ことぶき寿

ことぶきひさし https://twitter.com/kotobukihisa_C

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ショートショート 「ツナマヨほうれん草」

ツナマヨほうれん草。 死んだ夫の得意料理だった。 いや、料理という程のものではない。 茹でたほうれん草とツナをマヨネーズで和えるだけなのだから。 でも実際に作るとなると結構大変だった。 「あなた。今晩仏壇にお供えするからね、ツナマヨほうれん草」 午前4時。 私は沖に向かって船を出した。

    • 短編小説 「たまたまつんだくどく」

      死んだ。 そして地獄に堕ちた。 先月のことだ。 ここへ来てからというもの、俺は毎日毎日虎柄のパンツを履いた鬼どもにイジメられている。 針の山を登らされたり、煮えたぎる湯の中に突き落とされたり、もう苦しいのなんのって、言葉ではとても言い表すことが出来ないほどツラい思いをしているのだ。 出来ることなら絶望してしまいたいものだが、ここではそれも叶わない。 たしかに生前の俺は救いようのないロクデナシだった。 人様のためになるようなことは何ひとつしなかったし、迷惑を掛けてばかりいた。

      • ショートショート 「自動湯沸かし器」

        一週間にわたる工事がようやく終わり、ボクたち家族は念願の自動湯沸かし器を手に入れた。 機器はかなりデカくて、高さは約4メートル、面積は4坪ほどあった。 見た目は、まんまプレハブだ。 家の裏の敷地にドンと建っている。 窓にはカーテンが掛かっていて中の様子は見えない。 まあどんな仕組みであろうが、自動でお湯が沸けばそれでいいのだ。 ボクは嬉しくて仕方がなかった。 自動湯沸かし器のおかげで薪を割る必要がなくなったから、今後は空いた時間を使って別のことが出来る。 さて何をしよう? 楽

        • ショートショート 「真実味」

          「ミス日本コンテスト」の開催がひと月後に迫ったある日のこと、都内某所で反対派による抗議デモが行われた。 「ルッキズム反対!」 「はんた〜い!」 「外見至上主義者は死ね!」 「しね〜!」 マスコミは押し並べて賛成派よりも反対派の取材に力を入れていた。 理由は至極単純で、反対派の活動を取り上げた記事の方が多く読まれるからだ。 しかし今回に限ってはもうひとつ別の理由があった。 なんと昨年度のミス日本グランプリ受賞者が、反対派の先鋒に立って活動をしているのだ。 まるで落語のような

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        ショートショート 「ツナマヨほうれん草」

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        • 短編小説
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        • 短編小説 「Peace」 全4話
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          ショートショート 「人魚の肉」

          ここは南の島。 ある晴れた日の昼下がり、王様が家来を引き連れて砂浜を散歩していた。 「なあ家来よ」 「はい。王様」 「お前八百比丘尼って知ってるか?」 「ヤオビクニ…? いいえ、存じません」 「昨日ネットで知ったんだけどさ、その人って千年の寿命を得たらしいんだよ」 「ほぉーお。またどうやって?」 「人魚の肉を食ったらしいんだ」 「へー」 「とって来て」 「ン…?」 「とって来て」 「…なにをですか?」 「人魚」 「Pardon?」 「人魚だよ」 「ニンギョ…」 「うん。人魚

          ショートショート 「人魚の肉」

          ショートショート 「間違いがふたつあんだよな...」

          必死の抵抗虚しく先の尖った棒状の金属を脳天にブっ刺された。 金属はアルファベットの「J」の形に彎曲しており、胴体を貫いて腹から「ぶしゃあっ!」と音を立てて飛び出した。 ところがどっこい、それでも俺は生きていた。 とは言え、致命傷を負ったことは明らかで…。 ドボン。 ぶくぶく...。o○ どうやら海に落とされたようだ。 魚が寄って来て、魚の言葉で言った。 「うまそーだな。…いや、待てよ。食っちゃダメだ。こいつは人間が仕掛けたワナだよ。パクッと行ったが最後、口元に針が掛かっ

          ショートショート 「間違いがふたつあんだよな...」

          ショートショート 「変人隔離法」

          世の中には一定数の変人が存在する。 尤もこれは仕方のないことだし、奴らの存在自体を否定するつもりは毛頭ない。 でも迷惑を被るのはやっぱりゴメンだ。 ボクの名前は鈴木太郎。 どこにでもいるようなごくフツーの中学2年生だ。 ボクはこれまで幾度となく変人どもから嫌がらせを受けており、その都度勇気を出して奴らの行動を咎めたり、根気強く奴らを諭したりして来た。 でも何ともならなかった。 変人どもはボクの言うことをちっとも理解してくれなかったし、ボクも奴らの話を理解することが出来なかった

          ショートショート 「変人隔離法」

          ショートショート 「海を見たままで...」

          彼女と海を見ていた。 僕の水色の古いワーゲンに凭れて。 午后の浜辺はとても静かで、人影はまばらだった。 いまは四月。 暦の上では春だけど、太陽が燦々と照っていても尚、少し肌寒かった。 彼女はブラウスの上に僕のメリノウールのカーディガンを羽織っていて、潮風が吹き付けるたびに、だぶついた袖をたくし上げては、乱れた髪を整えた。 僕はそんな彼女の仕草を微笑ましい気分で眺めながら、何度か心のシャッターを押した。 二人で遠出をするのは初めてだった。 提案したのは彼女だ。 そう言えば、パー

          ショートショート 「海を見たままで...」

          ショートショート 「住民の切実な要望」

          車が街路樹に激突した。 現場は見通しの悪いカーブで、運転手がハンドル操作を誤ったことが事故の原因だった。 車はぺしゃんこになってしまったが、幸いなことに運転手は無傷で、すでに外に脱出していた。 彼はいま変わり果てた愛車を呆然と眺めている。 現場の近くには衝撃音を聞き付けて家を飛び出して来た数名の住民がいた。 ある者は心配そうに、またある者は海岸に打ち上がった珍しい深海魚でも見るような目付きで車と運転手を見ており、中にはこっそり写メを撮っている者もいた。 SNSにアップするつも

          ショートショート 「住民の切実な要望」

          ショートショート 「権兵衛たちの誇り」

          ある晴れた日の昼下がり、山奥で男と男が出会した。 「よう」 「やあ」 「オラ権兵衛ってんだ。よろしく」 「奇遇だな。オラも権兵衛ってんだ。よろしく」 「ところで…どうだ?」 「さっぱりだ。あんたの方は?」 「俺もさっぱりだ」 「やっぱりか」 「やっぱりだ」 「ハハハ」 「ハハハ」 「この山はダメだな。食えるものはすべて獲り尽くされちまってる」 「ああ。キノコや木の実や山菜はおろか、椎の実ひとつ落ちちゃいねえ」 「参ったな」 「参ったよ」 「ハハハ」 「ハハハ」 彼らは岩の

          ショートショート 「権兵衛たちの誇り」

          ショートショート 「目に余る所業」

          鈴木は思わず「うわっ!」と声を上げた。 驚くのも無理はなかった。 ゴミ集積所に持ち込まれたゴミ袋の山の中に五〇がらみの男が潜んでいたのだ。 男は膝を抱えて体育座りをしていた。 「こ、こんなところで何をしてるんですか?」 「女房に捨てられちゃいまして…」 「捨てられた?」 「はい。ここに居ろって言われたんです」 「ふうむ…。事情は存じませんが、ともあれ奥さんに頭を下げたらどうですか?」 「ムダですよ」 「どうして?」 「悪いのは私なんです」 「何かしたんですか?」 「なんにも

          ショートショート 「目に余る所業」

          ショートショート 「約束」

          交差点の角に建つ小さな斎場を見ていた。 ブロック塀を背にして、電柱の陰に身を潜め、降りしきる雨に打たれながら。 冬だし、夜だし、寒かった。 骨まで冷えていた。 それでも傘をさす気にはなれなかった。 罰だ。 ここへ来る途中、コンビニで200ミリボトルのジャック・ダニエルを買った。 その時ついでに傘を買うことも出来たのだ。 でも買わなかった。 かじかむ手でジャック・ダニエルの封を開けて一口煽る。 舌が痺れた。 これも罰か。 違うな…。 斎場ではあいつの通夜が行われていた。 片側二

          ショートショート 「約束」

          ショートショート 「彼のマルガリータ」

          「マスター。お勘定」 カウンター席に掛けていた一見の客がマルガリータの残りをキュッと飲み干して席を立った。 「ありがとうございます。1,900円になります」 マスターが微笑を漏らしながらそう言うと、客はなぜか表情を曇らせた。 「…ど、どうかなさいましたか?」 「納得が行かない」 「勘定に…ですか?」 「ああ」 「どうしてですか?」 「胸に手を当ててよ〜く考えてみろ」 「んん…?」 「分からんのか?」 「えーっと、えーっと…。あ!」 「おかしいだろ?」 「ええ。いや、あ

          ショートショート 「彼のマルガリータ」

          短編小説 「疑念の根拠」

          ABCリサーチ社は、テレビ番組の視聴率調査をはじめとするメディアリサーチや、マーケティングリサーチを行う会社だ。 彼らは膨大なデータを収集して調査を行うことを売りにしていた。 例えば主業である視聴率調査においても、同業他社の調査対象世帯数が約1万であるのに対し、その100倍に当たる100万世帯を対象として調査を行なっているらしいのだ。 ちなみにABCリサーチ社は広告代理店であるイロハ社の持分法適用会社の位置付けにある。 ABCリサーチ社の全株式の40%をイロハ社が保有している

          短編小説 「疑念の根拠」

          短編小説 「ふー・のうず」

          先日、芥川賞を受賞した作家が受賞会見で「全体の5%ぐらいは生成AIの文章をそのまま使っているところがある」と述べたらしい。 このニュースを聞いて俺は思った。 なーんだ、文学賞ってチョロいんだな。 つーか、5%生成AIに任せて芥川賞が獲れるのなら、99%任せりゃノーベル文学賞獲れんじゃねーの? A:獲れるよ という訳で、早速スマホを操作して未来型超高性能デラックス・マーヴェラス・チャットbotを立ち上げた。 「おすすめの小説生成AIを教えてくれ」 「ジブンデカケバ」 「この野

          短編小説 「ふー・のうず」

          ショートショート 「自己視診」

          花子と太郎は同期の研修医。 ふたりとも初期臨床研修が始まったばかりで、希望分野を決めるのはまだずっと先のことだ。 とは言え、むろん準備を進めておくに越したことはない。 「私、皮膚科医を目指すわ」 しっかり者の花子が太郎にそう言った。 「なんで皮膚科なの?」 「私、皮膚弱いんだよね。皮膚科医になったら自分でケア出来るし」 「なるほど」 「高校生の頃は歯科医になろうと思ってたんだけど、歯は自分で治せないでしょ。太郎はどうすんの?」 「うーん。脳神経外科医かな…」 「アタマ弱

          ショートショート 「自己視診」