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実話怪談 #25 「地鎮祭:前編」

 これは三十代半ばの女性、内山さんのだんである。

 内山さんはJ不動産会社に務めて七年目になる。J不動産会社は主に分譲の戸建住宅を扱っており、七月の初旬にEさんという人物から問い合せがあった。Eさんの担当は内山さんがすることになった。

 EさんはJ不動産会社が仲介している二十八坪の土地に興味があるようだった。二階建ての戸建住宅を建築する予定地ではあったが、自由設計であるため三階建てへの変更も可能だ。価格は土地と住宅のセットで約四千二百万円。
 J不動産会社の店舗にやってきたEさんは、奥さんと小学生の娘さんを連れていた。内山さんは社用車を運転して、早速Eさん家族を二十八坪の土地まで案内した。

 戸建住宅に挟まれる形でその土地はあり、上物が建っていない現在は更地の状態だ。内山さんは土地の前に車を停めて、Eさん家族と共に車外におりた。
 Eさんは土地の前に立つと内山さんに尋ねてきた。
「中に入っても大丈夫ですか?」
「もちろん、どうぞご自由に見てください」

 土地に足を踏み入れたEさん夫妻は、「思ってたより広いね」や「このあたりが玄関かな」などと話し合っている。土地の第一印象は好感触のようで、購入意識も高いと思われた。販売価格も納得しており、住宅ローンの支払い能力も問題なさそうだ。おそらく売買契約書に判子を押してくれるだろう。

 娘さんは公園で遊んでいるかのような歓声をあげて、土地の中を行ったり来たりして走りまわっていた。
「お転婆で」
 苦笑いする奥さんに、内山さん笑ってみせた。
「女の子も元気が一番です」
 しばらくするとEさん夫妻は土地から出て、あたりを見まわしはじめた。周辺環境が気になるのだろう。
「このたりは上品なお土地柄ですからわりと静かですよ。ご近所トラブルが起きているという話も聞いたことがありません」

 内山さんがそう説明したとき、なぜかEさん夫妻が怪訝な顔をした。説明に不服でもあるのかとも思ったが、そういうわけではないらしかった。

 夫妻はある一点に視線をじっと向けていた。その視線を追った内山さんは、土地の中ほどに女性が立っているのを見つけた。
 女性はこちらに背中を向けており、顔を確認できなかったが、身体からだつきから二十代前半に思えた。後ろ姿の黒髪は腰に届きそうなほど長く、白いシャツにベージュの膝丈スカートを合わせている。
 娘さんは女性を気にしていないようすで、相変わらずお転婆に走りまわっていた。

 さっきまであんな女性はいなかった。内山さんやEさん夫妻の目を盗んで、いつの間にか入りこんでいたらしい。

 購入を考えている土地に、妙な女が入りこんでいる。Eさん夫妻からすればいい気はしないはずだ。下手すると購入意欲を失い兼ねない。早々に女性を追いださないといけないが、相手が逆上するようなやり方は賢明でない。
 内山さんは女性に近づいていき、あくまで低姿勢に声をかけた。
「あの、すみません。少しよろしいですか……」

 ところが、女性は内山さんの声かけになんの反応も示さなかった。内山さんに背中を向けたまま突っ立っている。聞こえなかったのかと思い、もう一度声をかけてみたが、やはり反応を示さない。
 聞こえなかったのではなく、無視を決めこんでいるらしい。

(なんなの、この人……)
 ため息が出そうになったが、Eさん家族の手前、不快感を表情にださないよう努めた。
 内山さんは低姿勢を崩さず、女性の前にまわりこもうとした。顔を合わせながら声をかければ、さすがに無視はされないだろう。
 しかし、女性はすっと身体の向きを変えて、内山さんにまた背中を向けた。
 
(本当になんなの、この人……)
 内山さんはうんざりしながらも、再び女性の前にまわりこもうとした。だが、またも女性は身体の向きを変えて、内山さんに背中を向けた。

 さらにもう一度まわりこもうとしても同様だった。次もその次も同じである。何度まわりこもうとしても、女性は内山さんに背中を向けていた。どうやっても前にまわりこめないのだった。
 そのかんも娘さんはお転婆に走りまわっていた。

 いい加減苛々いらいらしてきた内山さんは、女性の肩を強く掴んだ。逆上させるのは賢明ではないとわかっていても、熱くなった感情をおさえきれなかった。こちらに振り向かせようとその肩を力任せに引いた。

 ここで内山さんは自宅のベッドで目を覚ました。

     (後編に続く


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