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お盆の帰省はカタラン流

8月の終わりに、ふたたび私はスペインを訪れた。

今年3月にもいった、バルセロナの南側のエリア。そう、友達の住むところだ。

イギリスの一年間の祝日は8日しかない。
元旦、イースターの金曜と月曜、5月の第一月曜、8月の最初と最後の月曜日、そしてクリスマスとその翌日。

イースターは日付が毎年変わるので忘れがち。
5月の休みも気がついたら来週じゃんという感じ。
でも、8月のお休みは最近カラダが覚えてきた。だから一か月くらい前に思い出してフライト検索をした。
ふむ。どこにいこう。
ずっと寒いロンドンを離れて、せっかくなら夏を感じるところがいいな。

「ちょうど水曜日は地元のお祭りで夜11時から花火があがるよ。そのあと11時半くらいからパフォーマンスする予定だし、よかったらくる?」

暑いといえばスペイン。
そういえば3月には、今度はハイキングもいいねなんて話してたっけ。そう思ってヌリアに連絡すると、こんな返事が返ってきた。

お祭り?
いくいく!

まったく事前の知識なく訪ねたそのお祭りは、とてつもなく面白いイベントだった。

まず、旧市街のお店が、いつもと違ってビニールシートで覆われていた。
まるで台風が来る前の日本の雨戸のように。

おかしいな、3月の時にはそんな不景気な感じはしなかったのに、閉店しちゃったお店がそんなに多いのかな?

その謎はやがて解明する。

Fiesta Major (カタルニア語はMajor、スペイン語ではMayor)。
直訳すると「メインイベントのお祭り」。

シチェスの場合、街の守護聖人である聖バルトロメの日を祝うお祭りだ。

聖バルトロメと聖テクラの像。この巨大なカップルが街を練り歩く
大きさと服装の違う3バージョンがあって、それぞれ異なる文化の衣装なのが面白い

音楽にダンスにと街中が賑わうが、なかでも特徴的なのが「火祭り」の要素。
海岸ではたくさんの花火が打ち上げられ、旧市街の細い小径を、口と尻尾から火を吐くドラゴンと、棒にくくりつけた花火を振り回すその手下の悪魔たちが練り歩くのだ。

もくもくと上がる煙、ロケット花火の音。私は火花が来ないところにいたが、興奮した観衆はがんがんと「厄除けの火花」を浴びにいく
煙の中から現れる「悪魔」たち
次から次に花火を差しては振り回す
花火を補給するワゴン

だから、火花が引火しないよう、小径の家々やお店が自衛のためにカバーをしていたのだ。

「バス停に到着したらそのまままっすぐ広場にきてね。そこでやってるから」

ヌリアは芸達者なので、ロンドンでも地元のミュージカル劇団で歌ったり踊ったりしていた。
彼女の「パフォーマンスするから」は、なにをすることなんだろうと思っていたら、それは楽器演奏だった。
本当に多彩な才能をもつひとだ。
バンドの中で彼女が担当するのはオーボエよりも少しキーが少ないカタルニアの管楽器。ティブレ(Tible)というらしい。

ティブレ

そして、この「コブラ」と呼ばれる11人編成のバンドが演奏をしていると、ほわっといつの間にか地元の老若男女が手を取って輪を作り、皆で統率されたステップを踏み始める。

これは、「サルダナ」というダンス。
本格的に競技会があったりもするし、同時にお祭りで夜通し地元の人々が輪をなして踊りあかすものでもあるらしい。

サルダナの輪

「簡単よ、たった5つの動作だもの」

そういってヌリアや地元のおばさんがデモンストレーションしてくれたが、いやいやなかなか。見ると簡単そうだけれど、やるととても難しい。
しかも両腕を常に肩の高さに上げたまま。意外と疲れる。

「むりむりむり!迷惑かけられないもん、端っこで見てるわ」

常に同じではなく、途中で曲に合わせて止まったりもするので、知らずに飛び込んだ酔っ払いは左右の人の動きを邪魔して混乱させたりしていた。
シラフの私に飛び込む勇気はない。

一曲やって、少し休んで、また一曲。
そのたびに違う輪ができる。時には2つ3つ。ぐるぐる。ぐるぐる。
深夜過ぎても34℃のムンとした空気。見ているだけでも汗だくだ。

家に帰ってきたのは夜2時過ぎ。

ここちよい疲労感とともに、なんとなく懐かしい気持ちがあることに気づいた。
なぜだろう。
そう思って気が付いた。

ムンとした湿気と暑さの中、太鼓のリズムに合わせて山車やパレードが街を練り歩く様子、ひとびとが調和した踊りをおどる様子。
これって、日本のお祭り、盆踊りじゃないか。

汗をかき、扇子で仰ぎながら見上げる花火は、まさに日本の夏、そのものだ。

伝統衣装を着たその年のミス、ミスターシチェスが練り歩く。
歩くほうも見るほうも扇子をパタパタ、汗だくだ。

今日、この記事を読んでいて、さらにその思いを強くした。

日本の夏。
祭りの高揚感。一体感。
外気の熱気と、ニンゲンが起こす熱気。
高らかに響く笛や腹に染みてくる太鼓の振動。
終わった後にもじんわりと残るもの。

ドンドンドンと深く染みる太鼓。
高らかなお囃子の音。

そうか。

イギリスでは花火は冬のイベントだ。
11月のガイフォークスデー(1603年にカソリック弾圧に反発したテロ計画が失敗し処刑されたガイフォークスの人形を燃やし花火をあげるお祭り)、冬にインド系の祝うディワリ、そして年越しのカウントダウン。これがイギリスの花火のイメージ。
冬のキリッとした空気にあがる花火はクリアで美しい。
けれど、やっぱりなんだかちょっと違う。

カタルニアで、湿気を疎いながら、扇子をぱたぱたさせて見上げる花火は、私の中にしみこんでいた日本の夏の記憶とガッチリ重なった。

地元の盆踊りで太鼓を叩いていたこと。
おじいちゃんと一緒に地元の神社まで山車を引いて練り歩いた記憶。

それが、地元としてイベントに参加しているヌリアのおかげで、観光客の目線だけじゃないものになったから。
老若男女が輪になって同じ振りつけを踊るところ。おじいちゃんおばあちゃんが、子供たちにステップを教えている様子。
シンプルな笛や太鼓の音。

二つが重なって思えたのだ。

「あらあら、おかえりなさい」

寝坊した翌朝、ヌリアのご両親のおうちを訪ねると、お母さんとお父さんが温かく迎えてくれた。

花火と、踊りと、湿気と暑さ。
そして、にっこりと受け止めてくれる暖かい笑顔。

東京の実家はいまやロシアを避けて13時間もかかるところになってしまったけれど、ここに、こんな風に歓迎してくれる人たちがいる。

まるでお盆に帰省したような気持ちだった。







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