それがしにはござらん_

かば焼きまでの長い道のり

オジさんの科学vol.43 2019年7月号

 もうすぐ、土用の丑の日です。今年は7月27日(土)ですよ。うなぎ屋はもとよりスーパー、ファミレスでもポスターやのぼりをみかける。「うなぎ」は好きだが、近年ますます高い。ワンコインでうな丼を食べられた昔が懐かしいなぁ。今年はうな次郎になるかもしれないなぁ。

 先月、世界初そして最も高価なうな重の試食会が東京であった。会場は霞が関の農林水産省。水産研究・教育機構増殖研究所で人工孵化した「ウナギ」が使われていた。味も食感も普通のかば焼きと全く変わらなく、美味しかったそうだ。
「完全養殖」間近と各メディアが取り上げた。

 ボクたちが食べているのは、ほぼ100%養殖。ウナギの養殖とはシラスウナギと呼ばれる稚魚を大人になるまで育てること、を指す。
 シラスウナギは、手持ちの網や小さな定置網で採捕する。ときは12月から翌年の4月までの間の特に新月の夜、ところは全国の河川や海岸線。この天然のシラスウナギが養鰻場に集められ、育てられる。
 シラスウナギが激減し、2014年ニホンウナギは絶滅危惧種に指定された。シラスウナギは貴重な資源なのだ。
 あっ、いまシラスおろしに伸ばした手をひっこめたおトウさん、それは大丈夫。釜揚げシラスだの、生シラスだの言われているのはカタクチイワシの稚魚だから。

 アユの塩焼きと言えば山間の村の民宿をイメージする。一方、海鮮丼といえば港町の食堂のメニューだ。小江戸と呼ばれる埼玉県の川越市は内陸の町、うなぎが名物だ。静岡県の三島市は、海辺にある。そして、ここもウナギで有名だ。
 川や沼にいるウナギは、大人になると秋から冬にかけて海に下り、大海原で産卵する。孵化した仔魚はシラスウナギに育ち巡ってくる。
 川で産卵し海で育つサケとは、逆パターンの回遊魚なのだ。しかし、ウナギの生態は長い間謎だらけだった。

 太平洋のまっただ中のどこかで、オスとメスがめぐり逢っているはず。1930年代に始まった産卵場探しは遅々として進まなかった。特定されたのは2011年だった。80年近くかかった。日本から約2,000km以上離れたマリアナ諸島の西の海域だった。
 生まれた仔魚は半年から1年かけて、透明な笹かまぼこのような姿のレプトセファルスを経て、6cm程のシラスウナギになる。この間、北赤道海流に乗ってフィリピン近くまで西行し、そこからさらに黒潮に乗り換えて北上する。行きつく先はフィリピンや中国、台湾、韓国そして日本などだ。日本からだと一周6〜7,000kmの大回遊になる。先日、クラウドファウンディングで成功した「3万年前の航海徹底検証プロジェクト」もびっくりだ。

 サケは川に戻ってきた成魚を捕まえて人工授精させることができる。ウナギはホルモン剤を使って人工的に性成熟させた。1961年に精子の獲得に、1973年に人工孵化に成功した。
 だが、エサが判らず生まれた仔魚はすべて死んだ。深海ザメの一種のアブラツノザメの卵の粉末を口にしたのは1994年だった。
 ところが今度は、エサで水槽が濁って死んでしまう。海水がふんだんに流れている遠洋とは、環境が違いすぎた。これを克服し24匹のシラスウナギまで育てたのが2002年。
 そのシラスウナギを大きくし、産卵、受精させ、仔魚を孵化させサイクルを一周した「完全養殖」に成功したのは2010年だった。
 しかしこれでは、研究室で試作品ができたようなもの。商品化されないと、世間は完全養殖とは言ってくれないようだ。商品化には、まだまだ課題が多い。

 現在、年間で生産できる人工シラスウナギは数千匹程度、国内の養殖に必要といわれる1億匹には程遠い。大量に育てようと水槽を大きくすると、シラスウナギになるまでの生存率が1%にまで下がってしまう。
 エサの主原料はアブラツノザメの卵。このサメ自体が希少種のため、大量には手に入らない。

 2018年、シラスウナギ約300匹が、初めて民間の養鰻業者に提供された。今年これが食べられるほどになり、試食会が開催された。
 原価計算するとシラスウナギ1匹あたり、5~6,000円になるという。天然のシラスウナギは数百円程度。だから世界一高いうな重になる。

 絶滅危惧種を食べていいのか、という議論はある。ウナギが減少した理由は複数あるようだ。①シラスウナギの採りすぎ②レプトセファルスを運ぶ海流の変化③ウナギが暮らす川の環境変化などが挙げられる。採りすぎないように、シラスウナギの採捕は都道府県知事の許可制になっている。一方でダムや堰が増えたため、ウナギが川を遡上できなくなった。隠れる隙間がある砂利や石が多い川床が少なくなったことも、減少の要因として考えられる。

 食べなくてもウナギは絶滅しそうなのである。逆においしいから、様々な研究が行われているとも言える。自然界のウナギは激減し、人工飼育でしか繁殖できないようになるかもしれない。人も研究費も増額し、商品化を目指して欲しい。クラウドファウンディングがあれば、参加します。
 旨いうなぎのためだから「食らうぞファウンディング」かも。

2019.07.25や・そね


<参考資料>
雑誌
 ・日経サイエンス2010年8月号
   『旅するウナギの謎』
 ・日経サイエンス2019年8月号
   『ウナギ絶滅回避なるか 間近に迫る完全養殖』
プレスリリース
 ・『「うなぎの寝床」の環境を科学的に解明』 九州大学 2019年7月19日
新聞
 ・日本経済新聞電子版2019年6月10日
   『ウナギ「完全養殖」へ前進 人工ふ化の稚魚育成』
 ・朝日新聞DIGITAL2019年6月21日
   『人工孵化ウナギ実用化「光見えた」 食卓にうな重戻るか』
 ・朝日新聞DIGITAL 2011年2月2日
   『天然ウナギの卵発見 世界初、完全養殖実用化へ期待』
ポッドキャスト
 ・ヴォイニッチの科学書第765号2019年7月6日
   『水産庁が人工ふ化ウナギに成功』
WEB
 ・ウィキペディア『ニホンウナギ』 
官公庁資料
 ・『ウナギをめぐる状況と対策について』水産庁HP 令和元年7月 
   http://www.jfa.maff.go.jp/j/saibai/pdf/meguru.pdf
 ・『養殖技術の最前線(5) 世界初、ウナギの完全養殖を達成』農林水産
  省HP  http://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1303/spe1_05.html

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 現在2016年1月号~8月号をアップロードしています。随時、追加していきます。
『科学って、オモシロそーね!とオジさんは呟いてみた』です。
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3月号 おイヌさまさまなのだ。
4月号 ネコの人工血液が出来たんだニャ~。
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6月号  下手は伝染る
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8月号 ネッシーの不在証明
9月号 ホップ、ステップ、アワワワワ。
10月号 群れるメリットが「社会」をつくる。
11月号 氷の底に潜む忍者
12月号 隙間の神様
2019年
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2月号 ハダカで足を引っ張るやつ
3月号 氷河期パークのつくり方
4月号 盗まれたノーベル賞
5月号 仕事や勉強をやり続ける「根気」のメカニズムがわかった。
6月号 月誕生の謎、解明?
以上


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