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イースター食い倒れ-その5:最後はふりだしにもどる

この旅行中、移動は基本的にレンタカーだった。
Mちゃんが音楽担当、Nちゃんがカーナビ入力、そして私が運転。

「音楽、どんな感じにしましょう?」

ビルバオ空港を出たはスパニッシュギター演奏を流していたものの、じゃっかん眠気をさそう。
やっぱり歌えるものがいいかなということで、昭和歌謡にしてみたら。
最初に流れてきたのが「圭子の夢は夜ひらく」。
Spotify、おそるべし!

そのまま、裕次郎、美空ひばり…と流し続け、ピンクレディーを合唱し、次に来たのが「365歩のマーチ」だった。

しあわせの 隣にいても
わからない日もあるんだね

この歳になると沁みる歌詞。

今回旅している三人は年代はまちまち。でも、みんな、親と一緒にNHKの歌謡ショーなどで耳にしてきた曲だから、歌ったりハミングしたり。
日本との距離が広がってしまったこの時期に、スペインの風景を見ながら久しぶりに聴く昭和歌謡には、なんだかグッとくるものがあった。

そして。
引き続き昭和歌謡の流れる車で、私たちはサンセバスチャンの街を後にした。
むかうは、そう。
初日に行った魚レストランである。

来る前の段階で予約ができなかったので、ざっくりと、最後の日はフランス国境側のオンダラビアで創作ピンチョスを食べるか、再び同じ漁港に戻るか状況次第だなと思っていた。
初日のヒラメにみんな大満足だったし、月曜日の予約もできたので、満を持しての再訪だ。

「またきたよー!」

金曜日ほどではないものの、やはり人出の多い中、開店直後のレストランはすでに半分以上お客さんが入っていた。
前とは違い、おにいちゃんもおばちゃんも、みんなニコニコの笑顔で迎えてくれる。
と、金曜に対応してくれたおにいちゃんが、ちょっと待てという仕草をみせ、奥に誰かを呼びに行った。
やって来たのは、白いシャツの五十前くらいのおじさん。

「テーブルはここでいいかい?」

流ちょうな英語で確認された。

「え、この人英語ペラペラですよね。もしかして、私たちが予約したから、今日のためにバイトさん採用してくれたんですかね」

Nちゃんが真顔でいった。
まさかあ。
Mちゃんと私は笑った。

次の瞬間、白シャツおじさんが、こういった。

「きみたち、日本人なんだろ。おれ、8年くらい前に日本に行ったことがあるんだぜ。トーキョーからシンカンセンに乗って、オーサカ、キョート、コーベ。いやあ素晴らしい国だった!」

えっ。
もしかして本当に「求む。英語が話せて、日本好きのあなたに最適!一日限定短期のお仕事です」みたいな?

笑っていた私たちも、Nちゃんのアイディアにやや洗脳されてきた。

「で、飲み物は何にする?ビール?アサヒ?サッポロ?」

ウインクしながら、白シャツさんが続けた。

「うわ、サッポロしってるの?通だね。私、札幌育ちなの!」

そうMちゃんが笑顔で返す。
白シャツさんは、

「ホッカイドーには行けなかったけどいつか是非行きたいんだ。俺たちには冬は寒すぎそうだから夏にね。でも、俺の一番の街はキョートさ。なにしろムラカミの出身地だからね」

といった。

間違いない。
日本好きのバイトさんを雇ってくれたんだ。

か、どうかはわからないが。

英語が話せる白シャツさんのおかげで、メニュー選びも金曜よりもっと楽しくなった。
メルルーサのグリルとメルルーサの頬肉は何が違うのか。
エビをまた頼んだら多すぎか。
二つのサラダの違いはなにか。

そして、ふたたび充実のランチとなった。

「あー、おいしかった。どうもありがとう」

最初に予約をとってくれたおにいちゃんに、帰りがけ声をかけた。

私は、そうだ、ここを念押ししておかなくちゃと続けた。

「ね、今度から、私たちなら電話でも予約を取ってくれる?」

それは同時に、「私たちもあの密かに存在する特別なお客さんリストにいれてくれる?」という意味になるだろうと予測していた。

金曜日の「いやあ、電話予約はねえ…」というあいまいに濁した表情がまた返ってくるかもしれないとは思っていた。

「うん、僕の名前をいって、知りあいだっていってくれよ」

おにいちゃんの返事はニッコリ笑顔。
おお!やったー!

でも、どうやってそれが私たちからの予約だってわかってもらえるのか。

「トレス ハポネッサス(三人の日本人女性)っていえば、もう店中みんな誰が来るのかわかるさ」

ハハハハハハハ!
後ろで聞いていたおばちゃんも、
白シャツさんも、
そして私たちも大笑い。

よし、さっそくブルーノにこの暗号を報告しておかねば。

てことは、またこの三人でおいしい魚を食べに戻ってこなくっちゃね。

そういいながら、私たちは、うつくしいビーチを見下ろす駐車場から、車を発進させた。

さあ、すっかりリフレッシュした気持ちとともに、ロンドンに、日常に、かえろう。

いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。