こしろう

「すこし心に無理をしてきちゃったかなー」と考えている男です。最近、昔の自分のことや自分…

こしろう

「すこし心に無理をしてきちゃったかなー」と考えている男です。最近、昔の自分のことや自分がすきだったものをだんだん思い出すようになってきています。そんなものごとや、日々のできごとを書いていきます。

最近の記事

いまさら?

この面倒で未熟な自分との付き合いは一体いつまで続くのか。 といっても、ほかっておくわけにもいかず、 これから少しずつでもマシになるように、というのが、 認知行動療法的な正解、らしい。 あまりに面倒だ。 それに、そもそも、俺、後何年生きるんだか。いまさらか。

    • 詫びない

      悪くもないのに、詫びをいれない。 何かを宥めようとしてか、怒りに触れないようにするためか、 やたらと何かに詫びをいれることは、もうしない。 それは何も解決しない。解決できた気になるのは、自分だけ、一瞬だけだ。 それは、人につけこませる隙を見せつけるだけだ。 自分の詫びを、もう安売りしない。

      • 言霊だと

        私たちは…少なくとも私は神ではないので、私の右手が書き出すもの、口から吐きだされるものなんて、たいした重みはない。 真に受けてもらっては困るほどのいいかげんな代物。 助詞ひとつでそれが親しみなのか皮肉なのか変わるというのに、これを秒単位のせわしなさで投げ合っている。 そんな雑なやりとりに、こまごまとした意味の解釈とその是非を問われたら、向こうも疲れてしまうだろう。 世の、言葉に傷つき疲れてしまう人たちへ。 世間で人々が放っている言葉の大半に、言われるほどの霊など宿って

        • バラに寄せて

          今日もまたいつものように、父が遺してくれたバラのドライフラワーができるのを待っている。 その鉢植えは、街中にある狭いアパートの、それも東向きのベランダに置かれているのに生気に溢れている。 心が欠けたように感じている私を気にもかけないかのように。 このバラのもともとの世話人は、もうこの世にいない。 私はその思い出を少しでも手元に遺したくて、その花を摘み、ひとつひとつドライフラワーにしている。 私にとって父はまだ過去になりきっていない。しらないうちに父の痕跡を失うまいと躍起に

          心配のための話

          あなた自身が、他の人にどう思われているか、心配することはありません。 あなたの小さな不出来や失敗など誰も気にも留めないし、第一みんなそんなに暇ではないのです。 誰もあなたに大して期待もしていなければ、注目もしていません。多分あなたの失敗やうまくいかなかったこと、失礼な言葉遣いなど、明日には誰も覚えてすらいないのです。気がついてすらいない。 もちろん「○○さんはすこしそそっかしいね」といった印象を持つ人もいるかもしれません。その印象によってあなたに不信を感じたりするかもしれな

          心配のための話

          なんだか気持ちが落ち込んで、会社を休んだ日に書いてみたもの

          よく考えたら、あなたはなかなか上手くやってると思います。転職もうまくいって、予想外の年収増までしていますよね。 少し自信を持っても良いでしょう。 これは、世の中があなたをある程度は認めているからなんでしょう。 時流に上手く乗ったというのも多少はあるかもしれません。ただ、相手も闇雲に高い評価をしたり、逆に感情的に評価をさげたりはしません。 そんないい加減なことをしていれば、会社や組織はすぐに立ち行かなくなるでしょう。それゆえ、あなたの評価には自信を持ってよさそうではありません

          なんだか気持ちが落ち込んで、会社を休んだ日に書いてみたもの

          身代わり

          ぼんやりとした嫌な気分だ。 父は手術は成功したものの、こんどは敗血症にかかってしまい、 苦しみの中、もう死にたいのだと言っている。 妹は父の折れた心と主治医の日々の報告を浴びて、心を削られている。 何度も私にそのことを話しながら泣いていた。 妻は医師のミスなのか処方の段階的な切り替えができず、心の調子が上がらずにいる。 私はこの四月の転職で、気持ちが慌ただしい。 こんな事柄が一時に起こった私には、十年に一度ぐらいしか来ないことが、三つ同時にやったきたように感じられる。 不

          身代わり

          間違っているかもしれないが、正直な気持ちでもある。

          私はこの3月末で今の会社を退職する。 有給休暇は20日ほど残っている。 今月は納品が立て続けにあるので、 手伝うつもりで休暇は放棄することにした。 半分は忙しい最中に辞めていくことへのうしろめたさだ。 そんななか、 父が倒れ、5時間に及ぶ手術をした。 うつ病気味の妻は、悪条件が重なり心の調子を崩している。 幸いにも父は手術を乗り越え、 今日から週2回面会ができるようになったそうだ。 僕は平日に往復6時間ちかくをかけて面会に行くべきか迷っている。 妻の心の不調は、過労や処

          間違っているかもしれないが、正直な気持ちでもある。

          私たちはまだ生きているから、あなたにも生きていてほしい

          この前、僕は父に大きな手術を受けるように説得した。 周囲の医師たちは「当然その手術は受けるべきだ」という雰囲気だった。 医学的にはデメリットよりメリットの方が大きいと言わんばかりだった。 見立て通り、手術は無事成功し、今は父も回復しつつある。 よかった、よかった。 よかった? もうすぐ米寿を迎える父はその手術を怖がっていた。 施術は5時間以上。 老いた身体を切った貼ったするような処置をなければならない。 一体、どうして僕ら家族は、ああも冷たく父を説得したのだろうか。 僕ら

          私たちはまだ生きているから、あなたにも生きていてほしい

          弱い、ということ

          僕はどちらかというと心の弱い人だったし、確かに今もそうだ。 そんな僕が読んだ本に、こんな感じの一説があった。 「私はこの本を、あなたを励まし応援するために書いた。」 僕は自分の弱さを感じているからか、 誰かを見て「ひょっとしたら気持ちが弱っているのでは?」 と、感じることがある。 ため息や落ち着かない感じ、視線が合わない、笑みがないなんてことから。 その人の気持ちが本当に弱っているのかはわからないけど。 私がそんな想像をしてしまう人はどこか真面目な一面を持った人が多い。

          弱い、ということ

          ChatGPTって「知らない」って言えないのかしら

          山下達郎さんのCM曲で「Hyper Boy」というのがあるのだけど、これをChatGPTを使って詳しく調べてみようと思ったら、全く間違った回答がでてきて、ある意味びっくり。 最後には、「小室哲哉さんが作曲」とか「Big Waveなどのアルバムに収録」とか、事実ですらないことも出してきた。 創造力というか虚言力がある。 知らないって、いえないのかしら。 使い方を考えなくちゃ。 でも、とってもよくできてるし、使ってて楽しいね、これ。 すぐに頼りになるツールになる予感はみなさん

          ChatGPTって「知らない」って言えないのかしら

          きょうとあした

          きょうはなんだか、朝から あたまが痛くて 一日おやすみにしました かぜをひいたかな なんておもっています この四月から新しいところで はたらくことになりました そんなことも 気になっているのでしょう もう、今のところには ぼくのできることは ほとんどなくて… それでも お手当てはもらえてしまう それはそれで 幸せなことなのだろうけど なんだか日毎に 息をするのが辛くなってきました そんな日々もあとひと月もすればおしまい 日毎に、少しずつ 見知らぬところへいくのだとい

          きょうとあした

          愛するあなたに

          あなたの毎日が少しでも明るくなるように 少しでも日々の不安が少なくなるように 僕は祈っています あなたが不安に思うことがあっても それは稀にしか起こらないことが 私が不安に思うことがあっても それは稀にしかおこらないことが ほんとうになるように 僕は祈っています むだな苦しみや心配がないように いらぬ悲しみが吹き込まないように いじわるで皮肉な巡り合わせがないように そんな心配ばかり僕はしています そんな平凡な日々をあなたと送れるように たいして何の力もない僕は そっと

          愛するあなたに

          依存的な関係

          都合の良い世界や関係にどっぷり浸かっていると、なかなかその世界を客観的に見ることは難しいでしょう。依存的な性格の人であれば、関係性に傷つくことも多いと思います。 例えば私の場合、プロテスタントの教会に通っていたことがありました。通い始めた頃は、その教会の牧師に出会ったことに運命的なものを感じましたし、無批判に賞賛をしました。しかし、とあることがきっかけで、その牧師は思いのほか俗物であることに気がつき、罵り合いの末その教会を離れることになりました。 いくつか経験した勤め先や友

          依存的な関係

          思うまま

          分を弁えず、思うまま振る舞いたいのなら、その後の貧窮も甘んじて生きなければならないだろう 安寧の内にただ留まりたいのなら、思うまま振る舞えない己が身を恨んではならないだろう いずれにも身をゆだねる覚悟と備えがないのなら、望まぬ行き詰まりも仕方がないだろう

          思うまま

          「私はおまえにこんなものをやろうと思う。」

          これは梶井基次郎の「城のある町にて」という小説の一説。 「彼」が遊戯で葉書に書いたという「そんなこと」… わたしは時々この一節を思い出します。 わたしには、この文章が、最も好きといっていいくらいに、美しくて可愛らしいのです。 私にもこんな文章がいつか書けることがあるのかしら。 わたしは、グラフィックデザインをやっていたことがあり、画面上の均衡についてこんなことを考えていたことがあります。 「なぜ?ときかれても理屈などないけど、画面上のどれひとつとして動かし難いほどに美しい

          「私はおまえにこんなものをやろうと思う。」