重々承知してます。でも泊めてもらえないかな?」

半泣きでそう連絡があった。

厳密にいえば、ロックダウンに抵触していたのかもしれない(その時は一人暮らしのひとの特例はまだ発効しておらず、同居していないひととは屋外で2m以上離れてしか会えなかった)。

けれど、まさか女性を、しかも、ロックダウンになっているロンドンの街に放り出して野宿させられるわけがない。
あわてて、ソファベッドを用意し、玄関で除菌タオルで手を拭いたりしてもらって迎え入れた。

今から振り返れば、そのルールを決めた首相のボリスこそがロックダウン中にパーティーしていたくらいなのだから、なんたることかという気はするけれど。

そして、出発の日。
もちろん私は空港に見送りに行くこともできない。
彼女は何とか手配できたタクシーで、ヒースローに、そして日本に、発っていった。
なんと寂しい帰任だろうか。

ロックダウン中、医療従事者のひとのためにケーキを焼いたこと。散歩ルートでコーヒースタンドに通うようになったこと。
あの特殊な時間の間に起こったいろんな記憶が、空港でYちゃんを待つことで、そして唐草さんのnoteを読むことで、頭をめぐった。

長かったなあ。
あの閉鎖的な日々。

羽田からの飛行機が着陸して40分ほどたち、ようやく到着ロビーにでてきたYちゃんの姿を認めたとき。
思わず、柵に足をかけて伸びあがり、手をぶんぶん振ってしまった。

おかえり!

サンセバスチャンの旅で感じたのと同じ、「その前」の時間と、「いま」がつながったような気持ちがした。

おかえり。

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。