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その人のお尻は、子持ちししゃものお腹のようにプックリとしている。

確かに、お腹から何かを出すという意味合いにおいては産卵ともいえるが、その人のそれは排泄だ。可愛くも美味しそうにも見えない。
生きとし生けるものを体内へ取り込んで、吸収し尽くしたあとに産み落とされる燃え殻。なぜ、便は便としての匂いを発するのか。どうやってパンツやズボンの密室空間を通り抜けて風に乗ってやってくるのか。それともぼくの嗅覚が介護職員をするうちに発達したのか。
生命の神秘を感じるいとまはなく、ぼくはその人と一緒にトイレへ向かう。お互い、たじろぐことはない。表情を変えることもない。

トイレに着いた。ぼくはその人手を取り、トイレに備え付けてある手すりへ「コンッコンッ」と合図をする。するとその人は、手すりがあることを認識して手すりを掴んでくれる。「手すりを持ってもらえますか」と伝えても伝わらない相手には動作で伝える。
ぼくは先に便器の蓋が上がっていることを確認し、お尻の方からズボンとパンツを外に引っ張り中を確認する。案の定、顔面にパイをぶつけられるバラエティーの状況だ。見慣れた光景ではあるが、こうなる前にトイレへ誘導できなかった後ろめたさが、小窓の風をより冷たく感じさせる。
狭いデイサービスのフロアを、落ち着きなく右往左往していたのはこのせいだった。ここは素直に「ごめんなさい」と言いたい。

さて。でもやることはやらねば。
いったんズボンを下ろす。手の甲でズボンを触り、染み出していないことが確認できた。ラッキーだ。
その人のリハビリパンツの中には、尿取りパッドが仕込んである。シャベルカーのように、排便と一緒にそのパッドをすくいとる。

「いったん座りましょう」が伝わらない。腹部を優しく後ろに押し、便座に座ってと合図をする。その人はゆっくり便座に腰掛けた。

ここで少し、向かい合ったまま休戦。

リハビリパンツは両サイドに縫い目がある。縫い目を中心に布を左右に引っ張ると簡単に破くことができる。
便座に座ってもらった状態で、左右の縫い目を引きちぎる。このリハビリパンツを足から抜こうものなら、内腿は便まみれになってしまうので、行儀が悪く見えるのを承知で引きちぎる。
両腕を少し上に引き上げる。するとその人は立ち上がりの合図だと認識し、腰をあげて立ってくれる。その瞬間に引きちぎっておいたリハビリパンツでシャベルカーをする。これでかなり、お尻はスッピンに近づいた。

ここまできてやっと、ぼくは少し表情が緩んだ。
いつも思うことは、ぼくは真剣な表情をして一体何と戦っているのだろうと、なんだか可笑しくなってしまう。
まあいい。あとは綺麗にメイク落としをして、諸々履き替えてトイレを後にするだけだ。

認知症の方とふたり、立ったままそうこうしているうちに、

残尿が滴り落ち、

ズボンと床は濡れてしまっていた。

慎重を期して行ってきた今までの行為は、
全て尿の泡と消えていった。

介護は大変。介護職はキツイ。そんなネガティブなイメージを覆したいと思っています。介護職は人間的成長ができるクリエイティブで素晴らしい仕事です。家族介護者の方も支援していけるように、この活動を応援してください!よろしくお願いいたします。