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往復書簡⑧小齋→清尾「勝ち点1の価値」

清尾さん、お疲れさまです!
2007年5月23日(水)、ACLグループステージ最終節・対シドニーFC戦。
キックオフは19:30、入場者数は44,793人。
清尾さんが
「この年のグループステージで最多でした。水曜日にこの人数はすごいと思います。」
と書かれていましたが、「ああ、やっぱりそんなにすごかったのか」というのが最初の感想です。

「やっぱり」と記したのには理由があります。
実は、試合前日の公式練習後の帰途、電車内にてある外国人記者と一緒になりました。彼の顔は練習会場で見かけてもいたのでシドニーFCの取材に来たのだろうと踏み、ちょっとした情報交換程度の気持ちで話しかけてみたのです。
具体的に何を話したかは、正確には覚えていません。
おそらくは、シドニーから来たのか? 日本は、埼玉の印象はどう? チームの調子は?といったことだったかと思います。
先方からは、「あなたは地元の記者なのか?」と問われ、「Yes」と答えました。
その流れで、あるお願いをされたんです。
試合当日、キックオフ直前にシドニーで放送されるラジオに電話で生出演してくれないか?という依頼でした。
ちょっとだけ面倒だなと思いもしたのですが、断るのも可哀想だし、何かの原稿のネタになるかもというスケベ心もあって(笑)、承諾。携帯電話の番号を伝えました。

さて、当日です。
キックオフの数分前に電話がかかってきました。
例のアレだなと思って出たのですが……。
オチを言ってしまうと、スタジアムの声援にかき消されて、相手が何を言ってるのか聞き取れず、おそらくは先方もこちらが何を喋っているのかわからないという状態に。仕方ないので1分もたたずに電話でのリポートは終了してしまいましたが、スタジアムの特別な雰囲気だけは伝わったのではないかと思います。

DFラインを中央で統率した堀之内(撮影:清尾 淳)

さて、肝心の試合について。
レッズの先発は都築・坪井・堀之内・ネネ・山田・啓太・阿部・相馬・伸二・ポンテ・ワシントン。
長谷部と永井はベンチスタート、闘莉王・達也はケガで療養中というチーム状況。

レッズのキックオフで始まった試合、シドニーの出方はホームでの1戦目と比較すれば慎重なものでした。
シドニーは決勝トーナメントへと進むために勝ち点3が必要だったとはいえ、得失点差は無関係。1-0での勝利で充分だったわけです。しかも今回はアウェイゲームですから、当然と言えば当然の立ち上がりだったと思います。
一方のレッズは、良い流れが出来そうなところでイージーミスが出て好機を作り出せない展開。
34分には自陣ゴール前フリーでのヘディングシュートを許しますが、ミートしきれなかったボールは都築がしっかり守り事なきを得ました。
「両者一歩も譲らず」ではなく「両者いま一歩踏み込めず」な様相で、前半は0-0で終了します。

90分間、危なげないゴールキーピングをみせた都築(撮影:清尾 淳)

後半は時間の経過と共に【攻めるシドニー・守るレッズ】という構図が明確に。レッズは3バックに加えて両サイドハーフもDFラインに入る時間が多く、攻撃はワシントン・ポンテ・伸二の3人でという形。
この形が奏功したのか、シドニーに好機をほとんど与えないままでした。
そして周知の通り、この試合は0-0のスコアレスドローで幕を閉じることとなります。
たとえば相手の絶好機を守備陣が防いだ場面などがあれば、それを書くのですが、この試合はそれもないんですよね。そもそも決定機を作らせなかったという意味では、チームとして上手く相手を抑えた試合だったと言えるとも思います。
終盤のパワープレーもしのぎ切り、レッズは勝ち点1を獲得。
全6試合を終えて2勝4分0敗。
2つの勝ち星の大きさについてはもちろんですが、はじめてのACLで「4分0敗」というのは非常に価値のある結果だったと思います。
ハードスケジュールの中で勝ち点1を積み上げてきた粘り強さの集大成と言えるのが、ホームでのシドニー戦だったのかもしれませんね。
この結果、グループFの川崎フロンターレと共に、レッズはJリーグ勢として初となるACL決勝トーナメント進出を果たしました。

ACLグループステージ突破を果たした選手たち(撮影:清尾 淳)

往信にて清尾さんが試合の記憶として「ヒマだった」と記されていたのと同様、正直なところ、私もこの一戦への印象は薄いと言わざるを得ません。
そんな中で、ひとつだけ強く記憶に残っていることがあります。
試合終了の瞬間のオジェック監督です。

戦いの終わりを告げる主審の長い笛が鳴ったとき、ピッチ上の選手たちもスタジアムのファン・サポーターたちにも喜びはあったにせよ、それは「爆発的」と呼べるほどのものではなかったと思います。
少なくとも私が現地で感じていた空気はそういった、「中途半端」と評しても差し支えないようなものでした。
しかし、オジェック監督にとっては違ったようです。
試合終了のホイッスルが鳴った直後、監督はメインスタンドへと振り向き、両手を高く掲げてガッツポーズを見せる――。

有体に言ってしまえば、「さしたる見せ場がないまま0-0で終えた試合だったけど、オジェックさん随分と派手に喜んでるな」というのが、私のそのときの率直な感想でした。

引き分けでも大丈夫というのは、清尾さんも往信にて書かれていた通りサッカーにおいては「両刃の剣」という状況ですよね。
少し大げさに言ってしまいますが、おそらくは世界中のサッカーに関わる人々の多くが、カテゴリーの上下・レベルの高低を問わず、その難しさを我が身のものとして経験したことがあるのではないでしょうか。
そしてそれは、このとき浦和レッズを率いていたホルガ―・オジェック監督も同じだったのかもしれません。いや、我々のような素人よりもよほどその困難さを知っていたにちがいありません。

試合前日、公式会見でのオジェック監督(撮影:清尾 淳)

試合前日の2007年5月22日、練習後の公式会見。
「引き分けでも決勝トーナメント進出となるが?」という問いに、監督はこう応じています。

「引き分けでいいということには、今はじめて気がつきました」

指揮官がその程度の現状認識ということは絶対にありえませんから、監督なりのジョークだったのでしょう。
その後、こう言葉を続けています。
「我々が考えているものは、勝ちか負けかしかありません」
うがった見方かもしれませんが、これはメディアに対しての監督からのメッセージだったのではないかと思います。
「引き分けでもオッケー!」という雰囲気を作ってくれるな、という。

クラブはアジア制覇を、そしてそのためにもまずはJリーグ勢初となる決勝トーナメント進出を果たすことを目標としてきました。
大きな目標を果たすための第一歩を成し遂げたあの瞬間、メインスタンドに向けて両腕を高々と掲げたオジェック監督。
あのときだけは、一瞬でもその重圧から解き放たれていたのかもしれません。

(了)

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