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実話怪談 #35 「事故物件:前編」

 これは二十代前半の男性、池内さんのだんである。

 大学に入学した当初の話だという。
 池内さんは大学に入学したのをきっかけにひとり暮らしをはじめた。大学には学生寮の用意もあったのだが、池内さんはワンルームマンションを選んだ。
 池内さんが借りた部屋はいわゆる事故物件だった。前入居者の若い男性が首吊り自殺を図ったそうだ。人の死がからんだ事故物件を気味悪がる入居者はままいるが、池内さんはそういったことを気にするたちではなかった。むしろ、相場より安い家賃に魅力を感じて、その部屋を借りることにした。

 また、部屋を借りる前の内見のさいに、不動産仲介会社の担当者が池内さんにこんな話をした。
「夏場だったために遺体が腐敗しましてね、隣室の住人さまが悪臭を訴えたんです。管理人がようすを見にいき、そこで自殺が発覚しました」
 やけに生々しい話をすると思っていると、それを察したかのように担当者は言った。
「当社ではすべてを包み隠さずお話しさせていただいております」
 住みはじめてから後悔が生じないように、そういう配慮があっての対応らしかった。

 しかし、すべてを話すと宣言しておきながら、遺体があった場所を具体的には示さなかった。単に忘れていただけなのか、なにか意図してのことなのか。
 いずれにせよ、わざわざただすまでもないと思えて、池内さんのほうからもそれを尋ねはしなかった。遺体のあった場所を気にするようであれば、はなから事故物件などには住まない。

「部屋は専門業者がしっかり清掃しました。今は腐敗の臭いなどはまったく残っていませんのでご安心ください。また、念の為にお祓いも済ませております」
 お祓いは地元の神社に依頼したそうだ。

 そうしてはじめたひとり暮らしだったが、憧れのひとり暮らしというのもあって、引っ越した当初は楽しく暮らしていた。
 ところが、二ヶ月が経った頃から池内さんの身に異変が起きはじめた。
 
 記憶が飛ぶようになったのだ。

 最初は夜の十一時過ぎにテレビを観ていたときだった。ニュース番組を観るともなく観ていると、ふっと記憶が飛んで、次に気づいたときには玄関の三和土たたきに立っていた。
「え……」
 池内さんは状況が掴めずに呆然としてしまった。
 しかし、やがて頭がまわりはじめてこのように思い至った。

 ニュース番組がどうにも退屈で、うとうとしていた記憶がある。寝ぼけるかなにかして、玄関にやってきたのだろう。
 少々強引な解釈ではあるが、自分をそう納得させて、深くは考えなかった。

 ところが、それから二週間ほど経った頃に、また記憶が飛んだ。
 ユニットバスでシャワーを浴びていたところまでは覚えている。その後の記憶が飛んでおり、気づくと玄関の三和土に立っていた。
 裸のままでびしょ濡れだった。

 それ以降も同じように記憶が飛んだ。
 ベッドに寝転んで動画サイトを観ていると、記憶が飛んで玄関の三和土に立っていた。洗濯物を取りこもうとベランダに出ると、記憶が飛んで玄関の三和土に立っていた。小腹が空いてインスタント麺を食べていると、記憶が飛んで玄関の三和土に立っていた。
 そういったことが起きるのは決まって夜の十一時過ぎで、どうやら十分ほど記憶が飛んでいるらしかった。そして、次に気づいたときには必ず玄関の三和土に立っていた。
 
 記憶が飛ぶなんて気味悪いが、頻度は数週間に一度程度だ。飛んでいる時間も十分ほどと短い。そのくらいだと生活に支障もなく、池内さんは気にしないよう努めていた。
 だが、十分という時間は変わらなかったものの、頻度がだんだん増えていったのである。

 数週間に一度が一週間に一度になり、さらには三日に一度になり、とうとうほぼ毎日記憶が飛ぶようになった。
 また、頻度が増えてからわかったことがあった。記憶が飛ぶのはワンルームマンションにいるときだけだった。友達と遊びに出かけるなどして、外出しているときは記憶が飛ばない。

 池内さんには同じ大学に通うYさんという友達がいた。記憶が飛ぶという話をすると、
「事故物件なんかに住んでるからやろ。祟りやって、祟り。こわっ」
 おもしろ半分にそう言われたが、池内さんは祟りなど信じていなかった。 
 しかし、祟りの代わりに脳の病気を疑った。
 毎日記憶が飛ぶというのは只事ではないはずだ。脳に深刻な問題が起きていないだろうか。脳神経外科でてもらったが、検査の結果は特に問題なしだった。

 それを聞いて多少は安心したものの、記憶が飛ぶという現象は相変わらずだった。毎日夜の十一時過ぎに記憶が十分ほど飛び、次に気づいたときには必ず玄関の三和土たたきに立っていた。

 池内さんにはYさんのほかに、Sさんという名の友達もいた。Sさんにも記憶が飛ぶという話をすると、Yさんと同様におもしろがった。
 そして、Sさんはこんな話をして、池内さんの部屋にやってきた。

「お前のスマホを貸してといてくれ。記憶が飛んでるときに動画を撮っといたるから。なんかおもろいのが撮れそうや」
 わりと真剣に悩んでいるというのに、おもしろがられるのはいい気がしない。だが、動画を撮るというのはいいアイデアに思えた。池内さん自身も記憶が飛んでいるあいだに、なにをしているのか知りたかった。
 玄関の三和土に立っているだけかもしれないし、ほかにもなにかしているかもしれない。

「じゃあ、スマホを渡しとくから動画を頼むわ」
「おう、任せとけ」
 快諾した顔はやけに楽しげだった。

     (後編に続く


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