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カナダ逃亡記#9:オタワのアメリカ大使館での出来事

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オタワにて

2010年10月30日、オンタリオ州都のオタワにあるアメリカ大使館で面接する日取りが決まった。トロントにもアメリカ大使館はあるが、オタワだと即日でビザを発行してくれる。
僕はこれまでに移民弁護士とも、「大使館員との面接」の練習をしてきた。全て準備万端。書類的にはまるで不備がない。
5,000ドルもかかってるんだから、そりゃそうだ。

レンタカーを借りてトロントからオタワまで運転した。かなりの道のりがあった。ずーっと続く平坦で真っすぐな高速道路。途中眠くて眠くてしょうがない。
ふんばらなくては。仕方ない、これもビザのためさ。

5時間程まっすぐな道を運転してやっとの思いでオタワに着いた。
面接までまだ少し時間があるようだ。ちょっと近所のお店をのぞいてみよう。

ハロウィン用のカボチャが売られていた。
面接とあって、長男はジャケットを着ている。

「明日はハロウィンかぁ、ニューヨークでのハロウィンも楽しみだね。」
子供達も遠足気分でもりあがる。

大使館にはいろんな人がいた。アメリカから来ている人、カナダから行く人、家族、カップル、人種も様々。どこの国の人かさっぱり判らない人も随分いる。
面接の順番を待つ大人たちがウチの子供らに微笑みかける。緊張はしつつも、どこかなごんだ雰囲気だ。みんなアメリカでの新しい生活に胸をふくらませているのか。
自分がそういう気分だと、周りの人もみんな同じような気持ちでいるのではないかと錯覚してしまう。

いよいよ僕らの番がきた。
「神様、無事に全てがうまくいくよう取りはからってください。」
こんな時ばかり頼まれる神様もたまったものではない。

昔の駅のような小さい丸い穴のあいた透明なアクリル板の向うに座る白人男性の担当官に、全てのビザ申請ファイルを渡す。順番に僕のファイル、子供達のファイル、妻のファイルとなっている。
「なんだ、面接といってもこういう感じか」
思ったよりも緊張する感じでもなかった。

担当官はまず、僕のファイルを見て2、3の質問をした後に、パスポートを見た。パソコンの画面を見ながらパスポートの番号を打ち込んでいる。僕はその目をしっかりと観察した。何か僕のビザ申請に問題があれば、その時は担当官の目が何かを伝えると思っていたからだ。
担当官は何事もなかったかのように僕の番号を打ち終わると、次に子供達のファイル処理へと移行していった。

問題はなかった

それを見て、自分のビザは取れたと確信した。

僕はお気楽を装ってはいても、やはりどこかで自分はビザを取得することはできないのではないかと危惧していた。刑務所に入るべき人と日本から行動をともにしているのである。罪状はないとしても、そんなの当局が作り上げようとすればいくらだってできる。

しかしそれは杞憂だった。

「ああ、よかった。」
ぐっと星条旗が近づいた瞬間だった。ここまでくるのに半年以上もかかったよ。あと、もうすぐだ。

そして担当官は子供達のファイルをチェックし、パスポートを見て子供達の顔を確認しながら彼らといくつか言葉をかわした。そこには笑顔があった。
「アメリカに行くの楽しみかい?」
そう聞かれて息子は、「I don’t know」と、照れくさそうに笑った。

次に妻のファイルに移った。ファイルに不備はない。次にパスポートの番号を打ち込んで行った。

妻のパスポート

それまで終始にこやかに、時折、子供たちに笑顔を送っていた担当官が一瞬眉をひそめ、モニターに注意深く目を向けた。
「あれ?あなたは日本から来ましたか?」
僕はそんな質問をされている妻の顔をみてはっとした。完全に血の気がうせて、硬直している。何かを悟っているようだった。

ああ、そうか、やっぱりだめだったのか…

担当官の説明をまつ。

「あなたのパスポートは日本国の外務省と法務省により無効にされています。このパスポートを今お返しすることはできませんが、後程、こちらからDHL(宅配業者)を通して返却致します」

万事休す…

アメリカ行きの夢が音をたてて崩れた瞬間だった。

なすすべもなく大使館の建物を出た。
その場で、ニューヨークで僕の面接の報告をまつ会社社長に電話をした。
電話越しに僕の状況説明を聞く社長はショックのあまり何も言えなかった。
後日、その時の電話で初めて知らされた「佐藤家の事情」のせいで彼は人間不信になってしまったと、メールに書かれていた。

一番想像したくなかったことが起きてしまった。妻はアメリカのビザを取得する事ができなかった。昨日まで夢のような気分だったアメリカ行きの話。
しかし今は、僕の心に絶望感が、深い杭のように打ち込まれている。

この先どうするべきなのか…
咄嗟に考えることができない。
いや、できることなどあるのだろうか…

<カナダ逃亡記#10>へ続く


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