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卒業シーズンに思うこと。劣等感と充実感を同時に味わった大学時代。

卒業と聞いて、みなさんは何を思い浮かべますか。
私が思い出すのは、今から15年前、大学を無事卒業できたことに安堵した記憶です。

私が4年間を過ごしたのは、上智大学の英文学科。
最初に「あれ?私、ここにいて大丈夫??」と感じたのは入試の時です。何種類かあった英語の試験のうちの1つが、イギリス英語を話す教授が(体感にして)30分間、ただただ英語で喋り、その内容に関する質問に答える、というもの。全体的に手応えが全くなかったものの、運良く合格できました。

ところが、うっかり合格できた後が、それはそれはキツい4年間で…。それまでは自分の武器だとしか思っていなかった英語が、あっという間にコンプレックスに変わっていきました。

高校までは、英語は1番の得意科目。定期テストはもちろん、模試でも常に高得点が取れる自慢の科目でした。海外経験は3週間のカナダでのホームステイのみでしたが、市の英語スピーチコンテストで優勝したりと、英語に関するものは、自分に自信をくれる要素にしかならなかった気がします。

ところが、大学入学と同時に始まったレベル別基礎科目のスピーキングとライティングは、1番下か、良くて下から2番目のクラス。ライティングの講義では、教授から直々に「君はかなり頑張らないといけない」と声をかけられるし、翻訳の時間は、他の学生が訳に使った日本語の意味を辞書で引く、なんていうことも。「私は英語だけじゃなくて、日本語もできないのか。何なら得意だったんだっけ…?」と自問自答しまくりました。

それでも何とか4年生になり、卒論にとりかかりましたが、まさかの途中でのテーマ変更。この時は、「もう絶対に提出期限に間に合わない…。」と本気で落ち込みました。15年経った今でもたまに、卒論検定に落ちて留年する夢を見るほど(笑)。ちなみに、最終テーマは「三人称単数としてのthey」の用法を社会言語学的に考察するという、今の自分が読んだらきっと理解できないであろう内容でした…。

とにかく、周りに食らいつくために必死で勉強した記憶が大半の4年間。往復3.5時間の通学時間は、予習と復習、もしくは洋書を読む時間。学期中はアルバイトをする精神的余裕もなく、大学と家の往復を繰り返す毎日でした。

ここまでの流れだと、ただただ辛く、劣等感に苛まれた時間のように聞こえてしまうかもしれません。ただ、不思議なことに、同時にものすごい充実感を味わっていました。それまでに学んだ、点在していた事柄が線へと繋がっていく感覚を覚えたのもこの時期。自分の知識を総動員して、主体的に物事を考える。ある事象を多角的に洞察するおもしろさ。これら全てを大学時代に体験し、初めて学ぶことの喜びを感じました。そして、今でも付き合いが続いている、友人たちとの出会いを含め、貴重でしかない4年間。

これが私にとって、自分より「できる」人たちに囲まれて、がむしゃらに取り組んだ初めての経験だったように思います。この経験のおかげで、就職後似たような場面に出くわしても、頑張りがきくようになった気が。

今はステージが変わり、子育てという、これまた大きなものに向き合っているところ。普段は勉学とは縁遠い暮らしをしていますが、毎年卒業シーズンになると、大学時代を懐かしく思います。

★見出し画像は、野瀬奈緒美さんの作品をお借りしました。ありがとうございます!

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