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Jellyfish - BPM164が今の気分

皆さんこんにちは。作曲家で音楽プロデューサーの齊藤耕太郎です。このnoteでは僕と内山肇さんのニューアルバム「VOYAGER」の制作について、セルフドキュメンタリーとして制作時から書き綴ってきました。


今日は、アルバム収録曲3曲めに位置するインスト楽曲「Jellyfish」について語っていきます。時流の流れで色々と紆余曲折を経たのち、この曲は生まれました。今だから語れることを、書いていこうと思います。


実は最後の最後に生まれた曲

この曲、僕は結果的にアルバム収録曲の中でもかなり良い出来だと思っているのですが、実は元々意図してこの曲を作っていたわけではないんです。

実はとある理由で元々予定していた楽曲を収録できなくなってしまい、楽曲と楽曲同士の関係性をしっかりと繋ぐため、空いてしまった穴を埋めなければ、との思いで作り始めたのです。で、作ってみたら、めちゃくちゃ今の僕たちのムードにあう楽曲になってしまった、ってわけ。

このアルバム制作は、まぁ本当に思い通りには行かないことばかりなプロセスでしたが、今見返すとこの曲順、この音像、そしてこのメンバーで作ることが予め決まっていて、そこに辿り着くための道筋だったんだなと今振り返ると思います。


他人事ではないと実感した、Black Lives Matter

Jellyfishが生まれた背景にある出来事、それは #BLM でした。

元々作った楽曲は歌もので、アメリカに住むとても才能豊かな音楽仲間に歌ってもらう想定で話もしていました。しかし、ちょうど楽曲の歌詞が出来上がり、オファーをした直後にあの忌々しい出来事が起こってしまった。

元々歌ってもらおうとしていた曲は、ハッピーオーラに満ちたラブソングでした。当時、そんな歌を歌う気にはなれない。そんなメッセージをもらった僕らは、彼の気持ちを尊重したいと思いました。時代が時代。こればかりは仕方ない。BLMに揺れる中、歌いたくもない歌を歌ってもらってもいい音楽にはなり得ないから。

全体のバランスを組み直そうという話になり、その時に僕の中で一番ホットなサウンドをやろうと思い、Jellyfishを1日〜2日くらいかけて原型を作りました。


都会に漂うクラゲのような浮遊感

この楽曲で作りたかったのは、厳しく世知辛い世相の中を半歩ほど浮いて漂っている存在。こんな時代のこんな状況下でも、何か涼しい顔で自分らしくある存在でした。

色々あるけれど、一緒になって騒いでいても楽しくないよね。
だから少しだけ高いところに浮いてみない?
浮いたら、新しい景色が見えてくるはず。

そんなことを、6月は考えながら過ごしていました。

すごくイメージに合う画像を見つけたので引用させてもらいます。

Jellyfishとは日本語でクラゲを意味していますが、クラゲは透明で、海の色に混ざることでその美しさを際立たせている。今は生きていくことに精一杯だけれど、そんな世の中に染まりながら美しく輝く音楽を作りたい。それは、浮世っぽくもあり、でも確かにリアルワールドに居る音。この楽曲に込めているのは冷たくもなく、それでいて必要以上に熱くもない気持ちです。


僕の新入りアナログシンセ、SH-101

今作では、2020年6月に新たに仲間入りした、Roland SH-101というレジェンドシンセを大活躍させました。80年代にテクノ・ダンスシーンを中心に絶大な人気を誇った名機中の名機です。

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モノフォニック(単音しか出ない)アナログシンセはMinimoog Voyager、KORG MS-20に次ぐ3台目。モノフォニックにしかできない独特の表現があり、特にこのSH-101は一言で言えば「ファッショナブル」なサウンド。今作では野太い高速シンセベース、そして左右でゆらゆらと揺れるシーケンスで使っています。

まさにこの曲のベースなんか、それ。

アルバム「VOYAGER」でSH-101を使えているのはこの曲のみですが、他の曲とは少しだけ色味の違う空気を放っています。それはベースの音が他と違うから。粘りのあるProphet-5のベース、男気溢れるMinimoog Voyagerのベースとは一線を画し、一瞬「なんかチープな音?」とも思えるそのサウンドは、トラックに入れた瞬間、そしてリバーブやディレイで空間上に飛ばし始めた瞬間にその真価を発揮します。

SH-101、実はコロナ禍に自粛を余儀なくされていたえちごやミュージックさんが、特価で通常の半額ほどで販売していたのを見つけ、即買いしました。僕のヴィンテージ楽器のメインどころ、特にアナログシンセは全機種こちらで購入しており、彼らの存在が僕の音楽を支えてくれていると言える。状態の良い機体を揃えられているのも彼らのおかげ。いつも本当にありがとうございます。


BPM160台の魅力

本来はダンスの世界でだけれど、昨今はその影響かポップミュージックの世界において、BPMは結構流行りがある。EDM全盛時代は123~128、ダブステップなら140前後のハーフ、トロピカル系なら90台後半〜105くらいとか。

BPMは分かりやすく曲のグルーヴの骨になり得る要素の一つで、トラックを作る上でもまずBPMを120にするか、123にするか、125にするかをしっかり考えてから作り始めるほど。

その点、流行っているかどうかはさておき、今作に限らず、未発表曲でも最近BPM160台の高速感が気分です。あんまりジャンルで物を語るのは好きじゃありませんが、今回のビートはドラムンベースと呼ばれる90年代の潮流に近いのかなと感じます。ただ時代を模すのは僕の流儀に合わないので、その流れを組みながら自分らしいアンビエントな世界、自分らしいベースラインとシンセの組み合わせ、リズムの組み方を意識しています。


名サンプルソフト、Stylusをそのまま使う

これまた最近の気分なのですが、今作では思いっきりプリセットのまま2000年代初頭に流行ったサンプルソフト音源、Stylus RMXを使っています。

冒頭のブレイクビーツはこのソフトを持っている方ならどのプリセットか見つけられてしまうと思うほど、まさに「ザ・スタイラス」な音。DAWを始めてすぐの頃に定番中の定番ソフトと紹介してもらい買ったこの音源、一時はあまりに「スタイラスくささ」があり使用を避けていたのですが、最近自分の興味が一周してあえてそれを前面に出すのも悪くないなと思うように。

もちろん、パターンはそのままでも音自体はものすごく加工します。

フィルター多段がけは当たり前だし、それを施した上でアナログ回路を幾層も通してパンチと生命力溢れるサウンドにします。それを丁寧に行うことで、強烈なシンセの音色にも負けない音像が作れるんです。

そして、後半にかけてリズムはいつものリズム隊で作ったキック、ライドシンバル、スネアも使っています。組み合わせって結構大事で、アナログでやるべきこと、デジタルでやるべきこと、ソフトシンセでできることってそれぞれ全く違う。個性をうまく組み合わせて、自分らしい音楽を作れることが一番の贅沢だと僕は考えます。


水のようなギターサウンド

今作のギターサウンドも、肇さんの珠玉の楽器たちが存分に活かされています。今回のギターはこちら。先日アップしている「Salt」の時にも紹介した、レディオヘッドギターです。

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今回でHajime Uchiyamaサウンドの代名詞にもなったエフェクター群。コーラス、ディレイ、リバーブ、そして箱根のアンプを通ったこの音は、一聴するとそのパワーで熱がすごい印象なのですが(実際このテイクがきた時僕は熱がすごすぎてリテイクをお願いしてしまった)、ボリュームを下げていくとものすごくオケにフィットする不思議な音。まるで無色透明なトラックに水の色をつけてもらったような感覚になりました。

今作は多くの楽曲を僕が先にトラックを作り肇さんにパスして作っていたので、肇さんは僕のトラックをかなり聴き込み、その中で曲の良さをさらに活かす形のアレンジを考えてくれました。

過不足なく、主張しすぎず、存在感ある音。

これ、実はとても難しいのです。作るのも、それをトラックに入れてみてジャッジするのもすごく繊細なセンスとバランスを要します。ミックスするときもかなり神経を使っていて、肇さんから送られてくるギターのテイクは極力、EQやコンプなどをかけずボリュームフェーダーの上下のみで使うことを心がけています。よほどのことがないと、周波数帯をいじるのはリスクだったりする。それくらい、肇さんのギターは録音段階から計算されています。


歌ばかり出してきた2020年のインスト

今年リリースしたシングルを振り返ると、ほとんどが歌物でした。ライブを意識し、見応えある内容にしようと意識してきましたが、インスト曲もライブで演奏すると気持ちのいいものだと思います。アルバムリリースをし終えた今、僕の気持ち自体も新たな方向に行き始めていて、インストを再び積極的にリリースしたいなと考えています。

ただ、改めて書こうと思いますが、
新譜に関してはこれまでのように毎月精力的にリリースすることを
一旦やめてみようと思います。

アルバム「VOYAGER」のリリースは僕の音楽制作への意識を変えてくれました。これまでサブスク市場をハックする、という視点に重きを置いて活動してきましたが、今後はより「アーティスト・音楽プロデューサーであるKotaro Saito」がこの世界に何ができるかを強く意識して行動していきたいと考えています。

それは短期的なストリーミング結果の追求からの脱却を意味していて、中長期的な僕自身の在り方を強く意識して作品制作、リリース活動を行うというもの。楽曲を連射的にリリースしていくこと以上に、楽曲と楽曲がどんな意味を持ち、何を伝えたいのか、それらが連なっていく際にストーリーとして語り継いでもらえるような世界観を作っていきます。


ストリーミング結果に一喜一憂することなく、しっかり曲一つ一つに向き合い、アーティストとしての楽曲のならび全体から僕の作品を楽しんでもらえるような方法にシフトする。これは結構大きな決断なんです。

そういう意味で、9月も10月も新たなリリースは計画しています。ただそれは全くの新曲を唐突にリリースするわけではなく、これまで作ってきた作品の新たな切り口を皆さんに紹介する場にさせてもらいます。

お楽しみに!


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