見出し画像

経世済民の占術師

 黒い道士服を着た男が赤いロウソクの灯りの元、印を組んだり小声で呪文を唱えたり、北斗の形に歩いては空中に剣印で何かを書いては、祈っている。

「吾奉太上老君急急如律令!」

 最後に裂帛の気合を込めて男が呪文を唱えると、男の周囲を囲むように、中国風の金ピカの鎧を着た男達が光と共に現れ、話しだした。

「主殿(ぬしどの)、御修行完遂おめでとうございます。これより我ら六甲六丁の神将、主殿の僕(しもべ)としてお仕え致します。」

 道士服の男は剣印を組んだまま、目をゆっくりと開いて周囲を取り囲む神将たちに愛しむように声をかけた。

「神将たちよ、皆揃って来られたのは初めてですね。今日でこの修行も成就して、今日より貴方達と共に道の為に働きたいと思います。ご苦労ですが、このお役目を務められる事であなたたちの神としての位も上がることはご存知でしょう。共に道の為に、また私が道を外れようとする時は助けてもらいたい」
「御意!」
 神将たちは全員揃って返事をすると同時に蹲踞の姿勢を取り、主への礼を取った。

 道士服を着た男は、ゆっくりと頷くと印を解いた。その瞬間に、十二神将たちは一瞬まばゆい光を放ち、そのまま消えた。

 道士服の男は、祭壇上の線香が消えるまで座り、線香が消えると赤いロウソクを消し、道士服を脱ぎ、普段着に着替えて祭壇の部屋を出て、リビングのある二階まで降りて行った。
 この幸徳家は先ほどまで黒い道士服を着ていた幸徳友久が一人で住んでいる。元々が家族で住んでいた家なので十部屋もあり一人住まいには広すぎるが、友久の蔵書だけで五部屋を使っているので、それほど広くは感じない。
 幸徳家は元々は幸徳井と名乗っていたが、それは先祖伝来の土地に井戸があり、それが幸徳井と呼ばれたのを姓にしたという事だが、その土地を離れた時に井という字を外して幸徳と名乗ることになったと、友久の父の友彰から聞かされていた。今の幸徳家には井戸は無いのが残念だと友久は思っている。

 友久はリビングのソファーに寝転びながら、今後の人生をどう生きるか考えていた。
 自分が少年の頃から願っていた修行を成就した今、もう現世に何の執着も残っていない。いつ死んでも何の悔いも無く、七割まで完成させたままで止め置いた玄胎結成の修行を一気に完成させて、肉体を捨てさり霊体である玄胎に霊魂を移し神仙界に帰ろうかと思うばかりだ。しかし、その時にこの家や肉体を誰かに始末を頼まないといけない。さて、どうしたものかと思っては寝返りを打っていた。
 そのうちに疲れ果て、うつらうつらと眠りに入ったが、眠りの中でも意識は一定の感覚を保っている。そこに自分の祭壇が見え、祭壇から渦を巻いた光が輝きだした。すると、十二神将が現れ、
「主殿、小童君の御光臨です」と告げた。
 友久は肉体は寝たままだが、意識の中での自分の姿つまり霊体を白い浄衣に着替え、深く頭を下げて少名彦那大神である小童君を待った。

 天から光の橋が祭壇まで架かり、その橋を一瞬で渡って若い仙人が現れた。
「友久、息災か?六甲の成就、見事であった」
「大神様と師仙水位先生のご教導の賜物でございます。心より感謝申し上げます。」
 友久は頭を下げたまま答える。すると、友久の後ろに光と共に小童君と同じ位の背丈の仙人が現れ、平伏する友久の背を優しく撫でた。その瞬間、友久の全身に暖かい神気が満ちた。
「おお、水位も来たか」
 小童君が喜びつつ言うと、水位と呼ばれた仙人も手を組んで小童君三度拝礼を行ない、

「大神様の愛弟子(まなご)友久へのご親愛をかたじけなく」水位は平伏している友久をちらりと見る。

 小童君は優しくうなづいて、

「友久よ、水位も来たことであるし、面を上げて楽にせよ。」と言った。

「はい」

 友久は顔を上げて立ち上がり、まず小童君に三拝すると、水位の方を向き、また三拝した。

「水位先生、ありがとうございます」

 水位は友久に頷く。

 「友久よ、そなたはもう人間界での望みは無いのか?」

 小童君が静かに問いかけた。

「はい、これ以上は望むべくもなく。」

 友久は困ったような顔をして答えた。

「まだ少し早いのでは無いか」と水位がゆっくりと言った。

「これからはどのように生きれば御心にかないますでしょうか」

 友久は、小童君と水位を見回しつつ言った。

 小童君が友久を見つめて、話だした。

「友久よ、経世済民である。」

 友久は頷きつつも、さらに問いかける。

「具体的には何を致せば良いでしょうか?」

 すると水位が今度は答えた。

「まずは占術で多くの人々の苦しみを祓い、導けば良い。太占は神事の宗源である」

 友久は「わかりました」と頷いた。

 小童君と水位はそれを見て、大きく頷き、その瞬間に光が渦巻いて二人を包み込み、友久の目の前が真っ白になって、何も見えなくなった。

 はっと友久が気づくと、ソファーの上で横たわっていた。

「占術か・・・」

 友久は神道修行や仙道修行の一環として、占術にも造詣は深い。特に気にいっているのは、紫微斗数や六壬、そして干支九星であり、タロットや占星術も嗜んでいる。友久は占術をことさらに人に話すことはなかったが、知人や友人からの紹介で、最近は頼まれれば個人鑑定をする事があり、神戸や芦屋の高級住宅街に住む人々の間で口コミで評判になり、人生相談や家相の相談なども兼ねて、月に数回は自宅に招かれては鑑定を行い、また必要であればお祓いなども行なっていた。その際の鑑定料などは最初はお気持ちでと言っていたので、依頼者が自身で決めた額を受け取っていたが、最初は数万円だったものが、鑑定を受けて依頼者やその家族にある程度良い結果が出始めた頃から一回で十万円を越える事が増えるようになり、友久自身は受け取ったものをそのまま寄付したりして、全部受け取らなくなっていた。

「今のままでは人助けと言っても、紹介だけだとお金持ちの人たちの間だけに鑑定することになってしまった。不特定多数の人々の悩みを聞くためには、これまでと違う系統の人たちと繋がらなくてはならないな。口コミではなく、占い館でも入って人を選ばずにやるのが良いだろうな」

 友久はすぐにテーブルの上に置いてあったMacBookProを開いて、「占い師募集」と打ち込み、検索した。その結果一番上に出てきた「万里眼」という占い館のサイトにメールするとすぐに返事があって、二日後にアメリカ村にあるその占い館で面接をする事になった。

「まさか占い館の面接を受ける事になるとは」友久は苦笑しながら、何をもって行こうかと考え始めていた。

 

 大阪のミナミのアメリカ村は若者の街というイメージで、東京で言うならば渋谷みたいな場所と言えるだろう。幸徳家がある兵庫県の西宮からは車で30分ほどで着く。友久は愛車を駐車場に預け、「万里眼」のある雑居ビルに向かった。大阪で生まれたものの京都と神戸で育った友久は、あまりミナミやアメリカ村には来た事は無かった。大阪独特のゴミゴミした感じやカオスな感じが友久にはあまり合わない気がして、避けてきたところもある。しかし、こういうごった煮感というのはある意味では生命力の脈動する感じでもあるので、清濁併せ吞む事ができるのであれば、有意義な場所なのだろうと友久は肯定的に考える事にした。

 面接の時間より少し早めに着いたので、万里眼のあるビルの真向かいにあるStarbucksでお茶をする事にした。友久は基本的に無愛想なのだが、何故か店員に色々と話しかけられる事が多く、今回も初めて来た店なのに、店員が仕事そっちのけで話かけて来て閉口していた。

 ようやく店員から解放されて席を見つけて座り、店員お勧めのチャイのオールミルクを飲みながら、店の外を歩く人々を友久は観察していた。

 若い男女、仕事をしているサラリーマン、買い物をしているご婦人たち、近所の服屋の店員らしきお洒落な人などが、途切れる事なく歩いている。平日の昼間なのに、たくさんの人がブラブラとしているように見えるが、色んな人生がここにはあるんだなと友久は思った。

 面接の時間が近づいたので、万里眼のある雑居ビルに入るとエレベーターの前は万里眼の占い師の写真などがたくさん掲示してあった。

「うわあ、怪しいな。俺もこんな感じなるのか。ん?巫女の修行をした霊感タロット?巫女に修行なんか今時あるのか?まして巫女とタロットに何のつながりがあるんだそれ。」

 軽いカルチャーショックを受けながら3階にある万里眼までエレベーターに乗り、扉が開くとそこは暗い雰囲気のいかにも占い館という感じだった。

 受付に座っていたやる気のなさそうな女性の元に行くと、「いらっしゃいませ」と気だるい声で答えたので、「14時に面接のお約束をしている幸徳と言います」と言うと、途端に愛想笑いをして「はい、ではこちらの部屋へどうぞ」と奥の狭い部屋に通された。「少しお待ちください」と言われて15分ほど待っていると、ノックされたので「はい」と答えると、さっきとは別の女性と男性が入って来た。

 友久は立ち上がり、

「幸徳友久です、初めまして」

 友久が挨拶をすると、まず男性の方が口を開いた。

「社長の難波です。よろしく。」

 難波社長は占い館のオーナーというよりは、キャバクラの社長という感じの風態だった。占いが好きというよりもビジネスでやっているんだなと友久は直感的に思った。ちょっとチャラい感じで笑顔だが目は笑っていない。

 次に女性の方が挨拶をした。

「マネージャーの山下です。よろしくお願いします。」

 挨拶が終わって、全員座り、面接が始まった。

 友久は持参した履歴書を出し、難波社長はそれを見て質問を始めた。 

「神職さんですか、本物の。」

「一応は。今は専業ではなく、臨時職員みたいな感じで自由にしています。」

「なぜ占い師になろうと思ったですか?」

「人助けの一環です。」

「一応言って置きますが、私は占いを信じていません。ビジネスとして割り切ってやっています。ですから、必ずビジネスとして成り立つように行なって頂きたいのです。占い師の方は占いに固執して、占いの結果をお客さんに押し付けるきらいがありますが、そういうのは絶対にやめて頂きたい。お客さんは占いの結果がダメでも、安心したいのです。お客さんに占いを押し付けないで、ウンウンと否定せずに聞いてあげてください。そうすればお客さんがついて、人気の占い師になれますよ。」

 難波社長の言葉に友久は衝撃を受けた。占いを押し付けない、否定せずうんうんと肯定する。自分が占い師とはこうだと思っていたイメージがガラガラと崩れていった。しかし、人助けと言うならば、それで本当に来る人の心がそれで安心するならば、ここではそれで良いかなと思うようになった。

 「なるほど。とても勉強になりました」

 友久の言葉に実感がこもっているのを見て、難波社長も安心したようだった。

「うちの占い師はほとんど女性なのですが、幸徳先生にはぜひ来てもらいたいと思います。一応ですが、試しに占ってくれますか?」

「もちろんです。何を占いましょうか」

「では、万里眼をこれから大きくしていくのはどうか、成功するかを占ったください」

「わかりました、社長の生まれた年月日を教えてください。」

「昭和46年2月11日です。」

 友久は暦を出し、その日の年月日時の四つの盤を全て出した。それで見ようとするも何か違和感を感じる。少し瞑目すると「偽」という字が浮かんだ。

「社長、その誕生日違うでしょう」

 友久がいうと難波社長が心底驚いたような顔で答えた。

「わかりましたか!?今までこれに気づいたのは先生だけですよ。実は戸籍と実際に生まれた日が違うのです。実際は2月2日なのです。」

「そうでしたか、ご存知かどうかわかりませんが、立春を境に生まれた年の干支や九星が違うのです。11日と2日だと星がずれるのです。」

 難波社長が感心した顔で、うなづいた。

「結論から言うと、万里眼は益々発展して大きくなります。社長が思っているやり方で問題ないでしょう。今は大阪にしかないでしょうが、年々大きく発展していくようですね。その分お金もかかるみたいですが、迷いなく突き進んでください。」

「そうなんです。実はもう二軒オープンさせる話があります。それと毎月の広告費は惜しまず出してまして、毎月ベンツ買えるくらいは使っています。先生にそこまで断言してもらえるなら、もっと頑張ります。」

 難波社長は喜んでいた。友久は広告費に毎月一千万円とは豪気だなと思ったが、それくらい儲かる仕事ということは、それだけ人も来るし、占い師も来るんだなと友久は思った。実際に友久が占い師を辞めてからも年々店舗は増え続け、東京を含めて何十軒と万里眼は全国有数の占い館になった。

 「幸徳先生は見た目も男っぽくて、他の先生とは違う感じなので目立つと思います。鑑定も迷いなく断言するので悩みを抱えた人には心強く、固定客もすぐ付きそうですね」

 山下マネージャーも横から意見をいうと、難波社長も満足そうにうなづいていたが、最後に一言と話し出した。

「先生、うちは霊感・霊視というのを推しているんです。これをつけると人気も出やすいので。先生もこれをつけてくれますか?できたらつけて頂きたいんですが。あとうちは待機時間なども活用してもらいたいので、電話占いも加入してやってもらうのですが、声は電話占いの会社の面接が必要なので、これも次回にやって頂けますか?」

 友久は霊感・霊視というものに少し抵抗感を感じたが、毒を食らわば皿まで、清濁合わせ飲まなくては人々を助けることもできないだろうと、了承した。

「ご承諾、ありがとうございます。鑑定料なんですが、うちは全部折半です。電話占いに関しては、まず電話会社とうちで折半、さらにうちと先生で折半です。電話占いは鑑定料が対面鑑定の二倍になっているので、先生に入る分は対面も電話も結局は同じになります」

「わかりました」

 面接はあっさりと終わり、次回、HPや指名に必要な写真を撮り、電話占いの電話面接をすることになった。

 社長はせっかくだから、神職の格好で占いをして欲しいと提案してきた。面倒だなと友久は思ったが、それも受け入れようと承諾した。

 

 後日、浄衣を着て写真を撮り、電話占いの面接も一発で合格して、占い師としてデビューする事になり、友久は複雑な気分ではあるが、これも経世済民の修行として全て受け入れる事にした。

 初日は午後12時から22時までの10時間、全て予約で埋まり、電話占いの会社から本当に全部埋まっているのか、少しでもいいから、夜中に対応して欲しいと言われ、友久は晩御飯も食べれないまま10時間ぶっ通しで鑑定し、そのまま帰宅してすぐに、3時間ほど電話占いもしたが、それはまた後で詳しく語りたい。


注意

この小説はフィクションであり、実在の人物や団体、占い館や電話占い業者とは一切関係ありません。

頂いたサポートは、天照御影大神様への御供物や蝋燭や線香などを買わせて頂きます。陰徳を積む事で、運命改善なさってください。