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斜視手術をすることに決めました。

「〇〇さ〜ん、どうぞ〜」
穏やかな声が院内に木霊する。のんびりとした空気が漂う病院の待合室で、僕は自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

幼年期から斜視を患っている僕は、今年、手術することを決意しました。今日は手術に向けた検査ということで、病院を訪れました。
(「斜視」が分からない方のために補足しておくと、目が明後日の方向を向いてしまい、場合によっては物が二重に見えたり、立体視が難しくなってしまうものです。)

「こうたろうさ〜ん、どうぞ〜」
僕の名前が呼ばれたとき、昔のことが当時の感情と共に込み上げてきました。

いつからだろう、気にするようになったのは。
いつからだろう、人前で自分自身の目線を気にするようになったのは。時折向けられる奇異の眼差しや偏見の目は、心にずっしりと重くのしかかってきました。

「どこ見てるの?」
「なんで目が”ふつう“じゃないの?」

小さな子供とは残酷なもので、小学生の時、そんな悪気のない言葉を言われたこともあります。それまでは自分でも気にしたことがなく、「見え方にも問題がないし、このまま生きていけばいいか」くらいに思っていたのですが...。悪気のない言葉だと、頭ではわかっているのですが、心がそれを受け入れられずにいました。

「ふつうではない」というレッテルを貼られたように感じ、心の深い部分が傷つきました。

気にしないようにしていた僕も、やがて
「どうやら自分は“ふつう”ではないらしい」
と思い悩むようになりました。

当時通院していた病院で先生から
「見た目のこともあるから...」と手術を勧められました。それが中学生の思春期真っ只中のこと。大人の意見に反発し、病院から逃げ出すように帰宅しました。

当時は大人の言葉を受け入れることができず、「お前は普通じゃない、だから治せ」と言ってるように聞こえたし、自分の存在を否定されたように感じました。今思えば、思春期の穿ったフィルターを通した色眼鏡なわけですが、当時はかなり落ち込みました。そんな想いを誰にも打ち明けられず、悶々とした日々を送っていました。

時が経ち、自分が大人になるにつれて、当時とは違った、大人の自分で物事を見られるようになり、違った見方で考える機会が多くなりました。自分の想いに耳を傾けるほど、等身大の自分を受け入れられるようになり、当時の先生たちの言葉を正しく受け入れることができるようになりました。

そして今年の夏、僕の考え方に大きな変化が訪れ、以前よりも等身大の自分を受け入れられるようになりました。自己自認が正しくでき、考え方ざ少しずつ変化するきっかけとなったのが今夏でした。

そんなタイミングで、おざなりになっていた斜視の手術を両親に相談したところ、手術することに決まりました。なかなか言葉にできない葛藤がこれまでにもありましたが、決断した今は心晴れやかです。

あとは当日を待つばかり。
心穏やかにその日を待とうと思います。

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