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「死刑にいたる病」感想:本当に「外側」で生きたいの?

昨日「死刑にいたる病」を見てきたので雑感でも。
※ネタバレとかは配慮しません。

はじめに

良い映画だったと思います。
テーマは「社会の内側と外側」といったところですかね。
使い古されたネタですが、色々考えさせられるところがありました。

ただ、物語については正直イマイチだったかな…。ネットでも「阿部サダヲやばかったけど面白くはなかった」みたいな意見が散見されますし。

まあ表面的な部分なので、それは別に良いですけど。

社会の「内側」と「外側」

この映画を見る前に押さえておきたいのが、社会には「内側」と「外側」があるということです。

社会の内側と外側の境界には「法律」があり、つまり「社会の内側を生きる」ことは「法律を守って生きる」こととイコールになります。一方、「社会の外側を生きる」ことは「法律を守らずに生きる」こととイコールになります。

本作ではこの「社会の内側」と「法の外側」の対比が描かれます。もちろん「社会の内側」の象徴は主人公・雅也であり、「社会の外側」の象徴は殺人鬼・榛村大和です。

「内側」の窮屈さ

作中では、雅也の生活はかなり鬱々としたものとして描かれますが、これは「内側」の窮屈さを表現するためです。

教育熱心な家庭に生まれ、中学時代は遊ぶ時間をすべて塾通いにつぎ込んだものの、高校に入ってからは落ちこぼれ、現在はFラン大学でぼっち生活…という分かりやすい負け組ライフ。

「勝ち組・負け組」の価値観ははそもそも社会の内側でだけ発生するしょうもないものですが、それが全てだと思い込んでいる雅也のような人間にとっては、この生活はとても辛い。

雅也は周りの人間は全員バカだと思っているクチですが、そういうことにしないと耐えられないんでしょう。周りを貶めれば、自分の価値は相対的に高まり、大げさに言えば「特別な存在」になれますからね。

「外側」への羨望

そんな雅也のもとに、殺人犯として収監されている榛村から手紙が届き、面会に来てほしい…というところから雅也の生活が変わり始めます。榛村との面会や事件を通じて、雅也は「社会の外側」に触れ、強烈に意識するようになっていきます。

榛村は「外側の象徴」として描かれており、とても分かりやすく異常です。
榛村は7年間に渡って24人を殺害し続けましたが、周囲の人間には一切気取られないどころか、高い知能を活かして魅力的な人物を演じ、清く正しく充実した社会生活を演出し続けていました。

これは榛村がただの犯罪者ではなく、犯罪者の中でも異常な存在(言い換えれば「特別な存在」)であることを示す、重要な要素です。窮屈な「社会の内側」から逃れたい雅也にとって、そんな榛村の姿は途轍もなく自由に見えたのではないかと思います。

隣の芝は青く見えます。
そこが檻の中であろうと、血まみれであろうと、です。

「外側」にいたる儀式

そんなこんなですっかり「外側」に魅了されてしまった雅也ですが、ここで「榛村が自分の父親だった」という新事実が発覚します。最終的には榛村の嘘だと分かるのですが、これがダメ押しになります。

目の前にいる「特別な存在」は自分の父親かもしれない。ならば自分も「特別な存在」かもしれない。そうなれるかもしれない…と、雅也の中で現実味を帯びてしまいます(某アメのCMみたいですね)。

その結果、雅也は道で絡んできたオッサンをボコボコに殴り倒し、首を絞めてブチ殺そうとします。これは榛村の影響で凶暴性が増したのではなく、「内側」から「外側」にいたるための「儀式」と解釈する方が自然です。境界線である法を犯すことで、榛村と同じ「外側」に足を踏み入れることができるというわけですね。

しかし、雅也は殺人に恐れをなして「儀式」から逃げ出します。これが契機となって「榛村が自分の父親ではないこと」を直感的に悟るのですが、同時に自分が「外側」にいたれないこと、言い換えれば「特別な存在」ではないことも理解してしまいます。最後の面会のシーン、雅也は完全に意気消沈した様子ですが、「特別な存在」でないということは、果たして悲観すべきことなのでしょうか。

「外側」の視座

雅也(=内側)の視座では、榛村(=外側)は「特別な存在」であり、同時に羨望の対象です。ではその逆はどうでしょうか。榛村(=外側)の視座から見た雅也は「普通の存在」ですが、それは憐憫や侮蔑の対象なのでしょうか。

榛村は最後の面会で、「こっち側に来たら、もう戻れないよ」と言い残します。この発言には、「内側」への羨望が込められているように思います。多くは語られませんでしたが、榛村の人格形成は幼少期の体験に根差していることが示唆されます。であれば、榛村は自分の意思で「外側」にいたったのではないということになりますから、榛村が「内側」を羨望の対象としていても不思議ではないのかなと思います。

彼はもう、内側に戻りたくても戻れないのですから。

まとめ

なんかつらつら書きましたが、僕の感想はこんな感じです。
物語の部分だけなぞるとイマイチかもしれませんが、普通に良作ですよ。

個人的には途中まで黒沢清っぽいな~と思いながら見てました。
黒沢清だったら雅也は2代目榛村になってたんでしょうけどね。

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