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最初のアメリカ人

 地球温暖化研究の礎を築いた真鍋淑郎さんが、ノーベル物理学賞を受賞した。真鍋さんは、大気中の二酸化炭素(CO2)が温暖化を招くことを初めて世界に示した。
 1958年、真鍋さんは大学院を出た後、新天地アメリカに渡った。ボクが生まれた記念すべき年である。

真鍋さんおめでとう211024

 約20万年前にアフリカで生まれた現生人類(ホモ・サピエンス)は、数万年前にはヨーロッパやアジア、オーストラリアにまで移り住むようになった。日本には、3万8000年程前に、たどり着いていたと考えられる。
 そしてアメリカ大陸には約1万3000年前に拡散した、と考えられていた。ところが近年この従来説がくつがえされようとしている。その頃、氷期(氷河期のことです)は終わりに近づき、地球全体が温暖化に向かっていた。

 1967年に真鍋さんは、コンピューターを駆使したシミュレーションで、CO2の濃度が2倍になると世界の気温が約2℃上がることを導き出した。1990年に発表された国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の第1次報告書に、真鍋さんの研究成果が引用された。

 気温が上昇すると、南極やグリーンランドにある氷河が解け出して海に流れ込む。さらに海水が熱膨張して水面が上昇する。今年発表されたIPCCの第6次報告書には、「世界平均海面水位が21 世紀の間、上昇し続けることは、ほぼ確実である」「CO2が高排出の場合、1900年を基準とした2300年の世界平均の海面水位の上昇が15mを超える可能性も排除できない」と記載されている。

 逆に、気温が下がり氷河が発達すると、水は陸上に貯めこまれるため、海水面が下がる。氷期は海水面が低かった。約2万年前、「最終氷期最寒冷期」と呼ばれる時期には、今よりも120~130mほど低かったといわれる。現在この深さより浅い海は、当時陸地だったことになる。
 シベリアとアラスカの間にあるベーリング海峡は、浅い海だ。氷期のベーリング海峡は、ベーリンジアと名付けられた広大な平原だった。ベーリンジアによってアジアとアメリカは地続きになった。

 ベーリンジアを渡ったアジア人のグループが、アラスカにたどり着いた。しかし現在のカナダ全土に匹敵するエリアを覆っていた大氷河に阻まれ、そこから身動きがとれなかった。巨大な氷の壁を見上げ「こりゃダメだ」と思ったに違いない。
 しかし約1万3000年前に氷河は2つに分かれ、南北1900kmに渡る「無氷回廊」が出現した。これを通って人類はアメリカ大陸に広がった。この年代が、アメリカ最古とされたクロービス文化の遺跡の推定年代と見事に合致した。これが従来のアメリカ拡散説だ。

アメリカ拡散最終版211024

 その後、無氷回廊が開通する1万3000年前よりも古いとされる遺跡がいくつも発見された。最も有名なのが南米チリのモンテベルデだ。この遺跡は、約1万4200年前のものと考えられている。

 だが、これらの遺跡の年代や遺跡そのものに疑問を持っている専門家もいる。そのため従来説も完全に否定はされていない。無氷回廊に代わるルートの証拠が見つかっていないのも大きな要因だ。

 新しい説 では、人類は舟を使い海辺に点在した陸地を伝って移動した、と考えられている。だが、このルートの証拠集めは、なかなか難しい。海水面が低かった当時の痕跡は、現在は海底に沈んでいるからだ。
 最初のアメリカ人たちは、約1万7000年前に太平洋岸を南下し、大氷河を迂回した。その後わずかな時間で北アメリカ大陸に広がり、中央アメリカから南アメリカへ到達。恐るべきスピードで赤道を抜け、南北アメリカ大陸を縦断した。

 最初のアメリカ人のルーツも、DNA分析によって推定が進んでいる。ベーリンジアで「古代北シベリア人」と「古代東アジア人」が合流した、と考えられている。現代の東アジア人と同じ祖先をもつ人々もいたようだ。ひょっとすると、わたしたち日本人ともつながっているかもしれない。

 真鍋さんは、受賞記者会見で「キュリオシティ・ドリブン」というフレーズを繰り返し使っていた。彼の研究の原動力は、すべて好奇心(キュリオシティ)からだったそうだ。また、かつての対談で、異なった環境を自分に与えるということが必要だとも語っている。
 未開の地に拡散した最初のアメリカ人たち。その原動力の一つにも、好奇心があったに違いない。

キュリオシティは活動中211024

ホモ・サピエンスは「賢いヒト」という意味である。ホモ・ファーベル(ものを作るヒト)、ホモ・ルーデンス(遊ぶヒト)、ホモ・モビタリス(移動するヒト)とも言われる。
好奇心によって世界に広がった人類は、「ホモ・キュリオス(好奇心があるヒト)」と言ってもよいかもしれない。

や・そね
主な参考資料

雑誌
日経サイエンス 2021年11月号  人類最初のアメリカ大陸への旅
日経サイエンス 2012年3月号 アジアから新大陸に渡った最初の人々

書籍
『日本人はどこから来たのか?』 海部陽介 文藝春秋

報告書
IPCC 第 6 次評価報告書 第 1 作業部会報告書 気候変動 2021:自然科学的根拠 政策決定者向け要約(SPM)暫定訳(2021 年 9 月 1 日版)(気象庁)

新聞
日経新聞2021年10月6日 真鍋氏「研究、ただ心から楽しんだ」 米大で記者会見
ノーベル賞真鍋氏、海外飛躍を若手に訴え 過去の対談で
真鍋さんノーベル賞、温暖化対策にどう貢献?
日経新聞2021年10月8日 ノーベル賞・真鍋氏「日本に戻りたくない」の教訓

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