「お前はもっと人を傷つけたほうがいい」そう言われたあの日『左ききのエレン』1巻 刊行に寄せて

「お前はもっと人を傷つけたほうがいい」

 それが何を意味するのかわかってもいないのに、相手の顔色を伺うように「はい!」と答えていた。2010年6月のことだ。

 広告会社に入社して、配属されたのは人事局だった。その後、どうしても、どうしてもクリエーティブ局に行きたくて、何とか試験を突破して、異動した。その時の話は長くなるので、もし興味がある方はこちらのnoteで。

 「コピーライター」という肩書きが名刺についてから1年。かいていたのは、たくさんの恥だった。打合せは、言葉の打ち合いだ。自分の案が的外れだということに、先輩たちの優しいまなざしで気づく。顔がかっと熱くなって、汗がふきだす。はやく終わってくれと心の中で祈っていた。

 まわりを気にしては、どうしようもなく焦っていた。誰かのCMの企画がクライアントに通った。誰かが何々という賞を獲った。当時は、SNSなんて、そこまで流行ってなかったけど、誰かの噂は引き寄せられるように耳に飛び込んでくる。文字通り進行していく周囲に、取り残されている気分だった。

 その日の打合せも、A4の白紙に、精一杯の思いを綴って持ち込むものの、僕のコピーが議論の中心になることはなかった。打合せで評価されているのは同期だった。僕、同期、先輩。考える人は3人もいる。「俺、必要なのかな?」思ってしまった時点で消え去りたかった。打合せの後、クリエーティブディレクターに「ちょっと来てくれ」と呼びだされる。「なんだろう?」どきどき、いやびくびくしながら会議室に入る。「お前、大丈夫か?」真剣な表情で、そう言われた。何についてのことだろうと思いながらも、答える。「えっと、はい、大丈夫だと思います…何とか」

 「この仕事にはさ、タブーなんてないんだよ。当たり前のことを当たり前に書いていたら、お前が書いている意味がない」どうしよう、僕はいま、本気で心配されている。「お前はもっと人を傷つけたほうがいい」気丈に振る舞うのが、せめてもの強がりだった。

 2017年の年末に差し掛かった今。深夜のマクドナルドで、あの日のことを書いていて苦しい。人に夢や目標ばっかり語って、人の傷みをなんにもわかってなかったあの時のことを思い出して苦しい。

「左ききのエレン」が嫌いだ。

 言い訳して、誰かのせいにして、甘えて、助けられて、表面上だけ強がって、何者かになりたくて、誰の力にもなれなかった、何にもできなかったあの日の自分を思い出してしまうから嫌いだ。

 なのに、塞いだ両手の隙間から覗くように、毎週の更新を見ていた。cakesの時も、ジャンプ+の時も、ずっと見ていた。でも何も言わなかった。つぶやきひとつしなかった。正確には、うまく言葉にできなかった。

「広告の仕事を実際にしてる人の感想を聞きたい」作者のかっぴーさんから、そう言われた時にどきっとした。見ているのがばれてるのかと思った。これまでの話を送ってくれたけど、ほんとはそんな必要なかった。全部、知っていた。

「天才になれなかった全ての人へ」 
うだつの上がらない広告代理店のデザイナー朝倉光一。
世界で活躍する新進気鋭のアーティスト山岸エレン。
凡人と天才。クリエイター群像劇。

 僕にとって、凡人とか、天才とか、そんなことはどうでもいい。僕は、この作品を、人が傷みを乗り越えていく話だと思っている。

「やってみなきゃわかんねぇだろ!! オレは…何かになるんだ…」
「今は寝不足でボロボロで下っ端だけど いつか何かになってやる」
「オレ達はサラリーマンだけど…夢があるサラリーマンだろ…!?」

 この言葉だけを見たら、うっとおしいなと思う人もいるかもしれない。でも、誰の心の中にも一瞬、ほとばしる感情だと思う。

 光一は、理想に傷つき、現実に傷つき、仕事に傷つき、それでも投げ出さない。1巻でも、その先でも、逃げない。逃げたって良かったはずなのに逃げない。心に傷をつくりながら、自分の可能性を見つけ出していく。

 エレンは、才能に傷つき、環境に傷つき、他人に傷つき、光一同様、投げ出さない。どうすれば、どうしたらいいのか、心に傷をつくりながら、自分の可能性を見つけ出していく。

 傷みを乗り越えて、何者でもない、自分になっていく。 

―あの言葉を言われた日から、7年が経つ。僕はなんとかこの仕事を続けられている。広告の仕事をしていた自分だからこそできる、音楽や、テレビや、映画の仕事に挑んでいる。

 僕は、どれだけ傷みをわかる人になれたのだろうか。すくなくとも、同年代で、同じ広告の仕事を経験し、いま漫画家として「左ききのエレン」を描き出すかっぴーさんが、傷と向き合い続けているのはわかる。この漫画は、悔しかったこと、辛かったこと、悲しかったことを思い出すことで出来ているはずだ。

 今日、「左ききのエレン」番外編の、「コピーライターになる夢を捨てきれず、独り悪戦苦闘をしている流川」を読んだ時、思った。営業だとか、クリエーティブだとか、区分けしてくるあの苛立ち。どうしてあの劣等感を知ってるんだろう。知ってくれているんだろう。

 「左ききのエレン」が嫌いだ、と言ったけれど、心の底から応援している。そして、いつか、いつか、傷みを乗り越えた先。何者でもない、自分になるしかないと気付いた、その先にある広い世界にある歓びを、描いてくれると信じている。

 傷みを乗り越えようとするあなたへ。



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阿部広太郎

「広告・企画・コピーとは何か?」

その時、感じていることを。
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コメント2件

こんにちは
音速ライターニンジャ先輩です。

すごく読みやすかったので思わず
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(2つとも)をクリックしてしまいました。

ご縁をもらえたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願い致します^ ^
敢えて「傷み」という表記をお使いなのだろうとは拝察しますが、年嵩の人間としては「≒腐る」という風に反射的に読めてしまうため、朱を入れたくなってしまうのであります。
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